ナイトズーラシア

 零時より開演する夜鳴きの激しい混迷必至のナイトズーラシア。総ての人種、思想、宗教、階級、敷地内では包括的に、身持ちの悪いお客人には園内のルールに準じて、罰し致します。裁き手と相成りますのは、私、スメルス・ブラック。以後お見知りおきください。


 動物を愛し守護しようとする者も雑多な足並みの列に並んで好奇な眼差しを向ける動物園でございます。好奇が裏返した汚水の跳ねを疎んずる目の鋭さは人類不偏の醜態で、足並みを揃えてセキュリティーの問題を追及します。が、園長は動物たち総てと意思の疎通を計り掌握しきっているゆえ、未曾有の問題へと発展致しません。見目により動物たちを悪魔の化身だと揶揄される方もおられます。ですが、私たちと比べたら遥かに清廉で、敬意を払わなければなりません。しかし、あなた方の眼を通したとき、それもまた、変わってきてしまいましょう。彼らは鏡のような存在ですから。


「案内いたします」


 この動物園では、一度に入れる定員が決まっている。そして、自由に行動することを許されない。必ず、ガイドの指示に従って列を成し、園内を回ることになっている。もし、規則を破るようなことがあれば、相応の処置が待っており、入場に際してそれを行使する許可、一筆が義務付けられている。皆一様に、ガイドの説明に聴き入り、美術館を思わせる厳かな雰囲気を纏う。


 一般の客が来園することは珍しい。見識者や専門家、マスコミがこぞって予約を我先にと取るためだ。定員と夜間営業、この二つの要素は予約を躊躇う起因になっていて、数年先の入場を見据える熱心な忍耐力と記憶力が必要なのである。


「此方が」


 檻を前にしてガイドが突然、紹介を止めた。客は顔を見合わせる。


「同意書は確認されましたよね?」


 空気が固まった。誰かがルールを犯したのだ。客同士で反目し、背信行為の所在を探る。


「機械での記録は許さないと明記されていたはずです」


 その瞬間、列の中位に位置する雑誌編集者の顔が風船のように刹那に膨らんで破裂した。血は勿論、大小の肉片や髪の毛が飛び散り、前後に居た客は目の前で無防備にそれを浴びた。顔はぬめり、髪の毛が張り付き、排水溝にも勝るにも劣らぬ、汚らしい面構えが形成された。それでも、後ろ手に背筋を伸ばす。列を乱すことへの恐怖が勝ったのだ。


「私は厳格に貴方達に接します。充分な注意を」


 ガイドは首なし死体をよそに、檻の中の動物の説明を再開する。目を凝らさぬかぎり、はっきりと捉えられない、仄かな灯りで照らされる檻は、隙間から覗くような形でしか観察がままならない柱のように太い鉄の棒で格子が組まれていた。客は整然と横並びになって、首を伸ばす。


 一言で言えば、獰猛。何故、おとなしく檻の中に収まっているのか解らない。その太い幹のような腕をもってすれば、束縛される道理はないはずだ。ガイドが云ったように、飼い慣らされている、ということなのだろうか。


「あの、普段はなにを食べるんですか?」


 エラのような部位も伺える黄土色の外形から想像するに、水陸の動物はあまねく捕食対象であるように思えた。


「私にも分かりかねますね。何故なら、食事をしている所を見たことがないのです」


「か、管理されているんですよね」


「昼と夜に檻から忽然と消えるんですよ」


 蟻の顎が重層的に連なったような口が、食感を反芻するようにまばらに蠢いた。

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