第10話 エドワード

 宮廷の夢解き師は二名。うち一名は皇帝専任で、もう一人は、そのほかの皇族らの夢解きと申請してきた人間の夢解きをする。

 夢解きを申請できるのは、大臣クラスか、大臣の推薦状を持つものだけだ。

 それ以外の人間が夢解きをしたい場合は、イシアのような民間の夢解き師に依頼する。

 宮廷に入れる夢解き師は神殿で推薦される。つまりエリート中のエリートで、たいていは貴族出身だ。問題がなければ、ほぼ終身雇用のため、なろうと思ってなれる職業ではない。

 現在の宮廷の夢解き師は、ウイル・ダナスとデビット・スカウの二人で、レイクとエドワードが相談をしたのは、デビット・スカウだ。

 デビット・スカウは、二十八歳。子爵家出身。八歳のころから夢解き師の才能を神殿に見いだされ、教育された秀才である。

 もっとも狭き門である宮廷の夢解き師に彼が選ばれたのは、前任者が急病でやめた三年前。

 当時、スカウは神殿でトップの夢解き師であり、彼が選ばれたのは当然であった。

 年老いたウイル・ダナスが引退すれば、間違いなく彼が、皇帝専任になるのではないかと噂されているほど、評価が高い。

 ちなみに、皇帝の夢は毎日夢解きが行われるが、その他の皇族についてはそうではない。神は皇帝にしか国家単位の予知夢を与えないと言われているからだ。

 ゆえに、月に一度、儀式として眠る時と、本人が必要と思った時だけ、夢解きは行われる。

「しかし、スカウは、腕のいい夢解き師だ」

 エドワードが眉間にしわを寄せる。

「宮廷の夢解き師が間違うはずがないとお考えなら、私の意見はどうか捨て置いてください」

 イシアは首を振る。

 エドワードがイシアの言うことより、宮廷の夢解き師を信じるというのなら、それはもう、どうしようもないことだ。

 夢解きが正しいかどうかは、解かれた本人にしかわからない。

 エドワードが宮廷の夢解き師であるスカウの夢解きで満足しているのであれば、イシアの夢解きの方が間違っている。

「殿下の夢についてはともかく、私の夢を読み解いたのは、間違いなくローナンさんだ。少なくとも、私の夢に関しては、ローナンさんの夢解きの方が正しい」

 レイクが断言する。

「殿下がローナンさんの夢解きを気に入らぬのであれば、魅了の術の術者を早急に調べさせましょう。もはや相手に気づかれてもかまわない。ローザの身に何かあってからでは遅いのだから」

「気に入らないと言っているわけではない」

 エドワードは困ったような顔をした。

「確かに、夢解きの結果を聞いた時の感触は、この娘の方がいい。ただ、だからと言って、スカウと魅了の術者を結びつけるのは早計ではないのか?」

「それは、そうかもしれません」

 イシアは素直に頷く。

 イシアが正しく、スカウが間違っていたとしても、スカウが術者とつながっている証拠はどこにもない。たまたま、偶然に、間違っていることだってあるのだ。何の証拠もなしに、つるし上げることはエドワードの言うとおり、間違っている。

 ──でも、優秀な夢解き師のはずだからこそ、不自然だわ。

 一方だけならともかく、レイクとエドワードの夢の双方を間違うのは、プロならばこそあり得ないミスだ。だが、そこにこだわっていても、ローザへの悪意は消えない。

「では、夢解き師のことは置いておきます。私の夢解きが正しければ、術者はローザさまと殿下の間を引き裂き、さらに、何らかの罠をかけ、陥れようとしていると思われます。ですが宰相さまの術が解けてしまったので、おそらく、術者は焦っているはずです」

「相手の正体は、まだ判明してはいないが?」

 レイクが首をかしげる。

「術を伴わない、ただの好意など、一瞬で崩れてしまうものです」

 イシアは苦笑する。

「少なくとも道理の通っていない要求が通るほどの盲目的な状態は脱したことを悟っているはずですから」

「道理の通っていない要求?」

「はい。例えば、ローザさまと誰かが対立する意見を述べたとします。普通に考えれば、宰相閣下は、よほどのことがない限り、ローザさまにお味方なさろうとするはず」

 イシアは大きく息をついた。

「たとえ殿下がその誰かの方を信じておられたとしても、閣下がローザさまに味方をしている限り、一方的にローザさまを切り捨てることはできません」

「……なるほど」

 エドワードが頷く。

 皇太子といえども、よほどのことがない限り、宰相の意見をむげにはできない。術者が、レイクにも術を施したのは、ローザの一番の味方を無くすためだ。

 レイクへの術が解けたということで、術者が諦めてくれれば一番いいが、強引に何かを仕掛けてくる可能性もある。

「レイクの抑制がなければ、オレは道理の通らぬ要求を盲目的に聞き入れ、ローザを陥れる片棒を担がされるって事か?」

 エドワードは眉間にシワを寄せる。

 結論的にはその通りなので、イシアは頷いた。

「フローラ・ランカスターだ」

 ぽつりと、エドワードが呟く。

「え?」

 レイクが目を見開いた。

「フローラ・ランカスターだ。階段から落下してくるのは。オレは──確かに心を惹かれ始めていたのだと思う」

 何かを吹っ切れたかのように、エドワードはそういった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る