廃墟探索

第5話 廃墟探索1

廃墟探索1


蛇女と蜘蛛猫はまだオレの部屋に居座っている。

蛇女は見物が好きで、蜘蛛猫は部屋にこもってるのが好きだった。

蜘蛛猫は家事をこなすので重宝している。

しかし、見た目がおっかない。


「あ、一応、人間に化けることもできるにょー」


おっかない外見とは正反対のバカっぽい口調で、蜘蛛猫はボワンと古臭い効果音とともに煙に包まれる。

んで、煙が消えた時にはショートヘアの娘さんに変わっていた。

年齢的にはオレと同じか少し下くらいの外見だったが、薄い桃色の着物を着ており古風なことこの上ない。


「グッジョブ」

オレが感激のあまりにおkサインを出してると、


「なんじゃ、お主ロリコンかえ?」

蛇女がジト目でオレを見る。

上から目線のように感じるのは背が高いからだけではないようだ。

「違う、オレは無実だ!」

オレは否定したが、

「キロコ」

「ミリン」

蛇女と蜘蛛猫は申し合わせたように何やら意味フな呪文のようなセリフを吐いた。

「なんでそういう単語を知ってんだよ?」

妖怪化け物の類がなぜにネット用語に詳しいのか。

「てか、あんたらいつからそんなに仲好くなったんだよ?」

「え、そりゃあ神社にずっとへばりついていて、することもなかったしのう」

蛇女は腕組みして言った。

「居ながらにして世界を経巡れる“いんたあねっと”に手を出してもおかしくねーべと」

「あー、あん時はお仕事でしたからねー。私、仕事とプライベートは分ける主義なんです」

蜘蛛猫は事務的な口調で答えてから、キッチンへ消えた。

今日の晩飯はチャーハンだった。

おふくろの作るヤツよりも旨かった。



オレは大学の図書館に来ていた。

ちょっとうちの居候たちの事が気になったので調べにきたのだった。

「ほう、これが“としょかん”か」

蛇女は物珍しそうに見まわし、

「要するに書庫じゃな」

ゲーセン初体験の子供みたいな感じで言った。

目がキラキラしてんぞ。


「たかし、あれ取ってくれ」

蛇女が指差した本を、オレは黙って手に取る。

興味の湧いた本を片っ端から読むつもりのようだ。

ちなみに蛇女の姿はオレ以外には見えてない…ようだ。

いわゆる“見える人”には見えるかもしれないが。


…誰も信じないからいいか。


オレは妖怪関係の本から漁ってみた。

大御所のキタロウ関連の本やら、日本全国の伝承やらを見てると、蜘蛛猫の方はすぐにそれらしいのが見つかった。

ああ、そうか、“火車”だ。


この手の伝承は全国にあり、キャシャ、カシャ猫、テンマル、マドウクシャ、キモトリ…など色んな呼び名があるようだ。


チェシャ猫もか?


オレはアホなことをつぶやきつつも、考えた。

クシャ、キャシャってのは音がインドの神様の名前を連想させるな。

中国には魍魎という死体の肝を食べる妖怪がいてそれにクハシャと読みを当ててるようだし、無関係ではないかもしれない。

細部は置いとくとして、目的はともかく死体に何かする存在ということだな。

そして猫みたいな外見と。

「ふむ、あいつは結構有名だからの」

蛇女はいつの間にか、オレの見てる本を眺めていた。

自分の本は開きっぱなしである。

「ん…あ、そうか悪りぃ、悪りぃ」

オレは気付いて、蛇女の本のページをめくってやった。

自分でめくれない事はないが、怪奇現象になってしまうので、オレが代わりにめくってる。

ところで、何を読んでるんだっけ?

ふと興味を覚えて見ると、


『ホリー・ハッター 五人の賢者と三つの宝石』


だった。

和風な外見の割に洋物好きみたいだ。

ネットサーフもしてたみたいだし。


で、蛇女の方だが。

これはゲーム好きならだいたい分かる。

ギリシャ神話のラミア、インドのナーガラージャなど。

上半身は人で下半身は蛇という姿をしてる。

ギリシャ神話では神様に姿を変えられた人だが、インドでは神様みたいな存在だ。

日本でも、田舎の方では沼や湖に龍神が棲んでいたなんて伝承はありふれている。

八郎潟の伝説とか。


午後から講義が入っていたので、食堂で適当に食事してから教室へ向かう。

その途中で、前から歩いてきた生徒にぶつかった。

「うおっ!?」

「あ、ごめんなさい」

ぶつかってきたのは女だった。

地味ないでたち。

分厚いレンズの眼鏡。

化粧もほとんどしていない。

本を読みながら歩いてきたらしく、オレが居ることに気付かなかったみたいである。

確か、昼間夕凪とかいう変な名前の女だ。

同学年で何度か話をしたことがあるが、それほど親しいわけでもない。

「本読みながら歩くなよ、危ないから」

オレは何となく注意したくなって言った。

「う、うん」

夕凪はうつむき加減で上目遣いにオレを見て、うなずこうとした。

うなずこうとしたが、


「うえっ!?」


突然、うなずきかけた姿勢のまま固まった。

目を全開に見開き、全身をわなわなと震わせている。


「ん? どうした、具合でも悪いのか?」

オレはちょっと心配になって聞いてみたが、夕凪は答えない。

てか、答える事も出来ないくらい固まってるみたいだ。


「なななななっ!?」


何か喚き始めた。

通りかかった生徒たちが何事かとオレたちを見やる。

が、関わり合いになりたくないのかさっさと通り過ぎてゆく。


「何よ、それ!?」

夕凪はやっと声を絞り出した。


「何って?」

オレは素で訳が分からず、聞き返した。


「何って……それはこっちが聞きたいよ!」

夕凪は喚き散らした。

訳が分らん。

「何だかわからんが、講義が始まっちまうから。じゃあな」

オレは素っ気なく言って、教室へ入る。

しかし、夕凪も同じ教室へ入ってくる。

「……同じ講義取ってんのよ」

夕凪は言い訳がましく言ったが、不思議ではない。

「……」

何故か、オレの隣の席に座る。

チラチラとオレの方を見る。

うぜぇ。

「なんだよ、さっきから。変だぞ、お前」

「うるさいわね。こっちだって好きでやってんじゃないのよ」

夕凪は何でか逆ギレ気味。

「はあ?」

オレが首を傾げると、


コツン。


軽く拳骨で頭を叩かれた。

蛇女だ。


「あのな、この女、わらわのことが見えとるみたいだぞ」


えっ…?


まさか。


「そのまさかじゃ」


蛇女は言って、夕凪の目の前に陣取る。


ビクッ。


夕凪は身震いして視線を逸らす。


「のう、娘、わらわのことが見えとるよな?」

蛇女は夕凪の顔を覗き込むようにしている。


「……」

夕凪はダラダラと脂汗のようなものを流し始めた。


相当なプレッシャーのようだ。


「お主が何もせなんだら、わらわも何もせんわ」

蛇女はにこやかな感じで言った。

まるで幼稚園児を諭しているみたいな光景だった。

夕凪はひとまず無視することに決めたみたいだった。

やはり何がしたいのかさっぱり分からん。


「…あなた何なの?」

講義が終わると、夕凪は蛇女に向かって聞いた。

「それを聞いたら縁の干渉を受けるが、よいか?」

蛇女はなんか難しいことを言う。

「…うぐっ」

夕凪は言葉に詰まった。

「なら、言わなくていい」

そして、若干の間の後で吐き捨てるように言って、そっぽを向いた。

不貞腐れてるみたいだった。

「いやいや、一体何がどうしたんだ?」

オレは、いい加減訳の分からないやりとりに痺れを切らして言う。

「この娘は妖怪を屠るのを専門にしとる輩じゃ」

「ktkr! 妖怪始末人ッ」

「まだ見習いよ」

夕凪は歯ぎしりしながら言った。

「悔しいけどあたしの力じゃ、あなたに憑いてる“モノ”を払うのは無理」

「いや、別に払ってくれとは頼んでないし」

オレは速攻で拒否った。

「ぐ…」

夕凪はまた言葉に詰まる。

「…なによ、あたしの目の前で野放しになってる“モノ”があるなんて最悪ッ」

吐き捨てるように言って、さっと席を立ってしまった。

自分から隣に座って、そんで敵わないからいじけて逃げ去ってゆくとか子供すぎる。


「ま、わらわはその辺の妖怪とは格が違うからのう」

蛇女は自慢げに言って、オレを見た。

いつになく笑顔であった。

性格があまりよろしくないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る