第3話 タチバナ

 王宮から約南西に位置する場所には、首都の住民達がよく立ち寄る公園がある。場所が広くとられているそこは、市民の憩いの場ともされているが、奥へ向かうほど森が深くなり、人の手が届かない大自然となっていた。

 監視をする5名のうち1人は、木の上からガーデニア製の暗視スコープを除き、森へと走ってくるフードを被った白いクロークの影を確認する。

 写真の特徴との一致を確認し、五名の内三名がうごいた。


 彼らは王子が来た事に驚いていた。

 クードの話で、平和ボケしたバカ王子と話されリスクも少ないと判断したが、確かに王子は現れたからだ。


 森を走る彼を3人は追う。

 おもり付きロープで足を引っ掛けようとしても、前転で回避され、金属製の飛び道具もまた空を切る。

 前から攻めれば、右に飛んで空を切り、後ろに回ると、幹を足場にして空へ跳躍。

 一回転から着地して逆方向に走りだし、3名はさらに追った。

 とんでもない運動力だと3人は息を飲む。

 この国の王子の情報は殆ど流される事はなく、分かるのは公共で流されている顔と身なりぐらいだったが、想像していたより手強いと三人は警戒を強めた。

 そして開けた場所にでて、行く手を囲った三名は拳銃を抜いて弾丸を装填する。


「よく来てくれた。王子。一緒に来てもらおう」


 銃を構えながらそれは見えていた。

 前転による回避と攻撃。防ごうとしたが間に合わず、傍にいた1人がタックルをもらって倒され撃たれた。

 そして間を置くまでもなく二発目が撃たれ、僅かに体を掠める。

 直後の前転によってフードがめくれ、隠れていた顔が露わになり敵は叫んだ。


「替え玉か!」


 フードを脱いだジンは、敵を分析しながら向かってゆく。


***


 ククリールを探し、大きく迂回しながら森へ入ったグランジは、騎士服を纏うキリヤナギに違和感を得ていた。

 時間稼ぎになればと、カナトの作戦で服を交換したキリヤナギは、髪色が同じでジンと錯覚してしまうからだ。


「どうしたの?」

「何もない」


 二人で足を忍ばせ、潜伏先を探していると銃を持った人間が立つ小屋を見つける。

 朽ちた扉の隙間から、ククリールともう1人が見えて、キリヤナギは銀のサーベルを抜いた。


「行けるか?」

「大丈夫」


 筒へ弾丸を装填したグランジはオーブンサイトを除き、撃つ。

 敵のヘルメットに弾かれたが、弾圧で吹っ飛ばされ、中にいた敵が外へと出てきた。

 キリヤナギは、グランジが突っ込んでいくのを見送り、彼の背中をとろうとする敵へ不意をついて飛び込む。

 完璧なタイミングのはずなのに、左手のストッパーでガードされ、短剣が抜かれた。

 敵はこちらの顔に驚きながらも、キリヤナギの剣戟を的確にガードする。打ち合いの最中、2人は敵の動きに違和感を持っていた。攻撃が完璧にガードされ、回避されるそれは、まるで【未来が見えている】ようだからだ。


『グランジさん、こいつらあれですよね』

「あぁ、【見えている】」


 耳の小型音声出力機器。イヤホンから響くジンの音声に、グランジは敵へ隙を与えぬよう応戦するが、それはまるで入らず、空を切るようだと思う。

 敵のこの力は、神より下され、オウカの王より与えられる7つの「王の力」の一つ【未来視】。

 しかしこの力は現在、南東の領地を収めるウェスタリア公爵に与えられ、その騎士へ付与されているはずだが、それを今、敵がもっているのは想定外だった。

 グランジは、ジンが3人の敵を相手にしていることを思い出し懸念を得る。


「倒せるか?」

『大丈夫です。俺、【専門】なんで』

「わかった」


 グランジは、自分がジンを甘く見ていたことを反省する。ジンは「タチバナ」の血を引く正当な騎士であり、それは「王の力」を抑制する。


 かつて貴達の汚職によって苦しむ民が、「王の力」へ対応する為に生み出した武道「タチバナ」。

 それは、神より下された異能へ対抗する為にあり、その考え方故に、存在そのものが神の否定として忌み嫌われる。

 しかしかつての王は裏切りを恐れながらも「タチバナ」を受け入れ、それを武器とした。

 貴族達を監視する第三者機関として、また王族の武器とされた「タチバナ」は裏切らず、たとえ大衆が否定しようとも国を守る。


 グランジはそんなジンの存在を思い、目の前の敵へと向かう。

 その動きは同じだった。

 未来を見る敵に、まるで未来を見る動き。敵が混乱しているのが分かり、グランジはあえて言葉を紡ぐ。


「まだ慣れていないか?」

「お前もか……」

「そうだ。俺も【未来視】を持つ」


 ウェスタリア公爵より、宮廷近衛兵として与えられている力をグランジは振るう。

 それは洗練された、極められた動きであり、【素人】の追従を許さない。


「俺が『タチバナ』では無いことが幸いだったな」


 グランジは合わせていたそれをやめ、国家の敵を掃討する為に動き出した。


***


 王子の服を着たジンは、敵の【未来視】への適正を見ながら分析へと移っていた。

 1人は倒したが、不意の発砲を回避された為、すぐさま銃をしまい、打てないように近接へ切り替える。

 ナイフを抜いてきた敵を掴み、もう1人の盾にしながら投げ込んだが、奥の1人に回避されて発砲を許し、髪を掠める。

 腰を落としながら足を引っ掛け、低い位置で対応した。反応が早いが、この敵は付与されて間もない【素人】だと、ジンは確信する。


 神が降ろした7つの異能の一つ【未来視】。

 この力には、与えられる個人によってかなり「ムラ」がある。

 それは、どんなに先が見えていても、まず体が追いつかなれば、そもそも対応ができないからだ。

 また視界がほぼ【未来】で占領される為に、【今】が見えなくなる。

 そして見える【未来】には限界がある。


 ジンは未来を見ている敵を観察しながら、敵の攻撃の挙動をみていた。

 向かってくる敵。普通に避ければ当てられるが、ジンは右へ【振り】を決め、左へから殴り込んで吹っ飛ばした。


 【未来視】により、観測できる【未来】は個人差あれど【約2秒先】。

 つまり、【未来】から【今】にくるまでのこの僅かな【ラグ】こそ、この力の弱点でもある。


 2人目をのしたジンは、残された最後の敵へと向き合う。敵は身構えながら、銃をおろして止まっていた。

 それは先が見えるあまり、それを凝視して【今】が止まる。この異能を初めて付与された人間が陥りやすい挙動だ。

 先を見ている為に対応はできるが、後ろからなど視界に入らない動きに対応ができなくなる。


 だが今、ジンは1人だ。

 慣れている自分を信じ、ジンが動くと、敵の引き金が引かれる。2秒先に頭へ当たる筈の弾丸は、ジンのこめかみを掠めたが、回避後の2秒以内に銃を抜き、横から狙撃。

 両腕を一気に貫通し、敵が横転するように倒れる。悲鳴を聞きながら足を打ち抜き、ジンは大きく息をついた。

 自身の技術が安定して刺さった事に安堵し、また平和であれば必要でないとされたそれに、複雑な感情を抱く。

 そして、ジンは何も言わず、グランジへ連絡を飛ばした。


***


 「敵が強い」と思いながら、キリヤナギは応戦していた。明らかに人並み以上の反応力でこちらの隙をついてくる。達人なのだろうとキリヤナギは賞賛していた。

 あるタイミングで銃をぬかれ、キリヤナギは射線からそれ、剣先でそれを弾き飛ばす。

 これで安心できると思ったが、短剣だけでもやはり強い。回避と応戦を続けていたら、グランジと背中合わせになった。


「敵が未来を見ている」

「え、ほんとに?」


 思わず疑いかけたが、攻めにこられて観察へ移った。打ち合いが続く中で分析すると、確かにこちらに合わせる動きで狙いを取っている。何故かガッカリしてしまい、キリヤナギは気持ちを切り替えた。


「その力、どこで手に入れたの?」

「話す必要ない」


 裏切りだろうか。

 だがあり得ないことではないと、キリヤナギは事実を受け入れる。

 この異能は、公爵から付与されることで、さらにもう一度、又貸しをする事ができるからだ。

 公爵から回数にして2回。人数は貸主に左右される。また力は、返されなければ貸主に力は戻らない。

 つまり、公爵クラスでなければ、それはかなり制限がある。

 しかしそれを踏まえても、国を守る力を国を壊すために使われるのは、れっきとした裏切りであり反逆だ。


 戦いながらもキリヤナギは、ジンの存在を憂いた。

 平和であれば必要のない力を、ジンは幼い頃から叩き込まれ、不要だとされながらもそれを磨いて生きてきた。

 王族を守りながら、王族を否定するそのあり方は、大衆にとっては矛盾していて受け入れがたいものでもある。しかし、だからこそオウカは「タチバナ」を捨てなかった。

 抑止力としてそばに置き「宮廷近衛騎士」として、共に生きてゆく道を選んだ。


 キリヤナギは打ち合いをする事で敵の体力を削り、一気に攻め込んで押し込む。

 ジンの父、アカツキによる稽古により、キリヤナギもまた「タチバナ」の力をある程度体得していた。

 つい先程まで互角だったものが、「タチバナ」のそれによって圧倒されたことに、キリヤナギは更に悲しくなる。

 見えていた未来が敗北に変わり、敵は絶句しながらもキリヤナギを見上げる。彼は仰向けに倒れこんだ敵へ剣を突きつけて唱えた。



「-オウカの王子、キリヤナギの名の下に、貴殿のもつ【未来視】の力を返却せよ!-」


 目を合わせ言い放った言霊に、敵は逆らうことができなかった。この異能は、元は神から、王から、公爵から授けられた力であり、付与される事でその大元となる王族には逆らえなくなる。

 つまり「返せ」と言われれば、それは返さねばならない。


 敵の胸から淡い光が抜けてゆき、それは空を飛んでどこかへ消えてゆく。本人の意思に関係なく「王の力」を奪取できるのは、他ならぬ王族のみで、これはキリヤナギと今のオウカ王しか行うことができない。

 厄介なのは、この国の王族の数が極端に少ないことと、直に命令しなければそれは成されないからだ。

 つまり、付与は一度に大勢へできるのに対し、キリヤナギは対面で1人しか奪取ができない。

 だからこそ「タチバナ」は必要とされた。

 振り返ればグランジも戦闘を終え、キリヤナギの元へ敵を引き摺り出してくる。彼は少し辛そうな表情でその異能を奪取し、ようやく森へ静寂がもどった。 


***


 ククリールは無傷だった。

 ただ気を失っているだけで安心したが、巻き込まれてしまった事へ、キリヤナギは罪悪感で押しつぶされそうになる。膝に乗せながら、連絡を取りに行ったグランジとジンを待っていると、月明かりに気づいたのかククリールの意識がもどった。


「クク、大丈夫?」


 彼女はしばらくぼーっとキリヤナギを見ていた。そして目が大きく開いて見つめあった時、彼女の顔が真っ赤になる。


「どこ触ってんのよ、バカ!!」


 手のひらで頬を殴られ、綺麗な音が響いた。驚きと痛みで混乱して、キリヤナギも何が起こったかわからない。


「ここどこなの! こんな所に連れてきて……」

「ち、違うよ。ククが攫われて助けにきて……」

「へ……」


 言われて、ようやく記憶がもどってくる。クードに呼び出され、知らない人間に捉えられたのだ。


「僕のせいで、巻き込まれて……ごめん」

「私、狙われてたの?」

「うん、僕を呼ぶ為に連れてこられたって……」

「……」

「クク?」

「なんであんたがノコノコきてるのよ、バカ!!」


 また殴られた。


「自分の立場わかってるの! 王子でしょう!」

「そうだけど、ククも危険だったから」

「どっちが大事かぐらいちゃんと判断しなさい! この間抜け王子!」


 もう殴られたくなくて、キリヤナギは距離を取った。悪いことをしたつもりは無いのに、ここまで怒られるとは思わず、悲しくなる。


「変わったと思ったのに全然変わってなくてガッカリよ!」

「僕は、ククを助けたかっただけで……」

「そんなの知らない。……でも」

「クク?」

「ありがとう」


 殴られた両頬は腫れてきて酷く痛むが、彼女の感謝の言葉にどうでも良くなっていた。その後ジンと合流したキリヤナギは、騎士団が来る前に森を抜け出して一度アークヴィーチェ邸へと戻る。

 キリヤナギは泥だらけだが、ジンは無傷で服も殆ど汚れておらず感動してしまった。


「ジンすごい」

「こっちは派手にやりましたね……」

「ご、ごめん」


 ジンに悪気はなかったのか、気にしていないと言うように笑ってくれた。

 キリヤナギは大急ぎで服を着替え、ジンと共に王宮へと戻る。報告書はグランジがまとめてくれる事になり、ある日突然起こった公爵令嬢の拉致事件は収束していった。


そしてその同時刻。

 オウカ国、クランリリー領アセビ町にて一人の貴族がまた背中からナイフを突きつけられ硬直していた。


「ま、まて、王子は確かにきた。これで証明されただろう?」


 クード・ライゼンは、目の前でナイフを突きつける殺人鬼に声を震わせる。

 数日前、夜を歩いていたクードは人気のない場所で彼と出会ってしまった。

 銀髪の「王の力」を寄越せと詰め寄ってくる連続殺人鬼、カインロスト。彼は貴族が持っていると知り、出会った彼らを手にかけていた。


「確かにきた。が『王の力』も一緒に持ってかれたじゃねえか……俺は王子が欲しいわけじゃない。『王の力』が欲しいんだ」

「ひぃ」


 僅かに刃が食い込み、服がさける。滲んだ血にクードは身を翻して距離を取った。

 

「お、『王の力』は、取り上げられれば貸し主に戻る。みろ!」


 クードは、つい先ほど手元にもどった7つの「王の力」の一つ【未来視】をカインロストへ投げ渡した。彼はそれに歪んだ笑みをみせると、ようやくナイフを下ろす。


「へぇ、いいなこれは……」

「そうだろう!? 私をここで殺すは早いぞ? 貴族だからな、コネもある!」


 カインロストは話を聞いている様子はなく、新しくなった視界に感心していた。その態度にクードは恐怖を覚えながらも返答を待つ。


「王子がいれば、全部手に入るのか?」

「あぁ、手に入るぞ! そうだ。お前と仲間に私の騎士の「王の力」を貸してやる。仲間の騎士を倒して、また餌にすればいい」

「悪くないな。……なら言うことを聞いてやる。あの二人も「王の力」でやりたい事があるんだと」

「わ、わかった、すぐ手配しよう何がしたいんだ?」


 クードは安堵しながらもカインロストの言葉に背筋が冷え、言葉も失う。

 それは誰もが思いつく事であり、大昔に行われながらも現在では禁忌とされることだったからだ。

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