第17話 不気味アルバイト4

不気味アルバイト4


「あれ?」

「行っちゃった……?」

『……』

オレらは唖然として、走り去ったアラフォー集団を見ている。


「よし、連行するよ」

朝日さんはアラフォーを押さえ込んで、従えてる。


「大人しくなったね」

夕凪がアラフォーを眺めている。


「なんだ、コイツら?」

オレは拍子抜け、である。

「てか、これじゃ、おとりになってないんじゃ?」

「あ、いや、おとりはコイツらじゃなくてぇ…」

朝日さんが言いかけたところ、


『はぁー、またあなたたち?』

ため息とともに、声がした。


真後ろである。


なぜだか、ぞわっと背筋が凍る。


『あのね、私もヒマじゃないのよね』

声が続けた。

『さっさと、あの子たちを解放してくれると助かるんだけど?』


透き通るような声だが、なんだか心の中の何かを刺激する気がする。


「……」

『崇、ここは任せろ』

オレが振り向けずにいると、蛇女が言った。


「ま、まさか…」

「やっぱり出てきたね…」

夕凪と朝日さんは、既に相手と対峙しているようだ。


『うん? あなた、まだ居たのね』

『それはこちらのセリフだな』

声の主と蛇女は会話を交わした。


ピリピリとした空気が伝わってくる。


オレは勇気を振り絞って、振り向いた。


そこには女性が立っていた。

黒髪。

黒縁の眼鏡。

白いマスク。

カラシ色のコート。


視線が鋭い。

一見して強キャラ感。


「なんだ?」

「口裂け女」

オレが聞くと、朝日さんが簡潔に答える。


「へ?」

「或いは、砂鳥冷夏」

朝日さんは説明してるというより、自分に向けて言っているようだった。


「なんだ、それ?」

「都市伝説だよ」

夕凪が答えた。


その間にも、マスクの女と蛇女はにらみ合っている。


『てか、あなた、この連中とつるんでるようには思えないんだけど?』

マスクの女は聞いた。

『わらわは崇に憑いてるんだ』

蛇女が答える。

『崇にこの女らと縁が出来とるから、仕方ない』

『ふーん、まあ、いいわ』

マスクの女は言って、眼鏡を外した。


その目は瞳が細く、なんというか獣の目を連想させる。


マスクを外す。


朝日さんが言った通り、口が耳まで裂けている。

牙が見える。

やはり獣を連想させる。


『じゃあ、一戦交えるしかないわね!』

マスク……いや、口裂け女は両手を広げて、蛇女へ飛びかかった。

両手の指の爪が伸びていて、鉤爪のようになっている。


『望むところだ!』

蛇女は両手を掲げて、相手の手を掴む。

格闘戦だ。


バケモンにはバケモンぶつけんだよ!


なんかそういうセリフが脳裏に浮かんだ。


『パワー勝負なら、わらわの方が上だな!』

蛇女は上背と力にものを言わせて、押し切ろうとする。


『チッ』

口裂け女は舌打ちして、

『パワー馬鹿め!』

両手を振りほどき、距離を取った。


なら最初から組み合うな、って感じだが。


『そこの人間、うるさい!』

口裂け女はこちらを見ずに、なぜかオレが心の中で思った事に答えた。


え、なんで分かったの?


『ならば、中間距離ならどうだ!』

口裂け女は鉤爪を振るった。


シュッと風を切る音が響く。


『おっと』

蛇女は上半身を引いてかわす。


交わしざまにパンチを繰り出した。


『ぐっ…』

口裂け女はパンチに驚いたようだったが、腕を器用に使ってブロックしている。


まるでボクシングだな。


『ほれほれ、どうした? 勘が鈍ってるんじゃないのか?』

蛇女は煽っている。

『うるっさい!』

口裂け女は怒鳴った。

その瞬間、異常なほどの瞬発力を見せ、


シュパッ


と跳躍して蛇女の懐へ潜り込む。


『うおっ』

蛇女は驚いて声を上げた。

『くらえっ!』

鉤爪が腹を引き裂こうとする。

『クソッ』

蛇女は退いた。


実力伯仲と言った所か。


「ハッ!」

気合い。


横合いから、鎖が伸びてきた。

鎖の先には重りがついており、口裂け女の手首に巻き付く。

朝日さんだ。


『むッ…』

口裂け女は忌々しげに唸る。

『邪神め』


そして……。

おや、なんか言ったぞ。


「やめときなさい、妖魔封じの鎖だよ」

朝日さんは警告した。

「てか、争うことはないでしょ?」


え?

なんて?

バリバリに好戦的な雰囲気してるくせに、争うことはない?


『ふん、それは貴様らがコイツを捕獲したからだろう』

口裂け女は、朝日さんが捕まえたアラフォーを見やる。

一応、話し合いには応じるつもりらしい。


『……あさひ、あらふぉーを放せ』

蛇女は、ふーっと息を吐いて、言った。

「え? それじゃ、依頼が…」

朝日さんは渋っている。

『依頼と命とどっちが大事だ?』

蛇女は肩をすくめた。


見ると、走り去ったアラフォー達が戻ってきている。

しかも数が増えてる。


『46体揃ったようだな』

蛇女が言った。

「あら、時間稼ぎだったのね…」

朝日さんは、ため息。


「ぎょぎょ!?」

夕凪はどこかで聞いた叫びを上げる。


「仕方ないな」

朝日さんは鎖を解いた。

アラフォーと口裂け女を拘束していた鎖が解かれ、袖の中に消える。


どうやら鎖を2本操れるようだ。

まるで生き物みたいだな。


「あなた、アラフォーを守る役目か何かなの?」

朝日さんは聞いた。

腹立ち紛れというヤツらしい。


『まあね』

口裂け女はマスクと眼鏡をかけ直した。

『砂鳥の神に妖怪たちを守る役目を仰せつかっている』

『クエー』

解放されたアラフォーが口裂け女の周囲に寄ってくる。


なんだか、お礼を言ってるようでもある。


「朝日姉さん」

夕凪が言った。

「なに?」

「今回、ただ働き?」

「うん、そうなるわね」

朝日さんはうなずいた。

「はー、それじゃあ、稼業が立ちゆかなくなるじゃない」

夕凪は頬を膨らます。

「でも、仕方ないわよ」

朝日さんは肩をすくめた。

「相手に死に物狂いで向かってこられたら、命がいくつあっても足りないもの」

「……朝日姉さん、なんか変わった?」

夕凪は驚いて親戚を見る。

「え、そんなことないよ」

朝日さんは否定したが、

「どういうこと?」

夕凪は信じられないという感じである。

頭を抱えていた。


『今回はすまなかったな』

蛇女は口避け女に向かって話しかけている。

『ふん、力比べならいつでも受けて立つぞ?』

口裂け女はツンデレ属性らしい。

『おお、こちらも望むところよ』

蛇女は豪快に笑った。


結局、なんだったんだろう。


無駄骨。

徒労。


という文字がオレの脳裏に浮かぶ。


この分じゃ、バイト代ももらえなさそうだ。

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