第3話 田舎の風習2

田舎の風習2


日暮れになると、オレは早めに夕飯を食べさせられた。

そしておじさんから「マモリ」の注意事項を聞かされた。

簡単に言うと何をしていけないかという禁止事項だ。


眠ってはいけない。

部屋を出てはいけない。

誰かの声がしても返事をしてはいけない。

仏さんの上に置いた短刀を動かしてはいけない。


すべての項目を朝まで守らねばならないとの事だ。


こんな風習があったんだなと、軽いカルチャーショックを受けた。

「何かさぁ、マモリをする人としない人がいるみたいだよ」

八重子がオレの食器を片付けながら言った。

何故かは分からなかった。

あまり興味もないし。


夜の闇が辺りを包む頃、オレはじいさんの寝ている部屋に行かされた。

オレの他にも比較的若い男が三人いた。

おばさんの弟、おじさんの息子、じいさんばあさんの末の息子の息子。

皆、顔見知りなので安心した。

「何にも起きねから安心しろ」

おばさんの弟が笑いながら言った。

オレの顔色が優れないからだろう。気を回してくれたのだ。

確かにじいさんとはいえ、亡くなった人と一緒の部屋で一夜明かすのは少し気味悪い。

しかしオレはそれよりも神社で見かけた女性の方に気を取られていた。

嫌な感じはしないものの、昔と同じ姿で同じように現れるなんて、どう説明づけたらいいのか。

母と娘が妥当な線だろうな。

あれは神社の関係者だ。

子供の頃の記憶なんで曖昧だし、似たような顔立ちと服装だから同じ人に見えた。

オレは自分に言い聞かせるようにして片付ける事にした。


おばさんの弟から、また注意事項があり、最後にオレらの間でも会話は厳禁というルールが言い渡された。

寝ずの番が始まった。



ぽん。

肩を叩かれて、オレははっとした。

しまった。

いつの間にか眠っていたらしい。

「あ…すいません」

言おうとして、出かかった言葉を飲み込む。

喋ってはいけないということを思い出したのだ。

何かを言う代わりに周囲を見回す。


そこで自分の目を疑った。


皆、寝ている。

じゃあ、さっきオレの肩を叩いたのは…?


右肩だ。

叩かれたのは右肩だ。

オレは直感した。

何かがいる?


思った時だ。


ぎしっ。


不意にふすまの向こうで音がした。

ふすまの向こう側は板張りの廊下だ。

オレの目がそちらへ釘づけになる。


ぎしっ。


また音がする。

若干近づいている。

オレは背筋にぞくりとしたものを感じた。

ふすまの向こう側に何かが居る。


コトッ。


ふすまに手がかかったような音。


コトッ、コトッ。


力が込められ、徐々にふすまが開き始めたようだった。


スッ。


開いたふすまの隙間は漆黒の闇のようである。

そこに何か黄色い丸い物が浮かんでいた。


オレは声がでなかった。

冷や汗がどっと噴き出す。


黄色い丸い物の中央には縦に黒い筋のようなものが入っている。

どこか見覚えがあるような気がした。


それが目だということに気付くのに一秒もかからなかった。

その「目」がオレを捉える。

視線が合った。

オレの背筋にぞわぞわしたものが走り抜けた。

化け物だ。

オレは思ったが、やはり動けなかった。

あまりに非現実的な事に頭がついていけないのだ。

オレの頭の中はひたすら混乱していた。


ふー。


生温かい風のようなものが、ふすまの隙間から流れ込んできた。

自分より大きな肉食獣と相対したかのような感覚。


がりっ。


ふすまの隙間を何かが掴んだ。

爪の飛び出た毛むくじゃらの手だ。


ガガガガガガ。


力任せにふすまを軋ませて開けようとしている。


やばい。

入られたらマズイ。


オレはそう思った。

頭のどこかではこの非現実な事態を認めたくないでいるのだが、それでも何かをしなければ。


……短刀!


オレはじいさんの体の上に置かれた短刀を見やる。

同時に開いたふすまの向こうから、ヤツが入り込んできた。

毛むくじゃらの体。

でかい。

オレの頭二つ分はでかい。

爪の飛び出た毛むくじゃらの手が、一本、二本、三本、四本、五本、六本、七本、八本。

頭は猫のようで、目が横並びに四つついていた。

口は一つだが、牙が生えそろっており、先の割れた舌が覗いている。

それが直立した蜘蛛のような姿勢でこちらへ向かってくる。

疾風のように距離を詰めてきた。

オレには何をする暇もなかった。


がしっ。


と肩を掴まれた。

爪が食い込み、鋭い痛みが走る。


うっ。


殺される。


オレは思わず目をつむった。

こんな化け物と戦っても勝てる訳がない。

自然と覚悟を決めていた。


すっ。


その時、オレの右肩の方から青白い手が伸びた。


ドゴォッ。


いきなり、化け物の巨体が弾け飛んだ。

二、三歩後ずさりする。


何?

何が起こった?!


オレはまた混乱した。

その横からするりと白い装束の女性が現れる。


背が高く、髪の長い、青白い肌の、


……例の女性。


オレははっとした。


そして彼女の下半身を見てぎょっとする。


蛇だ。


上半身は人だが、下半身は蛇。

ファンタジーRPGに出てくるラミアような蛇女であった。


「去ね」


女性は澄んだ声で言った。

直接頭に響くような声であった。


猫のような蜘蛛のような化け物は若干怯んだかのようだったが、ふーっと威嚇をして、再び飛びかかる。


蛇女はさっと身体を伸ばし、鎌首をもたげる蛇のように構え、上から両手で手刀を作って振り下した。


バシッ

ゴスッ


肉を叩く音がして、猫のような蜘蛛のような化け物の脳天に手刀が打ちこまれ、そいつはまたよろけて後ずさる。


いや、恐ろしいはずなのに、妙にコミカルだった。

緊張はしていたものの、何故か安心感が心の中に出てきていた。


蛇女の手刀が続けてビシバシ打ちこまれ、猫のような蜘蛛のような化け物は廊下まで弾き飛ばされる。


「それッ」


掛け声がして、蛇女が尻尾を振った。

ムチのように飛ぶ尻尾は思ったよりも重い衝撃を発したらしい。

それを食らった猫のような蜘蛛のような化け物はもんどりうって転げてゆき、廊下の鎧戸をぶち破って外へとぶっ飛んで行った。


「二度と来るな」


蛇女は両手を腰に添えて言った。


にゃーん。


化け物の声が遠くへ逃げて行ったようだった。

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