第4話 禁忌の異能
「なるほど、久しぶりのお手柄だ。グランジ」
「恐縮です」
1週間前、たまたま深夜に出かけて居たグランジは、たまたま連れ去られたククリールをみつけ尾行し、たまたま居合わせたアークヴィーチェの騎士と共闘して、「王の力」を盗み出した敵から救出した。
そう、報告されたことに宮廷騎士団。ストレリチア隊兼、特殊親衛隊の隊長。セシル・ストレリチアは、困った顔をしながらため息をつく。
言うまでもなく全てが建前だからだ。
「もう少し納得のいく書き方はできないのかい?」
「事実です」
「……」
セシルは頭を抱えて項垂れていた。グランジはこう言うが、普段は真面目で滅多なことではない限り、このように適当には書かない。よってこれは、遠回しに別の事柄を伝えている。
「殿下に怪我は?」
「ありません」
「『タチバナ』の関与は?」
「……」
沈黙は肯定だとし、セシルはもう一度ため息をつく。しかしこれは、今に始まったことではなかった。
騎士に頼ろうとしない王子は、こうして時々王宮を飛び出し、ジンと共に自身の正義を振るう。一般ならば「賞賛」されるべきそれは、「王子」であるが故に、身に余るとして決して評価はされることはない。
「まぁいいよ。ここ最近は貴族だけでなく騎士も狙われ始めている。殿下に被害が及ばぬよう、君も細心の注意を払ってくれ」
「はい。失礼します」
グランジが出てゆき、セシルは報告書を仰いだ。
カレンデュラ公爵令嬢の事件からある程度の時間が経っているが、この事件以降、貴族への襲撃はぱったり止まり、代わりに騎士が狙われるようになったのだ。
一般よりも手慣れ、戦える騎士達は未だ死亡者を出さずにはいるが、不意打ちによる襲撃で怪我人もでており悠長にはして居られない。
また出会ったものは皆「王の力」を要求されたとも話しており、セシルはなるほどと納得にも近い感情も得る。
敵の目的がもし「王の力」の掌握だとしたら、狙われるのは1人しかいないからだ。
***
「ま、た??」
朝、キッチンでグランジから報告をきいた彼が、キリヤナギのお弁当を詰めながら口にする。
事件から時間が経ちグランジは報告書をセシルへ提出した後、その全てを同僚のセオ・ツバキへと報告していた。
彼は主に事務を仕事とし、キリヤナギの身の回りに気を使う騎士、兼バトラーでもある。
また、7つの「王の力」の一つ。【千里眼】を預けられており、この広大な首都を見渡す事ができた。
「抜け出し今月何回目?」
「3回目だな」
返す言葉もない。
説教もしたくなるが、そんなことをすれば相談も何もしなくなりそうで、セオは感情を押し込むしかなかった。
「アークヴィーチェの騎士と共闘したと報告した」
「どうせジンでしょう? 全く、そんなんだから喧嘩が終わらないんですよ」
今回の王と王妃の喧嘩は、キリヤナギの抜け出しがひどく、王の「王族としてそぐわない行動は慎むべき」と言う意見と、王妃の「使命ばかりに囚われては成長もできない」と言う意見で未だに喧嘩をしている。
令嬢を拉致した集団は拘束されたが、連続殺人犯との関係性は薄く、王宮には未だピリピリした空気が漂っていた。
「カレンデュラ嬢はどう言う経緯で巻き込まれたんですか?」
「思いを伝えたいと、公園によびだされたらしい」
「なるほど」
ククリールは、グランジに成り行きを話してくれた。
また告白してきたクード・ライゼンが、自分の「王の力」を付与していたと証言されたことで、騎士達は裏切り者が出たと言う唯ならぬ事態を感じている。
「ライゼン……。ウェスタリア領の小貴族ですね。事業が倒産して家長が自殺したと、先月誌面でみましたが……」
クードは、未だ足取りを明らかにしていない。「王の力」は回収されたが、付与者から取り返さなければ、それは貸し主の元へ戻るだけだからだ。
しかしそれでもカレンデュラ嬢は無事で王子も何事もなく、最悪の事態は避けられたのだと理解する。今はそれだけが幸いであるとセオはほっと肩を撫で下ろした。
お弁当を包み終え、未だリビングに来ない王子を気にかけた時、最奥の扉が勢いよく開かれる。寝癖が少し残るのは寝坊したらしいキリヤナギだ。
「セオ! お弁当ある?」
「ありますけど、間に合います?」
「走ればまだ大丈夫。朝ごはんは……ごめん!」
「だと思って多めに詰めときました」
「本当!? 助かる」
「今日はグランジと行って下さい。通り魔はまだ捕まっていませんから」
「えぇー……」
「何が問題でも?」
睨まれたキリヤナギは諦めたようだった。
何も言わず飛び出してゆく2人をセオは「気をつけて」と見送る。
そんなキリヤナギが日常へと戻る中で、ある日ジンはカナトに買い出しを頼まれ、1人アークヴィーチェ邸のあるオウカ町を歩いていた。
グランジから報告書が通ったと連絡されほっとするが、毎回なぜ通るのか疑問で仕方ない。
しかしジンは管轄の違いもあって知る必要も無く、うまくやってくれているのだろうと無理矢理納得していた。
もうすぐ日が暮れる黄昏時、ジンは嫌な気配を感じて、デバイスを触りながら人気のない開けた場所へと向かう。
アークヴィーチェ邸から離れ、街頭の明かりがつき始めた頃、ジンはゆっくり振り返った。
尾行は2名。先週の仲間かと思えば、雰囲気が違って不思議に思った。
「何かご用ですか?」
「王子の仲間だな。悪いが同行してもらう」
「狙う相手、間違ってないです?」
ジンの返答に敵が消える。
まるでぼやけるように視界に入らないそれは、七つの「王の力」の一つ【認識阻害】だ。ジンは驚きながらも向かってきた敵の体当たりを回避。
その一連の動作に敵は言葉を失い、さらに後ろから掴み掛かるが、的確に避けられ敵は動揺していた。
「『タチバナ』! 見えるのか!?」
「……」
見えると言えば嘘になる。
【認識阻害】は、相手の意識を逸らし視界から消える異能だ。そこに「いる」が、視認がしづらくなり、隠密においてはこれ以上便利なものはない。
しかしあくまで意識を逸らすだけで、「消える」わけではない。
ジンは敵に気づかれないよう、位置を確認しながらそれをみていた。
街頭の明かりから落ちる。黒い影。
【認識阻害】は、人の目からは逃れられても、天から注ぐ光からは逃れることはできない。
床に落ちる影は、必ず正確な位置に落ち、その存在を肯定する。
目線は上のまま影を見るジンに、敵は言葉を失いながら動きを止めた。その間にジンは銃を抜き、安全装置を外す。
「目的はなんですか? 騎士学校の因縁なら撃たないですよ」
「王の力」を持つ時点で、騎士と言うのは間違いないが、顔を見た事が無いのが不思議だった。
相手がなかなか動かない事に、思わず首を傾げた時、ふと一瞬、赤いレーザーが見え、ジンが動いた。
銃声。
後ろから遠隔で飛来した弾丸は、ジンの腕を僅かにかすめ鮮血が舞う。
それを見た敵が抑え込みにきて、ジンも発砲。敵の肩と腿を掠めたが、直後。
【認識阻害】を解除し、実体化した敵に驚いた。
敵の筋肉が一気に膨張し、ジンは武器を下ろして回避を選択する。
七つの王の力の一つ【身体強化】。
二つの目の異能を使い初めた敵に、ジンは手を抜けないと判断。一気に集中力を高め、逃げを視野に入れながら突進してくる相手を回避し続ける。だが、遠隔から飛んでくる弾丸に先を塞がれ、足が止まり、拳が飛来。手首を掴み2人目の盾にするが、さらに肩と足を打たれてふらつく。
騎士は本来、「王の力」を二つ以上持つことは禁止されている。
それは、異能そのものがあくまで「人間の能力の延長」であり、掛け合わせ使用によって、多大なリスクが発生するからだ。
足を打たれた事で、膝をついてしまったジンは、油断したと自身の不甲斐なさに絶望する。動きを止めても弾丸が飛来しなくなったのは、勝ちを判断したからか。
「掛け合わせは想定外だったか? 『タチバナ』」
「ち……」
足が動かず走れない。
これは驕りによる敗北だと、自身を悔いた。腕を抑えられ身動きが取れなくなったジンは、新しく取り出された形状の違う銃に驚く。
殺す気がないのなら麻酔だろうか。
出血で朦朧としてくる意識を必死で保っていると、再び銃声が響いた。
ジンの救援を受けたグランジは、走ってきたのか息を切らしさらに威嚇のように狙撃を続ける。
「援軍か、諦めるぞ」
「ぐ……体がっ」
敵は【身体強化】の反動で、崩れ落ちるように膝をつく。
体の筋肉を一気に強化できる【身体強化】は、その突然の膨張により身体中の筋肉がぼろぼろになる。
酷い筋肉痛となるために年齢によっては再生が遅く、人によっては動けなくなるリスクがある。
担ぎながら退避しようとする敵を、グランジは追おうとするが待機していた自動車に飛び乗って走り去っていった。
グランジの追撃は、鉄のバンカーに弾かれ舌打ちをする。
その後ジンは救急で搬送され、全治は一月以上かかると診断された。
お見舞いにきたキリヤナギは、傷だらけになったジンをみて絶句し、言葉が浮かばない。
「なんで……ジンが…」
「……殿下」
同行したセシルとグランジは、どう言葉をかければいいか分からない。
【身体強化】と【認識阻害】の二つを持って居た敵は、さらにもう1人を使いジンを遠隔から狙った。
殺すつもりはなく、あくまで捕えるための襲撃で致命傷にならない場所を狙われたのが幸いだったらしい。
「セシル、何が起こってるの?」
「……」
彼はしばらく返答に迷い、ゆっくりとキリヤナギの元へ跪いた。
「まだ確証はありません。しかし、御身を狙うものがおります」
「......! 僕……?」
「おそらく敵は『王の力』の根源を探している。どうかその身を大切にされてください」
絶句しているキリヤナギにセシルは目を離さなかった。
ジンはまだ眠っていてしばらく起きる気配はなく、キリヤナギはその日、彼と話さないままグランジと王宮へと帰宅した。
深刻な表情で戻ってきたキリヤナギに、セオはお茶の準備をしながら口を開く。
「命に別状はないと聞いています。【細胞促進】もありますから、早くて2週間で復帰できると」
七つの「王の力」の一つ。【細胞促進】は人間の細胞の入れ替わりを促し、怪我を治癒させるものだ。
細胞の活性化を促すために、過剰使用は推奨されないが、騎士の早急な復帰が必要と判断された時、それを使用する許可が降りる。
「『タチバナ』を本当の意味で扱えるのは、アカツキ騎士長とジンぐらいです。盗まれた「王の力」の奪取の為にも必要なのでしょう」
「……でも、ジンが負けるなんて信じられなくて」
「遠隔からのライフルの狙撃と【身体強化】、【認識阻害】の二つを持って居たらしい。おそらく想定外だったんだ」
「なんて卑怯な……」
セオの本音にキリヤナギは唇を噛んだ。「王の力」の二つ持つことでのリスクは、それを持つだけでは起こらず同時に使用した時にそれが起こる。
起こるリスクは様々だが、急激な視界喪失や、失明、細胞分裂の高速化による短命化。認識の喪失などがあり、一度起これば取り返しがつかず、戦時中でしか利用されたことはなかった。
「ジンは『王の力』には遅れをとって居ない。むしろジンだからこそ、ここまでする必要があったんだろう」
「なら、どうしてそこまで……」
「……殿下」
言葉が浮かばず悔しさだけが、込み上げてきていた。結局結論はでず、キリヤナギはその日から王宮と学院の往復しか許されなくなり、久しぶりの厳重な警備に酷く窮屈さも感じてしまう。
「お見舞いいけないの?」
「すみません、殿下。一応、私がちょくちょく顔は見に行っているので……」
「ずるい……」
「ジンは『タチバナ』でまた狙われる可能性があります。厳重に見ていただいてるのでご理解下さい」
「そうじゃなくて……」
「今、殿下とジンが揃うのは、多大なリスクがあります。ここはどうか……」
まるで願うように訴えられ、キリヤナギは何も言えなくなってしまった。
カナトにも、もう何日も会っていない。学院でククリールにも会えておらず、まるで周りが壁に塞がれているような気持ちにもなっていた。
平和であるはずの首都が危険だとされていることに納得もいかず、キリヤナギは休日のある日に、抜け出した。
午後で人通りもそれなりにあり、解放された気分でジンが襲撃された場所へと向かう。
現場には未だ多くの騎士がいて、弾痕などが検証される現場は、中央に大きな街頭があってジンが【認識阻害】の対策に選んだ理由がよく理解できる。
夢中で見ていた時、キリヤナギは後ろから近づいてくる影に気付かなかった。
武器を降りおろす風の音に気づいた時、頭を殴られキリヤナギはそのまま意識を手放す。
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