第7話 ローザ
翌日。
イシアは、兄であるレイク・クレントン同席のもと、ローザ・クレントンと面談することになった。
表向きは、レイクの悪夢を見ていた時の様子を聞くためということになってい
る。
念のため、予知夢のことに関しては伏せることにした。
ローザは、十八歳。長くつややかなダークブラウンの髪。兄のレイクと同じく、非常に整った顔立ちだ。
目元はやや釣り目気味のため、ちょっと近寄りがたい雰囲気がある。
兄妹が並んで座っていると、まるで一枚の絵画のようで、現実の人間のように見えないほどだ。
「お兄さまが夢解きをなさるなんて意外でしたわ」
「そうか?」
「ええ。現実的ではないと仰る気がしておりました。このようなことを申し上げると、ローナンさんは気を悪くなさるかもしれませんけれど」
ローザは少しだけ、申し訳なさそうにイシアの方を見る。
「いいえ。おっしゃる意味はよくわかります」
イシアは頷く。ローザの気持ちはわからなくもない。
夢解きは潜りも騙りもおおく、世間では胡散臭いイメージのある職業だ。
超常的なものに頼るという印象も強い。
もっとも『夢解き師』はしっかりとした国家資格が必要な職業で、決して、『あてにできない』怪しげなものではないのだが。
ただ、夢はしょせん夢だ。
どんな夢でも、無視をして生きていくことは可能であり、そうしている人間は少なくない。
夢解きなどしなくても、人は生きていけるのは事実である。
「夢解きを嫌っていたのは、父上だ。父上は徹底した現実主義者だったからな」
レイク・クレントンは苦笑する。
レイク達の母親が亡くなってから、さらにその傾向に拍車がかかったようだ。どれほど夢に気を配っても人の死を回避できなかったからではないかと思われる。
「でも、良かったわ。お兄さまのそんな清々しいお顔を見たのは久しぶりですもの」
ローザはにこりと微笑んだ。
「ああ。私も、すっきりとした目覚めというのを何年かぶりに体験したよ」
さすがにそれはオーバーではないだろうかと、イシアは思うのだが、ひょっとしたら、本当にそうなのかもしれない。
何より眠りに対して、苦手意識があったようだし、気絶のように眠りに落ち、仕事に行くために強引に目覚めていたとすれば、その可能性も高そうだ。
「ここのところ十日ほどの、閣下の様子を教えていただけませんか?」
イシアはさりげなくローザに話しかける。
「そうね。お兄さまがあまり寝ていないのはいつものことだけれど、朝起きた時、いつも顔色が悪かったの。私の顔を見て、どこか怯えるような様子もあったわ。心持ち、頬がこけたように思えたし」
「ご令嬢、お嬢さまの方は、何かおかわりございませんか?」
「特には。でも、悪夢ではないのですけれど」
ローザは少し迷うように口を開く
「昔の夢をよく見ます。私の婚約が決まった時、お兄さまが父に猛反対なさったことがあって……その時のことを何度も」
イシアは思わずレイクの顔を見る。
ローザの夢は兄の夢ほど直接的な警告予知ではないが、おそらく何か感じ取っているのかもしれない。そして彼女に向けられている悪意は婚約と関係している。
「失礼なことをお伺いしますが、何かお相手のことで気になるようなことはございませんか?」
「え?」
ローザは目をしばたたかせた。
「その夢は、あなたのどこかに宰相閣下の言葉が正しかったのではないかという疑念が原因と思われますので」
過去の夢は、現状の問題について、原因や解決方法を頭の中で模索していることが多い。
「政略結婚ですけれど、私は殿下と婚約したことに後悔はないですわ」
ローザはゆっくりと首を振る。
「ただ、最近、私ではなく、殿下の方が後悔をなさっているのではないかと思っているのです」
「殿下が何か言ったのか?」
レイクがローザに問いただす。
「いえ。特には、何も。でも、最近は、お茶会をしていても、心あらずということが多くて。お仕事がお忙しいこともありましょうけれど」
ローザは大きくため息をついた。
「特にないがしろにされているようなことはありません。大切にしていただいているとは思います。ただ、殿下は私といても楽しくなさそうに見えるわ」
幼いころからのつきあいだからこそ、ローザには皇太子の心の変化がよくわかるのだろう。
「夜会でも、私以外の令嬢といる時の方が、よく笑っていらっしゃるの。私との婚約、本当はお嫌なのかもしれませんわ」
「そんな。もしそうなら、すぐにでも抗議を」
レイクは今にも立ち上がって、宮殿に走っていきそうな雰囲気だ。
「失礼ながら、政略結婚と伺いましたが、たとえば解消をしたりしたら、クレントン家としてはどうなのでしょうか?」
「我が家には問題ない。婚約しないなら、私が宰相をやめるべきというなら、いつだってやめる。それに婚約を解消しても、ローザはまだ若いし、いくらでも縁談はくる」
確かにローザは類まれなる美女だ。婚約解消をしても大した傷にはならないだろう。
見る限り、レイクはそれほど現在の役職に固執しているわけではなさそうだ。どちらかと言えば、この婚約は、レイク・クレントンという男を皇族の味方にするためのものなのかもしれない。
「お兄さま」
ローザは複雑な表情をする。
兄の優しさを感じながらも、だからと言って、婚約を解消したいとは思えないのかもしれない。
「お嬢さまは、殿下のことが好きなのですね」
「……はい」
イシアの問いに、ローザは俯きながら頷く。
「閣下」
イシアはレイクの方を見る。
「信用のできる魔術師の方に、殿下に魅了の魔術がかけられていないかどうか、ご確認していただけませんか?」
「魅了の魔術?」
「はい。閣下に術を施した人間は、おそらく、殿下にも術をかけているに違いありません」
あくまで推測に過ぎない。が、そうであるならば、納得がいく。
イシアの言葉に、レイク・クレントンは静かに頷いたのだった。
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