共犯

 見事に転がり落ちた土塊と同じ轍を踏まぬように、慎重に慎重を重ねる鈴見の歩調は縁に踏み止まるだけの緩慢さがあった。そして、崖の縁より頭を突き出して、眼下に視線を向ける。


「そんな」


 崖は高さ五メートルほどあり、表情を仔細に読み取るのは困難な距離だった。しかし、土気色に染まって動かない須坂の安否について直ぐに答えが出た。まるで道路上の障害物として避けられる猫の亡骸を眺めているような気分である。


「どうだ」


 鵜飼は坂を下りることはせず、その場で鈴見の返答を待った。しかし、答える気のない背中であることは直ぐに分かり、眉間に深い溝を作る。


「答えろよ!」


 薄々、自覚していた。自分が慌てて走り出したものだから、須坂の足は掬われてしまった。曖昧模糊であるからこそ、形容し難い感情に鵜飼は振り回されていた。


「クソッ、どうして何も言わないんだよ」


 地団駄を踏む鵜飼をよそに、鈴見は思索に耽る様相を呈していた。


「どうする。だが、これはあくまでも事故だ。引き上げることはできないし、今更もう……」


 ブツブツと独り言を吐き出しながら、物事を整理しているようだ。


「鈴見!」


 鵜飼の一喝めいた声を聞いて、寸暇に振り向いた鈴見が人差し指を唇にあてがい、大きな声を出すことを咎めた。そして、下った急勾配の坂を上り始める。


「どうしたんだよ」


 要領を得ない鵜飼はひたすら苛立ちだけが募り、坂から上がったばかりの鈴見の肩を掴んで、何を思い、何を考えているのかを吐き出させようとした。


「とりあえず、帰ろう」


 鈴見はその疾しさから、鵜飼と決して目を合わせない。


「馬鹿言えよ。そんなことしたら、どうなるんだよ。俺たち」


 震える唇が声を弱々しく抑揚のある口語を作った。辿ってしまうかもしれない最悪の展開が頭をよぎると、冷や水を浴びたかのように唇の震えが全身に渡った。


「三人でこんな風に時間を見逃したときはあったよな?」


「おっ、おう」


「須坂の母親や父親から連絡があったときは?」


「ない……かな」


「だったら、須坂は一切話してないってことだ。此処のことも、俺たちとつるんでいたことも」


 内耳が研ぎ澄まされていくような感覚を覚えた。それは、有事から離脱する際に発散されるストレスからの解放感であった。鏡に決して映ることのない俗悪な微表情が、口角に表れる。


「大丈夫だ」


 己を懐柔するための言葉は、人道を大きく逸脱した際に用いられる、心の均衡を保つための手段であった。おいらくの恋が実ったような危険な動悸の速さを抱えながら、二人は山を駆け降りる。


 夜露がおり、しわも見てとれる瞳を潤せば、目尻に溜まる月の雫が、暗躍にかける星のように頬を伝った。

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