第13話 再びの夢
太陽の間の中央ではエドワードとローザがダンスに興じている。
エドワードと一緒の時はイシアがローザの傍にいる必要はない。
目を移すとレイクと金髪の女性が踊っていた。淡い水色のドレス。虹色に光るイヤリング。
絶世の美人とは言えないが、優しげで清楚な雰囲気のある女性だ。
レイクはぎこちなく笑んでいるが、女性の方は朗らかで楽しそうだ。
──あれが、フローラ・ランカスター。
術をたどった時に見た後ろ姿とぴったり重なり、エドワードとレイクの推理が正しいことをイシアは確信した。
二人がなかなか彼女を術者と認められなかったわけも理解出来た。およそ、後ろ暗いものとは無縁のような優しげな印象を与える外見だ。だが、ひとたび冷静になって見れば、その装いは計算され尽くしたものだとわかる。
あえて、タレ目に見えるアイライン。やや流行から外れたシンプルなドレス。髪にさされた小ぶりの白い花。それらすべてが、彼女を印象づけるのに役立っている。
──さて。罠にかけるとは言ったものの、普通は警戒するはずよね。
レイクに掛けた魅了の術はとうに解けており 、掛け直しもままならなかった。皇太子への術が解けた事は気づいていないにせよ、疑念は抱くはずだ。
あれから宮廷の夢解き師、スカウへの術も確認されている。調べればもっと該当者は出るかもしれない。
──私ならやめるけど。
誰をどれだけ籠絡しているのか分からないが、ローザをはめるのに一番重要なピースがない。レイクがローザの味方であれば、ローザを完全に陥れるのは難しい。
──クレントン家そのものを陥れる方法があれば別かも。
やがて曲が終わり、ローザとレイク、エドワードとフローラが踊り始めた。
「あの、よろしければお相手頂けませんか」
思いがけず男性に声をかけられ、イシアは慌てて手にしたグラスを見せる。
「すみません。飲んでしまっていて」
「そうですか。それではまた後で」
にこやかに去って行く男性にイシアは、ほっと胸を撫で下ろした。ダンスのスマートな断り方を聞いていて助かった。踊れないのはもちろんだが、ローザから目を離すわけにはいかない。
「大丈夫だったか?」
「閣下?」
先ほどまで、ローザと一緒にいたはずだ。イシアは、焦った。
「ローザは陛下と一緒だ。心配ない」
レイクは静かに告げ、指をさす。
見れば、ローザは豪奢な服をまとった年配の男性と踊っていた。
「ローザは陛下のお気に入りだ。そして今回のことは既にご存知でいらっしゃる」
「左様でしたか」
上の方で話が通っているのはありがたいことだ。なんせよ、皇帝と一緒にいるなら、安全面で問題が起きるようなことはないだろう。
「それでどう思う?」
「そうですね。仮に実行するとして、どうするつもりなのか気になります。思った以上に目立たない位置の階段ですし、落ちれば、誰かが助けに入るにせよ、危険です」
イシアはグラスの飲み物を飲むふりをしながら答える。
「そうだな。あえて言うなら、あそこは人の目があまりない割に声は通る」
「何らかの騒ぎを起こすつもりでしょうか?」
「ああ。たぶん」
レイクは大きく息を吐いた。
「実は、昨日、気になる夢を見た」
レイクはイシアの方を見る。
「あの階段から、人が落ちてくる夢なのだが……フローラではなく、君だった」
「私……ですか?」
イシアは眉間にしわを寄せた。
「ほかに覚えていらっしゃることはありませんか?」
「霧が……出た。霧が晴れた時、叫び声がして、階段の上から人が落ちてきた。必死で手を伸ばして、気が付くと、私の腕の中に君がいた。君は血を吐いて、気を失った」
「霧ですか」
予知夢なのか、それとも今回の『作戦』への興奮から見た夢なのか、判別が難しい。後半の部分は、おそらく、魅了の術を解いた時の『記憶』に違いない。
「これは、予知なのだろうか?」
「判別は難しいところですが、室内で霧が出るというのは、普通ならば、ネガティブな印象ととらえるべきです。今日のことは、閣下と言えども緊張なさったでしょうから。ただ──」
イシアは仲睦まじく踊るフローラとエドワードを見る。
エドワードはにこやかに微笑み、フローラは頬を上気させていた。先日の怒りに満ちたエドワードとは別人のようだ。あの笑顔が演技だとしたら、少し恐ろしいものがある。
「もし、予知であれば、おそらくは『幻覚』を意味します」
「幻覚?」
「本当は誰も落下せず、落ちる幻を見る可能性です。なんにせよ、動きがあるとしたら、ローザさまが控室に戻られたときでしょう。私としては、何事も起こらない可能性も高いと思うのですけれど」
こほんとレイクが咳払いをする。
「君は、フローラ・ランカスターを知らない」
恐ろしいものを見るように、レイクは踊るフローラに視線をむける。
「彼女は『やりたい』と思ったことはどんなことでも『やり遂げる』女性だ。良くも悪くもだ」
たとえ、それが破滅の道だったとしても。
レイクは呟き、ためいきをついた。
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