第5話 欠けた「王の力」

 ジンはもどかしい気持ちで病室のベッドに座っていた。【細胞促進】の使用で、もうほぼ完治しつつある身体は、ある程度痛みはあれど問題なく稼働する。しかし治癒はしてもそれは人為的ゆえに弱く、完治してからも数日の休息は必要だと言われていた。


「ジンさん。こんにちは、今日もよろしくお願いします」

「ラグさん。どうも……」


 銀髪に2つのおさげを下ろしたラグドール・ベルガモットは、王宮の医務室で務める【細胞促進】を持った女性だ。彼女はジンに差し入れも一緒に持ってきてくれて、少しだけ嬉しくなってしまう。


「流石、若いですね。もう殆ど治ってます。最高記録かも」

「元気なんですけど、まだ帰れないんですか?」

「あと二日ぐらいは見た方がいいですよ。骨は無事でしたが、足を打たれてヒビが入ってたので、様子見ないと折れちゃいます」

「確かにめちゃくちゃ痛かった……」

「早く帰りたい理由があるんですか?」

「いや、えーっと……窮屈で」


 ラグドールは、笑ってくれた。

 病室の入り口には、数名の騎士が立っていて有り難くはあるが、守る立場なのに守られているのは、騎士としてどうなのだろうと思うからだ。

 ラグドールに治療をしてもらいつつ、ジンは手元のデバイスで情報を集める。事件は未だ収束しておらず、セシルは手を焼いているようで申し訳ないが、上のタブに出た通知にジンは目を見開いた。


「ジンさん?」


 ジンはしばらく黙り、恐る恐る口を開く。

 

「……ラグさん。殿下って今どこにいます?」

「殿下ですか? 確か最近は危険なので、外出は制限されていると聞いてますけど」

「……俺、今、退院できません?」


 ラグドールは言葉の意味がわからず、数分固まっていた。


***


 酷い頭痛で、キリヤナギは悶えていた。

 また体も動かなくて、自分の失態に酷く後悔もする。なぜ気づかなかったのだろうと思えば、騎士に見つかりたくなくて、前ばかりを見て後ろに意識がいかなかったからだ。

 冷静になれば、騎士が多く居たのも敵が戻ってくることを見越した物であり、また敵もキリヤナギが来ることは想定されていたのだろうと思う。

 

 体は硬く紐で縛られ、暗い部屋は殆ど何も見えない。殺されて居ないのは、生きているからこそ価値があるとされたからだ。目的はなんだろうと、ようやく体起こして壁にもたれる。

 そこは裕福な雰囲気のある屋敷で、柄付きの壁紙が張られ絵画やオブジェが壁に飾られていた。

 幸い部屋には誰もおらず、キリヤナギはほっと息をつきながら、ベルトの裏に仕込んだ小型ナイフを取り出す。

 一応人質になっても自力で脱出できるよう訓練を受けていたが、こんな唐突に必要になるとは思わず、この時は少しだけ騎士の皆に感謝を思っていた。

 怪我をしないよう慎重に後ろ手でナイフを扱っていると、隣の部屋から話し声が聞こえてきて、耳を澄ませる。


『王子は手に入れた。これでどうする?』

『もう、この国の全てを手に入れたような物だ。ジギリタスに売れば死ぬまで遊んで暮らせるが、このまま全てを掌握してもいい』

『俺は「王の力」が全部欲しいんだ。金じゃない。王子を手に入れたらもらえるんだろ?』

『「王の力」そのものは、公爵から借りる必要がある。人質にでもなんでもすればいい』

『は? 話が違うじゃねぇか……』


 仲間割れだろうかと、キリヤナギは自分の立場を憂いた。名前がでたジギリタス連邦国家は、このオウカの国から北側にある隣国で、冷戦状態でもある。

 キリヤナギの父オウカ王は、どうにか和解する為に大使を派遣して話し合いを行おうと試みたが、その都度彼らはそんな物は来ていないとし、派遣された者は誰も戻らない。


『俺を騙したのか?』

『そんなつもりはないぞ。だが、王子がいるというだけで、誰も逆らえないから同じだと言っただけだ』

『俺を言いくるめようとしてんじゃねぇぞ、クード!!』


 机を殴り食器の割れる音が響く。クードと呼ばれた相手は、酷く怯えているようにも聞こえ、キリヤナギは作業を急いだ。

 早く切れろと願いながらナイフを動かし、ようやく縄が緩む。


「おい、カインロスト……やめろ!」

「俺は誰の指図もうけねぇ、ここでお前を殺して王子を返した方が「王の力」はもらえそうだ」

「ひぃ、せっかく手に入れたのに……」

「うるせぇ! しんどけ!」


 短剣が振り下ろされた直後、キリヤナギはクードを突き飛ばし、自身も前転で回避する。間に合って安堵しながらも、キリヤナギは目の前の男を睨みつけた。

 カインロストと呼ばれたその男は、王子の登場にこの上ない笑みを見せる。


「王子……」

「殺さないで」

「今、ちょうど貴方をお助けする為にそいつを殺そうとしたんですよ」

「それは駄目。死んだら償えないから」

「ひぃ……王子」

「クードさん? 隠れて……」


 抜こうとした武器がなく、キリヤナギは絶望する。

 後ろには二人の仲間もいて、部の悪さも後悔するが後ろの三人は銃を構えながらも襲いにくる気配はなかった。


「王子。俺は『王の力』が、全部欲しいんです。くれたら死ぬまでお仕えする覚悟ですよ……!」

「……。渡せない。『王の力』は国を守る為の物だから、騎士でも渡す人はちゃんと選んでる。だから」

「お言葉ですが、クードに言いくるめられた騎士はみんな金に目が眩み、力を売り飛ばしてますよ。借りる時に貸せる個数をごまかして……」

「それは意味がない、何人に貸しても全員分の力が戻らないと使えないから、いずれバレる」

「へぇ……」


 クードを睨みつける敵にキリヤナギはできる限り庇う。この男がここ最近の主犯なら、ここで抑えなければ危険だとも判断する。


「おい、カイト。どうする?」

「ちょうど試してみたかったんだ。見とけ」


 身構えた時、カインロストは飛びかかってきた。キリヤナギはナイフを持つ腕を掴んで投げる。

 床が震え、食器が散乱するが敵は怯まず向かってきて、キリヤナギは拳を交わしながら、部屋を出て武器を探した。

 机を盾にしたり物掛けに隠れたりと、一部屋ずつ探すが見つからない。

 ふと、壁に飾られていたサーベルをみつけ、机を足場にして高さを確保し、手に取って抜いた。

 錆がひどく折れてもおかしくはないが、今はいいと構える。


「勇敢だねぇ、この国の王子様は」

「もう、殺さないで……」

「殺さないでいたら『王の力』分けてくれます?」

「駄目!」

「なら交渉決裂だ!!」


 途端、敵が消えた。

 【認識阻害】の力に、キリヤナギは衝撃をうけ、反応が遅れる。

 たまたま外れた幸運に感謝してすぐさま光が差し込む窓際へ動き、回避に専念しつつギリギリで武器を受けて押し返した。


「見えんのか? ならこっちはどうだ?」


 【身体強化】か? と、身構えたが、敵の挙動が変わらず見えることが幸いにと受け流す。


「【千里眼】は意味なかったわ!」


 そのフェイクに押し負け、床へと倒されてしまう。追い打ちをかけるように床へと差し込まれたナイフが頬を少しだけかすめ、わずかに血が滲んだ。

 そしてさらに攻めてくるのは、おそらく【未来視】だと理解し、キリヤナギはフェイントからの反撃で、押し返す。


「【未来視】弱すぎんだろ。意外だわ」

「『王の力』は切り替えができるけど、危険だからやめた方がいい。取り返しがつかない」

「お気遣い痛み入ります殿下。でも、人間だれでも出来る事はやってみたいんですよ」


 途端、カインロストの筋肉が膨張し、キリヤナギは背筋が冷えた。一瞬で接近され、振り上げられたナイフに錆だらけのサーベルは真っ二つに折れる。


「【身体強化】つえぇ!」


 その嬉しそうな笑みが焼きつき、キリヤナギは頭が真っ白になる。向かってくる拳は真っ直ぐにこちらを狙い、回避も間に合わない。僅かに体をずらしかけたとき、カインロスが突然、横へと吹っ飛ばされた。

 入り口からタックルを入れたのは、赤いサー・マントを揺らす、ジン・タチバナ。  

そしてほぼ同時に銃声が響く。カインロストは強化された足でそれを回避し、現れたジンへと突撃をかけてきた。

 振り込まれたナイフをジンは腰を落として受け流し、カインロストを胴へ肘をぶち込んだ。鈍い音が鳴り、まるで呼吸が止まるようにうめき声を上げて敵が沈む。

 また銃声に気づいた二人が部屋から飛び出してきて、即座に傍へ入り弾丸を受け流すと物陰から狙撃して一気に三人を倒した。

 奥から援軍が来なくなったのを確認し、ジンは動かなくなった敵を1箇所に集めると、肩にかけていたサーベルをキリヤナギへ投げ渡してくる。


「殿下、奪取」

「え、うん」


 ジンに言われて我に帰った。渡されたサーベルを抜き縦に構えて唱える。


「-オウカの王子。キリヤナギの名の下に貴殿らの持つ「王の力」全てを返却せよ!-」


 カインロストに預けられていた「王の力」の全てが宙に舞い、貸し主の元へ消えてゆく。ヨロヨロと出てきたクードのものも取り返し、キリヤナギはその場で盗まれていた力の全てを取り返した。

 ジンはその一連の流れにホッとしながらも、少しだけデバイスを弄ってキリヤナギに跪いてくれる。

 

「怪我ないです? あ、ほっぺ……」

「大丈夫。ありがとう、ジン。なんでここわかったの?」


 デバイスの画面を見せられて驚いた。そういえば以前お守りをもらっていて、服の中に下げていたからだ。


「便利……!」

「本当すね」


 迷子札で感動するのもどうなのだろう。話していたら外から足音が聞こえ、ジンはキリヤナギを窓から押し出して現場を後にした。


***

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