第7話 廃墟探索3

廃墟探索3


「皆、ちょっと待って」

オレたちが廃墟に入る間際、夕凪は荷物の中から何かを取り出した。

ヒモの先に長方形のものがぶら下がっている。

お守りだ。

「人数分はないだろ、それ」

「じゃあ、二人一組になって」

「フインキでるー」

「お、何だか凝った趣向じゃん」

「チガウー!」

という訳で、肝試しの雰囲気作りのための小物として認識されてしまった。

多分、これ本物なんだろうな…。

もちろんオレは夕凪と組まされた。


オレたちはぞろぞろと正面玄関から入った。

玄関のドアは壊れて外れており、誰でも入れるようだった。

一階は真ん中に廊下、左右が事務所と仮眠室、ダイニングキッチン、バストイレという並びになっている。

各部屋のドアには表示が付いていた。

何で見えるかというと夕凪が懐中電灯を持っていたからだ。

常に持ち歩いてるとか、ねーよ。こいつ、マジで妖怪ハンターかよ。

他にも男子が懐中電灯を持ってきていたので、皆それを使っている。

なんの施設だか分からんが、それなりに広い。

足元にはゴミが散乱していて歩きづらい。

階段とエレベーターがあった。

「エレベーターだ」

「老人ホームってやつかな?」

「憩いの家とかいうんじゃね?」

「じゃあ出るとしたらジジババの霊か」

「やだー」

あはは。

という会話を聞き流し、オレと夕凪はエレベーターを調べてみた。

「動くわけないよね」

電気が来てないからエレベーターはおろか、蛍光灯すらつかない。

「上に上がるには階段っきゃないけど、どうする?」

オレが言うと、皆、一瞬固まってから、

「行こうぜ」

「あー行こ、行こ」

男子が強がって言った。


二階。

簡単に言うと居住空間。

とりあえず一部屋覗いてみたが、ゴミと家具が散乱しているだけで何もなかった。

かなり埃っぽい。

一通り回る。

「じゃあ三階に行こうぜ」

何もないのが分かって安心したのか、秋雄が言った。


三階。

階段を昇りきった所で、雰囲気がガラリと変わった。

明らかにどんよりとした空気をしている。

何かどろどろした濃密なものが覆い被さっているような…。

あ、これ、マズイんじゃね?

他の奴らにも分かるようで、皆は一様に固まっていた。

「なにこれ…」

女子の一人がつぶやいただけで、それきり会話が途切れた。

強がりすら出てこない。

それほど強烈な異様さだった。

時間にして5秒くらいした頃か、



カタッ



廊下の向こうの方から物音がした。


「わー!」

誰かが叫び、皆、我先に階段へ殺到。

重なりあうようにして階下へ逃げる。

オレもビビりまくって後を追おうとした。

が、その瞬間、頭の片隅に夕凪の顔がよぎる。

そういやあいつ妖怪退治のプロだったよな。

パニックを起こしてはいるものの、どこか覚めてる部分があった。

オレは隣にいるはずの夕凪を見た。

そこに夕凪の勇姿を期待していたのだが…


「こ、腰が抜けた」


夕凪は廊下に尻餅を付いていた。


「おま…ッ」

オレは言いかけたが、背後に何かが近づいてくる気配がありありと感じられた。

ちっ。

考えるよりも早く、オレは夕凪の手を引き寄せ「おおっ」と掛け声を掛けて夕凪の体を持ち上げた。

「わっ」

夕凪は驚いて小さく叫んだようだったが、構わずにそのまま階段を駆け降りる。

オレはひょろっとしていてそれほど筋肉もない。

多分、火事場の馬鹿力というヤツだろう。


ドダダダダ。


と一気に階段を降り切る。

「!?」

しかし、オレの目の前にはまだ下へ続く階段があった。

どういうことだ?

オレは目を疑う。

一階に下りたはずなのに。

軽くパニくったのだろう、オレは続けて階段を下りる。

「ループしてる!」

夕凪がオレにしがみついたまま叫ぶ。

「なんだと!?」

オレも叫ぶ。

てか、他のヤツらはどこに行ったんだ?



「れ」



耳元でささやくような声が聞こえた。


「ひっ…」

夕凪が悲鳴を上げた。

身体を縮こまらせている。

「何だ、今の?」

オレは周囲を見回すが、何も見えない。

ビビってはいても、夕凪は懐中電灯を落とさなかったのは流石だ。

「チッ、こうなったら蛇女に…」

オレは右肩を振りかえってみるが、そこには何もいなかった。

「ごめん、お守りのせいで一時的に出てこれなくなってるんだよ」

夕凪はガチガチと歯を鳴らしながらも言った。

「それを早く言えよ」

オレは怒りつつも、夕凪をゆっくりと降ろしてやった。

「つか、お前、幽霊恐いの?」

「うっ…」

夕凪は一瞬、呻いた。そしてうなずく。

涙目になっていた。

「ま、仕方ねぇな」

誰にでも恐いものはあるんだろう。

そもそも夕凪の実力がどの程度なのかは知らないし。当てにしても仕方ないのかもしれない。

でも、蛇女なしでは太刀打ちできるはずもない。



「よ」



また耳元でささやくような声がした。

「ぴぎっ」

夕凪がビクッとなって、ばっとオレの腕にしがみつく。

手足がガクブルしている。

しかし、この声、何だろう?

一文字だけでは何のことか分からない。



「な」



その声が聞こえた途端、



ヒタ



足音がオレの左肩の方からした。



ぞく。



背筋に悪寒が走る。


「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」


声が聞こえた。

一文字ずつ区切って言っていた。

もしかして、どのペアを選ぶかを決めていたのか?


「これに決めた」


そして、声がして



さわっ



オレの左肩に軽い重みが。

視界の外に、チラチラ黒っぽいものが映る。


う…。

見たくない。


…しかし、見てみたい気もする。


葛藤。


オレが振り向くか否か迷ってるうちに、向こうの方が動き出した。

背後の気配が徐々に側面の方へと回り込んでくる。

黒い髪(かなり長い)が視界にチラチラ入り込んできている。


や、やべー


正面へ回り込まれる。


不意に、ガクンと夕凪の体が重くなり、オレはよろけた。

まさか気絶か?


オレは反射的に夕凪の体を支えようとした。

立ち膝になって彼女を抱きかかえ、床を見つめる。

姿勢が変わり、相手の姿が視界から外れる。


「チッ」


舌打ちのような音。


懐中電灯が夕凪の手から転がり落ちた。

暗闇だというのに、視界にチラチラ入ってくる相手の姿は真昼間のように鮮明だった。


相手はふわりと移動して、オレのすぐ目の前に立った。

上からオレを覗きこんでいる。

なぜかその光景が頭の中に浮かんだ。


見たら終わる。

直感した。


オレは混乱しかけた。

が、そこで夕凪の上着のポケットが膨らんでいるをに気付いた。


「ほら、あたしを見なさい」


声がやさしくかかる。


うぐ。

オレは汗を流し始めていた。

頭上からくるプレッシャーに耐えかねてきた。

見ちまえば楽になる。

安定の気絶で楽になるさ。

そんな気すらし始めていた。


「見ろっつってんだろ」


いきなり乱暴に胸倉を掴まれた。

物凄い力で強引に引き寄せられる。

目の前に顔が出現した。


黒い女だった。

顔の印象はキレイな感じだが、肌は病的に白く、目がイッちまっている。

ガイキチとか別の意味でも恐い。

黒いワンピース姿で黒いエナメルの靴。


その目を見た途端、全身がぞわぞわと震えた。

腰の辺りから力が抜けるのが分った。


やばい。

オレはもうすぐ意識を失う。

だが、最後に残された力を振り絞り、右手を相手の顔の前に突き出した。


「ぎゃっ…」


悲鳴。

黒い女は手で顔を覆ってよろよろと後ろへ下がった。


オレの右手には、夕凪が持っていたお守り。

瞬間、オレの意識がふっと回復する。

(何かの術だったのか?)


これで撃退できたら…


「やってくれたわね」


黒い女は憎しみの籠った目でオレを睨んだ。

…ダメだった。


「許さない」


ぐわっとプレッシャーが強まり、オレの右手が掴まれた。

瞬間移動なのか、瞬きするくらいの間に距離が詰まっていた。


「壊れろ」


黒い女が言うと、お守りが焦げ始めた。

そしてすぐにボロボロになり、崩れ去った。


も、もうダメだ。

オレは諦めた。

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