第9話 洗脳
「洗脳夢?」
エドワードが目をしばたかせた。
「はい。夢による刷り込み効果です」
イシアは頷く。
「殿下への魔術は、おそらく術者本人への好感度をあげるだけでなく、婚約者であるローザさまへの好感度を下げる効果を発揮しているのだと思われます」
「好感度を下げる?」
レイクが首をかしげる。
「術者以外への人間に、嫌悪感を募らせる操作は難しいです。ですが、夢に干渉することはそれほど難しくありません」
魅了の術は心に働きかける術だから、夢に干渉するのもそれほど難しい技術ではない。
「夢はしょせん夢。現実とは違います。ですが、何度も重ねて同じような夢をみていると、それはあたかも実際に経験したかのように思えてくるものです」
レイク・クレントンの夢は、防御的な予知夢であったから、夢の内容は断片的で、本人に恐怖をもたらす『警告夢』だった。
エドワードの夢は、『ローザがひどい言葉を投げる』という状況を刷り込むためのものだ。
魅了の術が解けたエドワードだが、夢で刷り込まれたローザへの不信感は消えていない。
「なるほど。宮廷の夢解き師と言っていることが全然違うが、妙に腑に落ちた」
エドワードが複雑な顔をした。
「参考までに、宮廷の夢解き師はどのように?」
「警告予知夢ではないかと言っていた」
「予知?」
イシアはさすがに驚いた。
「それは、もしかして、ローザさまがどなたかをののしり、階段からその人物を突き落とす、というような夢解きですか?」
「……そうだ」
エドワードが頷く。
「まさか、殿下、そのようなことを信じたのですか?」
レイクが眉間にしわを寄せる。
「信じていたわけではないが──」
エドワードはバツが悪そうな顔をする。
「刷り込み効果は出ているようですね」
イシアはため息をついた。
「しかし、術は解けているのに」
「閣下も、術は解けているのに、悪夢の感触は多少は残っているのではありませんか?」
イシアは指摘する。
「繰り返しに見る夢は、たった一度の現実の経験よりも、場合によっては記憶に残るもの。まして、予知夢だと言われれば、術と関係なく『真実』となって記憶に残るでしょう」
「それは、そうだが」
レイクは不満そうだ。
「ただ──その様子なら、殿下は、少なくとも階段から落ちてくる人が誰なのか、わかっているのではありませんか?」
「それは……」
エドワードが息をのむ。
「宰相閣下から話を聞いた時、その人物が術者ではないはずだと思ったからこそ、誰なのかわからないとおっしゃっているのですよね?」
「ローナンさん、それはいったい?」
レイクが驚いた顔をする。
「一つ申し上げますと、術者ではないはずだという『確信』こそが、『魅了』の効果。それは、宰相閣下も同じです」
イシアはゆっくりと首を振る。
「そもそも、お二人に面識ある人物となれば、まず間違いなく、貴族でございましょう。おそらくは、金髪の美しい女性。朗らかで、健気に見え、保護欲を誘うタイプではないかと推察いたします」
魅了の術が解けても、積み重なった『好意』は簡単には消えない。
それ以上にはならないだけだ。
「それから、ひょっとして、その女性は宮廷の夢解き師の方の関係者ではありませんか?」
「夢解き師が?」
「閣下の夢解きの時にも感じました。一見、解いたように見えて、夢の本質とはかけ離れた夢解きをしています。誰だって、間違うことはあります。私が絶対正しいとは申しませんが、閣下の夢はともかく、殿下の夢の解釈はあまりにも不自然です」
イシアは大きく息を吐いた。
「殿下は階段から落ちてくる人物を抱き留められるのですか?」
「──いや、落ちてくる瞬間を見上げている」
エドワードは少し考えてから答える。
「それでしたら、普通に考えると、予知夢の根拠として弱いのです」
予知夢は、あくまでも『本人が体験』するであろう出来事をみるものだ。もちろん落下する人物を見るのは衝撃的な『体験』と言えなくもないが。
「そもそも、ローザさまは殿下の悪口を言われているわけではありません。絶対とは言いませんが、他人事と流せるような出来事を予知することはめったにありません」
もちろん、神のみせる予知は自分とは全く関係のない出来事のことが多い。
だが、今回の夢は神が関与しているものではまったくないものだ。
「そういえば、私の夢は、私が女性と踊り、私がローザを切る、そんな夢だった」
イシアの説明を聞いたに、レイクが口を開く。
「そうです。ですから、殿下の場合、それが予知であれば、ローザさまが罵詈雑言を向ける相手が殿下であるか、もしくは、殿下が、その相手をかばうまでがセットでなければなりません。階段から落下するのは、殿下か、もしくは殿下がその人物を救うまでが予知であるべきなのです」
「……つまり、宮廷の夢解き師は基礎的なことを見落としている、と、ローナンさんは思われるのだな?」
レイクの目が鋭く光る。
「はい。そう思います」
イシアは静かに頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます