第6話 エピローグ
見つからなかったサーベルは、殴られた現場で落としていたらしくセシルが拾ってくれていた。ジンと共に大急ぎで王宮へと戻ったキリヤナギは、音を立てぬようベランダを登り何事もなく自室へと戻る。
少し切ってしまった頬は絆創膏だけ貼って、必死に言い訳を考えていた。
「おや、寝ておられたのではないですか? 殿下?」
しばらくして様子を見にきたセオの意味深な言葉に背筋が冷える。
時刻は夕食の19時を超え21時を回っていて、バレているのは避けられないと思っていたが、これは「そういう空気」ではないらしい。
「今日は、退院してきたジンと久しぶりに組み手をされてお疲れのようでしたので、王妃殿下に夕食には参加できないとお伝えしておきました」
「え、そう、うん。ありがとう。セオ」
「一応、届けて下さいましたが、召し上がりますか?」
「た、食べる! お腹すいたし……」
配膳してくれるのはいつも通りだ。
少しだけ怖くもあるが、これはいつも通りでいいと判断する。
「その頬のお怪我は……」
「え、えーと、枕元に置いてた本で、ちょっと……それより通り魔事件がどうなったか知らない?」
「それでしたら、つい先ほどセシル隊長が、主犯の潜伏していた場所を抑え確保したと連絡がきました。もうしばらくすれば、護衛もゆるくなりますよ」
「ほんと? よかった……!」
「主犯のクード・ライゼンが、王子に助けられたと虚言を吐くので精神鑑定もすると」
「え、こ、こわいね……」
「そうですね。殿下も枕元に本を置くのは危険ですから、お気をつけを」
「わかった。気をつける」
少し怒ったような態度にキリヤナギはそれ以上は聞けなかった。普段通りに対応してくれるのもきっと気遣いで、庇ってくれているのだろうと思うからだ。
「……ありがとう」
「私は何も存じません」
思わず苦笑してしまった。
そうやってオウカの首都を恐怖に陥れた連続殺人事件は収束してゆく。発端は「王の力」を使いたいと貴族を襲い始めたカインロストが、【未来視】を付与するクード・ライゼンを見つけ、彼と協力することでより多くの「王の力」を手に入れようとしていたと言う事だった。
クードは、敵国ジギリタス連邦国家の使いに「王の力」を貸し与え、後がなかったことから王子を捕らえ亡命の手土産にしようとしていたとされる。
そんな一連の報告書を書き、セシル・ストレリチアは再び頬杖をついた。
ジンが襲撃された現場を見て回っていた時、ストレリチア隊の隊員が路地裏で王子のサーベルを拾い、嫌な予感がしたのだ。
即座にジンへと連絡をとり、所在を確認した後、ガーデニア製の迷子札で位置のわかると言うジンにサーベルを持たせ救出に行かせた。
結果的に騎士団がついた頃には全てが終わっていたが「王子はそもそもいなかった」と言う事実の元、ストレリチア隊が全てこなしたとまとめる。
「お疲れ様でーす! セシル隊長、お昼ですよ。ご飯いきましょー!」
ストレリチア隊、副隊長のセスナ・ベルガモットは、一息ついたタイミングを見て声をかけてくれる。七つの「王の力」の一つ【読心】を持つ彼は、セシルの複雑な感情を読んで、ご機嫌なテンションを少しだけ下げてしまった。
「今回も色々ありましたね、大丈夫ですか?」
「本当、いつ首がとんでもおかしくは無いが、今はこれが最善だ。巻き込んですまない」
「いえいえ、僕は地獄の果てまでお供しますよ!」
そうやって騎士達は平常の業務へと戻ってゆく。キリヤナギもまた厳重だった護衛が外れ、今日も学院の帰りにアークヴィーチェ邸へと足を伸ばした。
しばらく顔を見せていなかったキリヤナギを快く迎えてくれたジンとカナトは、今日はちゃんと室内へと案内してくれて、優雅な午後のティータイムが始まる。
「ジンが怪我をするとは珍しいと思っていたが、そんなに強かったのか?」
「ライフルいるの気づかなくてさ、【認識阻害】かと思ったら【身体強化】も持っててやらかした。マジ情けねぇ……」
「基本持ってたらだめだから、二つ以上あるなんて思わないしね、僕も大変だった……」
「キリヤナギも戦ったのか?」
「ぇ、その、想像したら大変だなって……」
給仕しながらぎょっとするジンにカナトは、察したように笑っていた。一応今回もキリヤナギが関与したことは伏せられているからだ。
「ジンはもう大丈夫なの?」
「多分?」
カナトがジト目で睨み、軽くジンの脛を小突く。彼は身をこわばらせて痛みに悶え、呻き声をあげていた。
「退院してすぐに過度な運動をしたせいで少し拗らせているらしい。しばらく内勤だな」
「えぇ……」
「病院とか、息苦しいし……」
ジンは不本意そうに目を逸らしてしまった。思えば全治1ヶ月以上かかると聞いていたのに、彼は怪我をしてから1週間も休んではいなくて申し訳なくも思う。
「お守りもってます?」
ジンに言われ、キリヤナギは渡されたそれを取り出した。カナトは相変わらず呆れながらも、大切にしている様子をみて嬉しそうにも見える。
「まぁ、無事でよかったです」
「デバイスを持てるようになったら、いつでも相談するんだぞ?」
「うん、ありがとう。2人とも!」
カナトは心配性だと、キリヤナギは素朴な感想を思う。
王と王妃の喧嘩は、時間が経つほどに落ち着き、王宮には再び平和な空気が戻ってきていた。
季節は変わり、次期に春が来る。
木々の芽吹き活力あふれる季節で、今日も三人の貴族達は午後の一時を過ごしていた。
END
桜花物語*箱入り王子のやりなおし 和樹 @achupika
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