第12話 舞踏会
煌びやかな光の中、飾り立てた紳士、淑女が踊っている。
太陽の間というだけあって、ふんだんに金が使われた装飾がほどこされており、まばゆいばかりだ。
件の階段は、太陽の間から上にある控室に通じているもので、会場の片隅にあった。
階段から落下するというパフォーマンスをするなら、会場にいる人間全員から注目を受けるような位置にあると思っていたイシアには意外に感じる。
エドワードの夢では、落ちてくるだけで、その後どうなるかの展開がない。
この階段から落下したら、それなりに危険だ。自作自演だとすれば、かなりのリスクを背負うことになる。
もちろん、あれだけの魅了の術をあやつるのだから、浮遊などの術も使えても不思議はないが、それでは悲壮性に欠けてしまう。
ただ、魅了の術を駆使して、階下で救助をする人間を待機させることは可能だ。とはいえ、絶対安全とは言えない。
──すべてにおいて、用意周到な術者の作戦にしては、リスクが多いわ。
レイクとエドワードの話を総合するに、フローラ・ランカスターという女性はかなり計算高い。
──どうするつもりかしら。
イシアは思考の海に浸りながら、ローザ・クレントンの後について、人の多い、太陽の間を歩いていく。
今日のイシアは、紺地のドレスだ。クレントン家の縁戚の娘という触れ込みで、強引に会場に入り込んでいる。
もともと皇室主催の舞踏会だ。エドワードが口をききさえすれば、それくらいの工作はわけもない。クレントン家の侍女によって化粧を施し、髪を結いあげ、着飾ったイシアは、見た目だけなら、貴族の令嬢に見える。
ただ、見るものが見れば、イシアの所作は貴族のそれではないだろう。
「それはそれで、深読みしてくれるだろうから、問題ない」とは、レイクの考えだ。
本当なら、ローザのそばに魔術師を護衛に置きたいところだが、著名な魔術師だと面が割れていて、抑止効果にはなるけれど、相手を罠にかけることは難しい。
かといって、魔術に素養のない人間をそばにおいて、ローザに何かあったら問題だ。それならば、多少なりとも相手の魔術に触れたことのあるイシアがそばにいる方が良い。何より、仲間を増やせば、情報が洩れて、術者に悟られる可能性が高くなる。
イシアとて、不用意に臨んだ前回とは違い、それなりに覚悟も準備もした。
「あら、ローザさま、そちらのお方は?」
声をかけてきたのは、ローザと同年代の女性だった。ローザの顔がほんのわずかに緊張した様子から見て、仲の良い友人というわけではなさそうだった。
髪は黒髪で、例の女性ではなさそうだが、皇太子の婚約者という立場は、妬みを買いやすいようだ。
「ごきげんよう、アレイシャさま。イシア、こちらはエルス侯爵家のアレイシャさまよ。アレイシャさま、こちらは私の遠縁の令嬢で、イシアというの。夜会は初めてで、私が案内してあげることになっているのよ」
「お初にお目にかかります」
イシアは丁寧に淑女の礼をした。ここに来ることになってから、あわてて練習した付け焼刃だが、思っていたよりさまになったのか、田舎者ゆえその程度だと思われたのか、不審に思われた様子はなかった。
「そう。ローザさまもたいへんね。でも、そんなことにかまっていて大丈夫なのかしら? 殿下が他の令嬢と仲睦まじくしているって噂だけれど」
アレイシャは、にっこりと、それでいて毒をはらんだ笑みを浮かべる。
心配しているふりをして、面白がっているのが丸わかりだ。
「そのお噂はどちらで聞かれたものでしょうか?」
イシアはアレイシャに問う。
「仮にも皇太子殿下のお噂をするのであれば、ニュースソースも教えていただきとうございます」
「な、何よ、あなた」
アレイシャはたじろいだようだった。
「お忘れのようですが、ローザさまと皇太子さまのご婚約は陛下のご意志により、承ったもの。それが事実であったなら、クレントン侯爵家として皇室に抗議をせねばなりません。もちろん、その際は、エルス侯爵家ご令嬢には当然、ご証言をお願いいたしますが」
「ちょっと、何を言っているの?」
アレイシャは顔を青くする。
「みんな言っていることでしょ!」
「みんなとは、具体的にどなたとどなたでございましょうか。お話が誠であるならば、由々しきことです。聡明なローザさまへの裏切りでございますから。そのような事実があるならば、宰相閣下にご報告をせねばなりません。詳細をお教えいただけませんか?」
イシアはにこやかに微笑みながら、ダメを押す。
「何よ、失敬にもほどがあるわ!」
アレイシャは顔を真っ赤にして逃げるように去っていった。
「すみません。やりすぎましたか?」
イシアはローザの顔を見る。
「いいえ。すっきりしたわ。私、あのかた、苦手なの」
くすくすとローザが笑う。
「あの人、同じ侯爵家なのに私の方が殿下と婚約しているのが許せないらしくて、昔からああなのね」
「貴族の世界は、ぎすぎすしているのですねえ」
イシアはふうっと息を吐く。
「みんながみんな、そうではないのよ」
ローザは苦笑する。
「私はエドワード殿下の婚約者で、宰相であるお兄さまのおかげで、敬意を払ってくれる人も多いの。ただ、それは私の功績ではないから、疎ましく思われても仕方がないわ」
すこしだけ悲し気にローザはうつむく。
「ローザさまはその地位にふさわしくあろうと努力されていると思います。それはローザさまが、誇ってよいことですよ」
「ありがとう」
ローザは、静かに頷いた。
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