第9話 はい、無理ゲー
特に強制力があるわけでもないのに、なぜか勇者神殿へ呼び出されてしまった俺。しかも素直に従う情けなさ。
ラナは所属だから仕方がないとしても、突っぱねる気概や勇気というものが欠片もないから流されることに慣れすぎてしまっていると痛感している。
今回は小さな応接室へ通され、飾り気のないローブを着た眼鏡美人から一枚の書類を手渡される。
何々……
読めない……!? あれ? だんだん頭に入ってくるぞ? くっ……なんて内容だ。
「とまあこのような訳で使徒カゲミツ様には、フォルボロイの街へ向かっていただきます」
「カゲミツ様! 二人でがんばりましょうね!」
「ラナさん、あなたはあくまで補佐役、路銀は渡しておきますがくれぐれも使徒の監視と支援という任務を忘れぬように」
「もちろんです、ちゃんと三食しっかり面倒みます!」
呆れ気味の秘書官が俺の視線に明確な不快感を示し、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「俺行かない」
「カゲミツ様いけませんよ、他の騎士たちに功績をお譲りになるってことですね。だめですよ全部言わなくても、このラナちゃんには全てお見通しなんですからね!?」
「違う……だって、暴れる白竜を止めるなんて無理に決まってるじゃないか」
これってRPGでも中盤から終盤クラスのクエストだよきっと。
「カゲミツ様ならきっとできますって、せこくて卑怯ぽいずるっこ技ですぐに解決ずばばってしちゃうんです! でも本当はすっごくがんばって真っすぐに取り組んでくれているって分かってますからね」
「……」 こいつはまったく。
心を抉るようなことを言いながら、フォローを忘れないから困る。
と、ここで一つ頭に浮かんだことがある。
違う街を見てみたいという旅行欲もあったし、あの胸糞悪い勇者神殿とかいう連中から逃げるチャンスかも!
ラナには悪いけど、ここにいたらいつ殺されるか分からない。到着してすぐ聖騎士に殺されかけたと思ったらドラゴン退治?
明らかに俺を事故に見せかけて殺そうとしているに違いない。となれば監視部隊がいるはずだから……
王都を抜け出すチャンスではあるし、今ならある程度自由行動ができる……旅支度を脱出準備にすり替えよう。
卑怯だと言いたいなら言わせておけばいい。
俺だって陰キャだって生き延びたいんだ。これに関しては誰にも文句は言わせない。
「分かった行こう」
すっと立ち上がった俺を見てしばらくきょとんとしていたラナは、さっそく旅の準備ですねとはりきっていた。
俺は一度部屋に戻ると、自室のトイレに入り周囲を影形術で作り出したカーテンで覆う。
< 影形術Lv4>
恐らく部屋には監視魔法の一種があるはずだ。
そこで念のためにトイレにこもっている風を装いある物を取り出した。
影形術Lv4で覚えることのできた、生み出した物品に機能を付与できる影形術の応用スキルだ。
付与項目で一番最初に目をついたのが、収納属性である。
腰ベルトに装着していた手のひらサイズの黒い革袋を伸ばすと、様々な物が収納できるのだ。
実験での計測では大きな棚やベッドが軽々入るレベルで重さも感じずに済んでいるため、ラナの目を盗んで手に入れていた魔石40個を売りさばきその金で逃走用の資金と食料を確保しようと考えている。
水に関しては城内の清浄で飲める湧き水を影形術で作った水タンク、約風呂5杯分ぐらいを確保済みだ。
内部では時間経過しないことが確認できているので、劣化はないだろう。
見てろよクソ神殿の神官どもめ、聖騎士をけしかけて殺そうとした恨みは絶対に忘れないぞ。陰キャは過去を忘れないからな……
◇
「カゲミツ様、どうして急にやる気になったんですか? ねえねえ? なんか怪しくないですか?」
くっどうしてラナは変に勘が鋭いんだ!
「だって……従うしか生き延びる道ないじゃないか。それとも嫌だって言えばラナがなんとかしてくれるの?」
「何を言ってるんですか、カゲミツ様が本気だせば大きいトカゲなんてバキバキドカーン!ですよ!」
「俺のほうがね」
ラナはカラカラと笑っているが、本気でドラゴンをなんとかできると考えているようだ。
だがいくつかパターンは考えている。
・立ち向かう振りだけしておいて、食べられたことにしておけば影同化で姿を隠して逃走できる。
・遠目で見てだめだと落ち込み、ラナがドラゴンと戦ってる隙に逃げ出す。
・馬車乗車中に隙を見て逃げ出す。
なんというぶれない意志、全て逃走という結果へ帰結するべく思考を張り巡らす。
一つだけ言えるのは、このままここで言われるままに戦わされれば死ぬ未来しかない。
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