悪意と共に
鈴見は粟立つ身体をこすって温めると、鵜飼の隣に立つ彼もまた、如何ともし難い表情をぶら下げてスコップを地面に突き立てる。
「此処に埋めたんだ。とある死体をね」
「俺の予感は正しかったということか」
事情を知らぬ三樹と浅木は、無理に首を突っ込んで話を濁すより、今は素知らぬ顔で立っているのが適切だと考えて静観した。
「貴方の実験にいつまでも付き合う気はないですから、さっさと見つけて下さいよ」
鈴見は彼が埋めた「緑色の死体」の回収を急かした。
「わかってる」
ゴールドラッシュを想起させる一気呵成なる穴掘りに彼は傾注した。それから間も無くして、異変が生じる。缶を真っ二つにして味わった気まずさを遥かに上回る手応えが、彼の手に生じたのだ。
「どうして……」
顔を出した身体の末端は、みずみずしい肌色をしていた。傷付けば血を滲ませそうな身体は、敢然と振るっていたスコップを慎ましく扱わせる。剃刀で風船の表面を撫でるかのように、スコップで慎重に土塊を取り除いていく。
難儀の末、露になった頭部を前に鈴見と鵜飼は、めくるめく目眩に襲われ、全身が骨抜きにされる。
「ありえない」
ここに至るまでの間に見てきた常軌を逸した未曾有の出来事に際して、決して口にしなかったその言葉は、疾しい過去を持つ二人だからこそ、意味がこもり、二度とないタイミングで吐き出された。
「須坂」
万感が忽ち胸を支配し、語るに落ちるだけの姿勢を二人は共有する。
「そうか、そうかよ。俺はお前を一度、見捨てた身だが、今になっても連れ添う気はないぞ」
鈴見が彼からスコップを取り上げると、天に向かって大きく振り上げた。
「鈴見、なにを」
「なにを? トドメを刺すんだよ」
鵜飼は足をもつれさせながら、鈴見の胸ぐらを掴む。
「馬鹿なことを言うな! また繰り返す気か」
「繰り返す? これが初めてだろう。俺たちは別に人を傷付けた訳じゃない」
「見殺しにしたんだ。変わらないだろ!」
鈴見と鵜飼は互いに譲れぬ信念を目に託して睨み合った。
「須坂の両親は今も尚、探してるんだ。ずっと、ずっと」
「そのおかげで俺たちは今ここにいる」
ぶつかり合う理性と感情は、決して混じり合うことがない。そんな物騒なやりとりに誘われて、彼は虎穴を覗き込むかのように恐る恐る首を伸ばし、掘り下げられた地面を見下ろした。
「確かにありえない」
二人に同調した彼は、取っ組み合いの一歩手前までいって、鈴見の手から離れたスコップを拾い上げる。
「オレに任せろ」
正面から鼻頭に掌底を食らわす鈍痛の音が二、三度したあと、スコップはおさまりどころを見つけたのか、空気を裂く音だけが執拗に続く。やがて、ピチャピチャと一心不乱な水遊びに変わり、骨を絶つ為の力強い一撃を見る。
「……」
二目と見られない動作の数々にまじまじと観察する露悪的な者は一人もおらず、それぞれが思い思いの方向へ視線を逸らしていた。すると、浅木は見た。カーテンが開いていくように霧が晴れていき、柱のような光の束が空から伸びてきているのを。
霧はつむじ風のように町を荒らし、命を巻き上げ、忽然と霧散する。町は満月の影を背負うゴーストタウンと化して、あたかもそこを桃源郷のように空目した人々は心を踊らせて大挙する。
不可思議を地で行く事件は、あらゆる媒体のあらゆる見地から意見は飛び交い紛糾するが、戦争帰りの兵士のように精神を病んだ町の手込めにされた人々は、口々に与太話めいたことを話す。ある男はトロールの食指、ある女は狼男やらと話し、正体が掴めぬまま時間は進み、波が崩れれば泡になるように、記憶の起伏はなだらかに誰もが前代未聞の事件を頭の片隅に追いやった。
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