第2話 王子の悪癖

 キリヤナギと別れたククリールは、彼が別れ際に言った言葉が頭から離れずイライラしていた。

 元々そんなに好きではなくもう会うことはないだろうと初対面で散々罵ったのに、彼は努力するといって応じ、罵倒するこちらに全く怯まない。

 首都の大学へ見学に行き、久しぶりに会った時はそれなりに話せるようになっていて驚いたが、何故か王宮に来るように誘われ条件反射で殴ってしまった。今思えば、少し酷いことをしたと思うが、誰にも怒られなかったので気にするのはやめた。


 ククリールがカレンデュラの別宅へ戻ると、自室の机の上に封筒が届いていて、珍しいと思いながらも開封する。

 そこには想いを伝えたいという旨が書かれており、ククリールは思わず目を疑った。

 今日の夕方に西側の公園で待っていると書かれ、その余りの失礼さに困惑もするが、差出人の名前がなく、誰なのだろうと興味が湧いてくる。

 ククリールは時間を確認しながら、手紙を持ち再び部屋を出た。


「あら、お嬢様。お出かけですか?」

「うん、ちょっと公園にいってくるわ」

「間も無く日が落ちますので、ご一緒しますね」

「え、気にしないで、すぐ戻るから」


 使用人の返事を待たず、ククリールは屋敷をでて公園へと向かう。

 夕焼けに染まる公園は、既に人の気配は殆どなく。街頭の下へ人影を見つけ、ククリール様子を見にゆく。

 茶のスーツを着た彼は、フォーマルなネクタイを締めていて現れたククリールへ目を輝かせた。

 

「こんばんは! 来ていただいてありがとうございます!」

「えぇ、遅れてごめんなさい」

「私は、クード・ライゼンです。ライゼンは、その、お菓子の事業を進めていて……」


 長いと、ククリールは感想した。

 そもそも興味はないし、知らない相手の事など聞いても楽しくはない。一応話が終わるのを待っていたら周辺が暗くなってきていた。


「カレンデュラ公爵家の貴方となら、我が家ととても相性がいいと思うのです! どうかお付き合いしていただけませんか!!」


 やっと言ったとククリールは安堵する。

 たしかに家の相性はいいが、このクードと言う男の話し方にはイライラしていた。

 結論をさっさと言えばいいのに、あえてずるずると話すのは時間の無駄だと思うし、言いたい事もなかなか言えないようでは、長くも続かないと思うからだ。


「ごめんなさい。私、貴方のような人は嫌いなの、他を当たってくださいな」


 ククリールは身を翻して帰路へとつく。もう周りは暗く使用人が心配してしまう頃合いだからだ。


「下手に出れば罵り、対等だと思えば裏切り、お前達貴族は、本当に自分のことしか考えられない奴らばかりだな」


 後から響いた低い声に、ククリールは思わず振り返った。

 クードは顔を手に当ててこちらを睨みつけていて、ゾッと背筋が冷える。

固まっていると、目の前に突然周囲に人が増えて後ろからも押さえられた。    


「無礼よ! 離して!」

「もういい、おしまいだ」

「いいのか?」

「失恋対象が視界へちらつくなんて耐えられない。もう好きにしていいよ。ついでにこの国の『王の力』を貸してやる」


 クードが左胸に手を当てた時、5つの光が現れた人間へと付与された。直後、五名は周辺を見渡し、感動した仕草をみせる。


「……これは……なるほど、すごいな」

「大事に使え、僕は帰る」

「ちょっと、何するの!」

「さよなら、愛しのククリール嬢。またどこかで」


 直後、強制的に意識が落ちてゆく。

 何が起こっているのかわからないままに、彼らは闇夜に消えた。


***


 キリヤナギは憂鬱だった。

 唐辛子入りだと思っていた夕食は普通だったが、向かい合わせの2人が睨み合い、誰も喋らない凍りついた食卓。

 途中で母から最近帰りが遅いこと聞かれ、カナトの家に居たことを話した。それを聞いた父が、カナトの父との酒の話で盛り上がった話を始め、母は「酒の飲まない相手に酒の話をするな」言った。

 父は「楽しかった話をして何が悪い」と怒った。

 母は「子供の前で怒鳴るな」とさらに怒った。

 キリヤナギは何も言わずに、食事だけ済ませて部屋へ逃げた。

 数年前なら、やめてほしいと叫んだら2人ともやめてくれたが、いつのまにか情けなく思えて我慢して聞こえないふりをして居た。しかしそれでも、心は傷ついていて辛くなる。


 自室で片膝を抱えて居たらノックが聴こえて、隻眼の男がはいってくる。

 グランジ・シャープブルームと言う彼は、王がキリヤナギの周りに置いている近衛兵であり、少人数で編成される親衛隊の1人だ。

 彼は少しだけ元気がないキリヤナギをみて、心配した様子を見せる。


「大丈夫か?」

「……うん」


 嘘をついたとキリヤナギは情けなくなった。

 子供の頃は、自分が我慢すれば2人は仲良くなると思っていたのに、大人になればなるほどそれはどうしようもないものだと気づいて絶望する。


「今回、長いよね」

「……そうだな」


 いつもなら長くても父が謝り、3日程でおわるのに、今回は1週間続いている。

 おそらく原因はキリヤナギなのだ、だからこそ余計に辛くなる。


「テストの結果、聞かれなかったけど、原因なんなんだろ」

「結果は……」

「全然ダメだった……」


 余計に凹みグランジは背中をさすってくれた。どんなに悩んでも赤点の事実は変えられない、真面目に学ぼうとキリヤナギは反省していた。

 キリヤナギの気持ちが落ち着いてきたのを見てグランジは退出し、キリヤナギが一人答案の見直しを行なっていると、再びノックから女性使用人が現れる。よくきてくれる彼女は、顔馴染みで拾ったと言う封筒を届けてくれた。

 差出人の記載はなく、裏面に「王子へ」としか書かれていない封筒は、配達業者を介さず、直接投げ入れられたのだろうと思う。本来なら破棄されるそれを、キリヤナギの性格を知る彼女が、回収して持ってきてくれたのだ。

 このような事は初めてではなく、大体は嫌がらせの手紙だったり、現在の政治体制をよく思わない国民からのクレームだが、稀にファンレターが混じっていて、キリヤナギは興味があり、彼女が回収できた時だけこっそり見ていた。

 宛名は見たことのない筆跡で、封はただテープが貼られた簡単なもの。

 クレームなら喧嘩が治まってから父に伝えればいいと、軽い気持ちで開封する。

 そこで見えたのは表面と同じ筆跡で、明日の日付と地図、0時と書かれた厚手の用紙。

 裏返すとそれは写真で、キリヤナギは背筋が冷えた。そして、大急ぎで部屋着から外出着に着替え、キリヤナギは窓から外へ出かける。


***


 ジンは、リラックスしていた。

 アークヴィーチェ邸に住み込みで仕えてもう数年になる。

 他の騎士達が騎士学校の卒業時に各々の隊へ配属される中で、ジンだけは何故かどこにも配属されず、王妃にキリヤナギの逃げ場になってやって欲しいと言われ、ここへと寄越された。

 建前上はそうだが、おそらく扱いに困ったのだろうとジンは察していた。

 ジンの姓『タチバナ』は王家に長く仕える名門であり、その名は代々で騎士長を世襲していたからだ。次期騎士長としての期待を背負いながらも、ジンはそんなものに実感を得られず、また世襲も続けるべきでは無いとされる風潮も相まって、周りから距離をおかれ今に至る。

 それでも孤立していたつもりはなく、実力もそれなりに認められていて、人間関係のトラブルも少なかったが、騎士長の息子、『タチバナ』、相応の実力、と言う看板に寄ってくる彼らを、ジンは友人とは思えなかった。

 20時に終了の業務で、現在は21時。

 あとは入浴して寝るだけだが、もう少し起きていたい時間帯でもある。

 どうしようかと天井を見ていたら、窓を軽く叩く音が聞こえて、ジンは体を起こした。

 カーテン開けると、窓の影にキリヤナギがいて思わず絶句する。


「殿下……」

「ジン。助けて……」


 突然の王子の来訪に、ジンは窓を開けて迎える。

 親衛隊に頼めない困りごとが起こった時、キリヤナギは時々王宮を抜け出してジンを頼りにくる。それは彼を囲う騎士達はあくまで騎士団員であり、キリヤナギの元で何が起こりどう動いたかを、逐一報告する義務があるからだ。

 ジンは騎士団員でも、所属はアークヴィーチェ邸になる為にそこへ報告の業務は発生しない。


「な、なんですか?」


 お茶を出してもキリヤナギはしばらく深刻な表情で固まっていた。そして懐から宛名だけの封筒を渡され、ジンは言葉を失う。

 明日の日付と地図、0時と書かれた表面に、気絶したククリールの画像があったからだ。


「これ……」

「今日、敷地に投げ込まれてたって」

「報告しないとまずくないですか……最近危ないし」

「……僕宛だったから、騎士団がでるとどうなるかわからないなって」

「それはそうですけど、何人いるか分かんないし……俺にも限界が……」

「だめ? 僕も戦えるよ?」

「知ってますけど、それはリスクが大きいと言うか……」


 今すぐ動きたい気持ちも分かるが、ククリールは国家にとっても大切にされるべき存在なのだ。

 貴族が危機にある時、騎士団が黙っているのも、理に適っていない。

 しかし目の前の王子はこのような事態に絶対に折れない。よってこちらが妥協案を提示する必要がある。


「じゃあせめてグランジさんに相談だけでもいいです?」

「え、抜け出したのバレる……」

「そもそもなんで抜け出すんですか……」


 極論的に言うなら「面倒」なのだ。

 夜に出かけたくなっても、基本誰かがいれば制限はされないはずだが、必ず行く場所と用事を聞かれるし、外泊は余程のことじゃない限り許してもらえた事がない。

 過保護だと周りは呆れているが、この国では「キリヤナギしかいない」と言う話もあり、誰もそれに意を唱えなかった。


 ガーデニアとオウカは、その歴史上から周辺国家を寄せ付けない大国でもあり、度々瓦解を狙われて政府関係者や王族の暗殺が歴史上後を立たない。

 アークヴィーチェを介した二つの王族の関係の改善により、最近は周辺国家との間柄も落ちついてきてはいるが、分断されたばかりの頃、文明的にも劣るこのオウカの王族達は、周辺国家の策略で減らされ続け、現在はオウカ王の周りの血のつながらない親戚しか存在しない。

 平和ではあるが、この信仰の国で王族を失えば、この国の軍事力の主柱となる「王の力」の存続ができず、国が崩壊する事は避けられないからだ。


「俺からも黙っとくようお願いするので……」


 キリヤナギは大分渋ったが、グランジはこの手の話にかなり寛容で、宮廷騎士でありながらもあくまで「業務範囲」のことしか報告はしない。

 今回もきっとキリヤナギが動いた事は隠してくれるだろうとジンは思う。


「わかった」


 了承を得てジンはカナトへキリヤナギが来た事を話し、グランジも内密で呼び出した。

 ジンから連絡が来た事に、グランジはある程度意図を察したのか「わかった」とだけ返事をして、アークヴィーチェ邸で合流する。彼はキリヤナギがいる事へ呆れをみせ、腕を組んで態度を示した。


「ご、ごごめんなさい」


 震える王子に何も言わない彼も怖いが、時間もない為、四人はカナトを交えて話し合いを始める。

 渡された写真を凝視して封筒も確認したカナトは一呼吸置いた後に口を開いた。


「招待状だな」

「招待状?」

「罠っすよ……」


 ターゲットを呼び出すための手口だとカナトは言っている。

 敵がどこまでキリヤナギを理解しているか分からないが「騎士団が出てこない」と言う可能性を見ているのは理解できた。


「順当に考えるなら、敵は貴族を狙う連続通り魔だろうが……」

「それなら殺されるはずでは?」

「そこがわからない」

「やっぱり手におえなくね……」

「だがここまであからさまなら、騎士団が動いた時点で逃げられる可能性が高い」


 キリヤナギへの手紙はおそらく賭けであり、見ても見なくても、定刻に来なければククリールはこの国から消える。

 拉致が成功した時点で敵は勝っていて、王子が釣れればそれは一石二鳥ということだろう。


「クク、どうなるの?」

「最悪その場で殺害か国外拉致か……。それ以前に自宅からの拉致が考えられない。学院も自宅も警護は万全で、そこまで技術があるなら、キリヤナギを直接連れ去った方が早いからな」

「じゃあなんで……」

「呼び込みでは?」


 グランジの一言にカナトは押し黙った。

 キリヤナギは首を傾げているが「ククリールが何かきっかけを作った」とグランジは言ったのだ。

 危険な場所へ、自分で赴き、巻き込まれた。憶測しか出来ないが、キリヤナギの中ではもう結論がでている。


「行く」


 3人とも顔を見合わせ、ため息をつく。こうなった王子は1人でも行くために、周りは見過ごすことはできない。


「俺、グランジさんと行くんで、せめて待っててくれないっすか?」

「僕が囮やればよくない?」

「銃を持ってたらどうするんだ……」


 暗殺なら、姿を見せた時点で殺しにくる。同行すれば盾にはなれるが、護衛対象より先に動けなくなるのは意味がないからだ。

 時刻はもう22時を回っている。

 待ち合わせ場所は遠くないが、移動に1時間と見積もるなら、後1時間しかない。カナトは10分ほど考え、思いつく限りの作戦を書き出してゆく。

 数分でまとめられたそれに、キリヤナギは感心した。


「カナト、やっぱりすごい」

「代わりに、これからもこのような事は相談するんだぞ?」

「うん。ありがとう」


 キリヤナギはいい意味で無鉄砲だ。

 外出時に武器は持っているが、今日も部屋から一人で抜け出してジンの元へ来るほど無防備でもある。

 大人数の敵なら見つかって、事は為されていたと思うと、無事に屋敷まで来られたのは、敵が王宮の監視に人数を割けなかったのだと考察した。


「私は足手まといなので、2人に任せる」

「おう」

「はい」


 カナトに見送られ、3人は準備を整えた後、現場へと出立した。

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