第2話 夢の判別
「ぶしつけながら、夢の判別をさせていただけないでしょうか?」
イシアは問診票を見ながら、クレントンに提案をする。
「判別?」
「はい。具体的には、あちらのベッドで眠っていただくだけです。大丈夫。悪夢は見ません。もし、ご自身の安全についてご心配なら、御者の方をお呼びし、同席していただいてもかまいませんが」
イシアは仕事部屋の片隅にある簡易ベッドを指さした。
全く知らない家で、突然寝ろと言われても、「はい、そうですか」というわけにはいかないだろう。
もちろん夢の内容だけを聞いて、解くことも可能だが、確定要素は少しでも多い方がいい。
「寝ると言っても、ほんの少しだけのことです。昼寝程度の時間です。どうしてもとおっしゃるのであれば、多少悪夢を見る可能性が高くなりますが、お屋敷の方に伺って確認することも可能です。ただ、お見受けしたところ、日を開けるのはおやめになった方がよろしいと存じます」
イシアとしてもこの国の宰相に、粗末な固いベッドで寝ろというのは、かなり抵抗がある。
ただ、見たところ、クレントンの体力は限界に近い。
判定し、夢を解いて、早々に悪夢から解放しなければ、きっとクレントンは、睡眠不足で壊れてしまう。
「宮廷の夢解き師と違う結果をお望みならば、判別をすべきだと思います」
彼の夢は、宮廷の夢解き師の解いたような、本人の心労や心配事、願望から見た夢ではない予想される。
夢解きは、『正しく』なされれば、同じ悪夢は見ない。
ただ、だからといって、違う理由を導くのには材料が足りないのだ。
「納得はしたが、私はもともと簡単には眠れない方なのだ。まして、環境が変わるとほぼ眠れないのだが、大丈夫だろうか?」
クレントンは首をかしげた。
「眠れるように医者に薬を処方してもらったこともあるのだが、あまり効果がない」
つまり、悪夢を見る前から、かなり不眠状態ではあったらしい。
「大丈夫です。どんな方でも眠れます」
イシアの言葉に、クレントンは少し安堵したようだった。よほど眠るということに対して、苦手意識があるようだ。
「御者の方をお呼びしますか?」
少しでも知っている人がそばにいた方がいいのではないかと、イシアが確認すると、クレントンは首を振った。
「今、この段階で君が私に害をなしたところで、君は何の得にもならない──そうだろう?」
「それも、そうですね」
イシアは苦笑する。
貴族の買い物は、後払いが普通だ。着ているものがいくら上等でも、たぶん、金銭そのものは持ち歩いてはいないだろう。
つまりここで彼を襲っても、得るものはせいぜい着衣くらいのものである。
それに、この家にクレントンが御者は見ているのだから、何かあったら、絶対に通報されるに違いない。
「では、こちらのベッドでお休みください」
イシアは簡易ベッドに魔法陣の刺繍入りの敷布をかけた。
「斬新な敷布だな」
「呪術ですから」
答えながら、イシアは香炉に火をいれて、香をくべる。
クレントンはためらうような顔をしながらも、ベッドに腰かけた。
「本当に、眠れるのか?」
「大丈夫ですよ」
イシアは頷く。
それにしても、眠って何をするかという質問でなく、眠れるかどうかを気にするクレントンは相当、眠ることに対して、苦手意識があるのだろう。
──これは、よくない。
睡眠不足に陥ると、悪夢を引き寄せやすくなるばかりか、自分で悪夢を払うことができなくなる。
クレントンはまさにその状態だ。
とはいえ。今は、そのことより、悪夢の内容を調べることの方が先決だ。
クレントンが横になったのを確認すると、イシアは、『眠れ』と、呪文を唱えた。
香炉から、強い香りが噴き出す。
イシアがのぞき込むと、ベッドに入っていたクレントンは、既に眠りについていた。
「不眠の人ほど、良く眠れるのよね」
ふふふっとイシアは笑う。
「本当は朝まで寝かせてあげたいけれど、どのみち、このベッドで寝ても、あまり疲れは取れないし」
眠りの魔法陣の敷布と安眠香の合わせ技は、無敵だ。だが、いくら寝ても、眠りの魔法陣では、眠った感じがしない。
人間の『眠り』とは、精神が肉体と離れることで『休む』システムだ。
精神が肉体を離れて、自由にあちこちの次元を飛び回ることによって、人は夢を見る。
この魔法陣で眠った場合は、精神は肉体を離れない。精神と肉体では『休む』方法が違うから、つながったままでは、どちらもあまり休めないのだ。もっとも、完全に不眠状態だったクレントンなら、多少、体力が回復しなくもないけれど。
イシアはベッド脇の棚から、手のひらサイズの水晶玉を取り出して、クレントンの額にのせる。忘れない夢、特に悪夢は脳内に淀のように巣食う。それがあたかも現実の記憶のように、心をむしばむ。
「悪夢よ。姿を現せ」
イシアが命じると、透明な水晶玉が発光した。
黄金色に染まる水晶級の中に、黒い靄が混じる。
「黄金色は予知。黒は呪詛ね」
イシアはさらに力を水晶玉に注いだ。
黒い靄をさらに分解し、複雑な力が絡み合っているのを紐解く。
「これ、魅了だわ」
宰相という立場ということで、妬まれる可能性の方を考えていたイシアは、思わず首をひねる。
ただ、クレントンの整った顔を見ると、納得できなくもない。
今は憔悴しきっているが、本来は、とても魅力的な男性だと思われる。
「誰かわからないけれど、宰相閣下に魅了をかけている──それに対しての、防御反応からの警告予知夢だわ」
予知夢や警告夢を見やすい人間は、夢に怯えて不眠になることが多い。
普通の予知夢は、一度見れば終わりだが、おそらくクレントンは誰かからかけられた魅了の魔術を無意識で感じ取っているから、ずっと同じ夢を見続けているのだろう。
「悪夢払いは簡単ではなさそうだわ」
まず、クレントンにかけられた魅了を解くことが先決だが、それだけで、すべては解決するのだろうか。
だが、夢を読み解く以上のことをしなければ、悪夢はまた形を変えて、クレントンを襲うことも予想される。
「さて、何から説明したらいいかしら」
イシアはクレントンの寝顔を見ながら、ため息をついた。
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