第6話 術の意味

 イシアが目を覚ますと、ベッドの上にいた。魔道灯の明かりが灯されていて、部屋は明るい。カーテンが閉められているので、よくわからないが、たぶん日は暮れているのだろう。

「ああ、気が付いたか」

 端正で美しいその顔に、イシアは自分が天に召されたのかと一瞬思ってしまった。

「強引に術を断ち切られたせいで、意識にダメージを受けたようだ。しばらく安静にした方が良いと、医者が言っていた」

「申し訳ございません」

 イシアは頭を下げる。

 術者を見極めることに失敗しただけでなく、倒れてしまったとは、大失態だ。

「気にする必要はない。私の体調は明らかに良くなった。むしろ、夢解き師である君に、職務外のことをさせたようですまない」

「いえ──最初に相手を侮った私が未熟だったのです」

 イシアは首を振る。術の力が弱いということで、準備を怠った。逃げられたときのことを想定していなかったのは、イシアの甘さだ。

「あの、私はどれくらい眠っていたのでしょうか?」

「ほんの少しだ。ただ、今日はもうここで休んだ方がいい。食事等も運ばせるし、必要なら、家にも連絡を入れさせるが?」

「ありがとうございます」

 クレントンの気遣いはきめ細やかでありがたい。ただ、イシアが帰ってこなくても、アベルはそれほど心配はしないだろう。呪術の解除というものは、時間がかかることくらいアベルはよく知っている。

 それにしても、仕事をしくじったあげく、顧客に世話を焼かれるというのは、どうにもしまらないが、無理をして動くのは、悪手だ。

「術者に心当たりはございましたか?」

 みえたのは、金髪とドレス。口元だけだ。おそらくは女性であろう、ということしかわからない。

「すまんな。金髪の女性は何人か心当たりはなくもないのだが」

 この国で金髪はそれほど珍しいものではない。

 少なくとも、体形やあごの形だけで、誰とわかるほどの相手はいないようだ。

 ただ、このあたりの自己申告に関しては、魅力の術が僅かに作用している可能性もなくもない。『あの人は、そんなことをするはずはない』という刷り込みが残っていれば、明らかにその人間を指していても、気づかないことはある。

「ああ、そうか」

 イシアはその時悟った。

 魅了の術を、あのような微量の力で維持していた意味だ。

「術者は、おそらく妹君に害をなす場合、宰相閣下が邪魔と考えたのかもしれません」

「私が、邪魔?」

「はい。例えば、妹君が何か罪を問われたら、閣下は、きっと妹君の無実を信じて調査をなさいますよね?」

「それは……そうだ」

 クレントンは頷く。

「ローザは優しい子だ。もし、何かあったとしても必ず理由がある。罪があったとしても、私は、侯爵家の総力を挙げて、守ろうとすると思う」

「侯爵家の名と、妹君、どちらを選ぶとなったら、どちらを選ばれますか?」

 イシアの問いに、クレントンは一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。

 そして視線を自分の手に落とすと、わずかに青ざめる。

 妹を手にかけた悪夢の感触を思い出したのかもしれなかった。

「わからない。だが、ローザを選ぶ自分でありたいと思っている」

「……閣下はそういうお方だと思います」

 仕事中に倒れたイシアをここまで手厚く看護してくれるクレントンだ。

 貴族としては少々甘いのかもしれないが、情のある人間だと、イシアは思う。

「思うに、術者はその際、妹君よりも自分の方を『信頼』するように、術をかけていたのではないかと推測いたします」

「そんなことができるのか?」

「はい。恋心まで発展させてしまうと、自分の感情の不自然さに気づくことがあります。宰相閣下ほど頭の良い方ですと、疑いを持った時点で、一瞬に自力で魅了の術を脱する可能性が高いです。むしろ、弱い術では自分で気づくことは皆無でしょう」

 あの程度の術では、本職の魔術師でもなかなか異常に気づけない。

 自身の警告夢があったからこそ、発覚したのだ。

「今、術者が誰なのかわからないのも、術のせいかもしれないというのだな」

「さようでございます」

 イシアは、丁寧に頷いた。


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