第15話 そして始まる。

 フローラ・ランカスターが魅了していた人間は十人を越えていた。

 彼女はランカスター家の妾の娘として、かなり不遇な幼少期を送っていたらしい。

 だからこそ、強い上昇志向にとらわれ、皇后の座を欲した。彼女は幸か不幸か、魔術、特に魅了の術に対して、高い才能があった。

 エドワードはもちろん、皇后になるための道筋の邪魔となるものを取り除くために、何人もの人間を魅了し、操ったらしい。

 なんにせよ、フローラ・ランカスターの階段上での独り芝居は、彼女の異常性を示すには十分だった。今後は、魅了という禁忌の技に手を出した罪で裁かれるはずだ。

 エドワードはローザに正式に謝罪をし、クレントン家に日参しているらしい。

 レイク・クレントンが、政略結婚の辞退を皇帝に願い出たためだ。

 もっとも、ローザの気持ちはエドワードに向いているため、呪術のせいとはいえ妹をないがしろにしようとしたエドワードへのレイクの意趣返しのようだ。

 宮廷、夢解き師デビット・スカウは、三か月の謹慎処分となった。謹慎といっても、どちらかといえば、魅了の魔術が誰よりも深くかかっていたため、その治療のためだ。

「姉さん、侯爵家の馬車が来たよ」

 アベルがまたか、という声を上げた。

「ええ? 昨日もお見えになったのに」

 イシアはエプロンをとりながら、鍋の火を落とす。

「もうさ、姉さん、いっそ毎日、侯爵家に顔出した方がいいんじゃないの?」

「うーん。そう私も思うのだけれど」

 あれから二月たつ。

 骨折の治療が終わり、帝国直営の治療院から退院して家に帰ってから、ひと月。

 毎日のようにレイク・クレントンが尋ねてくるのだ。

 扉をノックする音がして、イシアは髪を整えてから扉を開く。

「やあ」

「閣下。どうぞ、お入りください」

 微笑むレイクをイシアは招き入れる。

「使いを出していただければ、そちらに伺いますのに」

 イシアがソファをすすめながら、苦く笑う。もちろんイシアとしては家での夢解きの方が楽ではあるが、貴族のレイクが頻繁にこんな狭い家を訪ねさせては申し訳ない。

「こちらの方がいいんだ。正直な話、この家にいる君の方がいい」

「へ?」

 思いもよらぬ答えにイシアは思わず顔を赤らめた。

「なあんだ。そうか。つまり、夢解き師のローブ、似合ってないってことだよ、姉さん」

 お茶を運んできたアベルが、合点したらしい。

「そうだろう? 宰相閣下?」

「そうだな」

 肯定するレイクにイシアは目を丸くする。

「あれは、父が作ってくれたもので、それにいわば制服みたいなものですし」

「でも、ダッサイだろ。あれ着て、屋敷に来てほしくないって、閣下は思っているってことだって」

 アベルが口を尖らす。

 レイクに自分の意見に賛同してもらえて、大満足のようだ。

「そこまでではないのだが。ただ、君に似合うローブを私が贈りたいのだが、どうだろう?」

 レイクがにこやかに微笑む。

「そして、できれば、クレントン家専属の夢解き師になってくれないか? むろん、アベル君も一緒でかまわない」

「えええっ?!」

 アベルとイシアが、異口同音に叫ぶ。

「……実は、あの舞踏会の時の夢の最後は、君がうちの屋敷に住んでいた。だから、その夢を本当にしたい」

「それは……予知とは違う気がしますが……」

 イシアはたじろぐ。

「姉さん、毎日、宰相閣下にこんなところに来てもらって、事故でもあったら国の損失じゃん。別に、ここに思い入れがあるわけじゃないし」

 貴族の家に雇われれば、生活の苦労はしなくてもいい。

「でも、なんとなくだけど、宰相閣下、それ、夢の内容、全部じゃないよね?」

 アベルがにやにやと笑う。

「さすが、アベル君は、勘がいいな。でも、まだ、言うなよ」

 レイクは口の端を少しだけ上げた。


  のちに、イシア・ローナンは帝国でも指折りの夢解き師として名を上げる──。これは、その始まりだった。

 

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その夢、解いてみせます! 秋月忍 @kotatumuri-akituki

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