再び

 辛うじて捉える建物の輪郭や、道路の具合。それぞれを総合して今どこを歩いてるかの指針にし、鵜飼は確実に平野平へ向かって歩を進めている。濡れそぼつ影は、十二単の重さを伴い、肩で息をしながら彼を引き連れる。もはや恥も外聞もなく、粗陋な振る舞いにまみれても、確固たる意思を身体の芯に持つ。


 真澄の空の下、ドーム状に増長した霧は異邦人を阻むと共に、源泉の山を覆い隠し、森閑とした寒さを吹き上げていた。袖も掴めぬ霧深さは、距離感を狂わせて、疲労感を色濃く反映する。それでも鵜飼は、立ち止まることなく歩き続け、土留めの関所に辿り着いた。


「……」


 彼の顔に逡巡らしき思索が掠め通る。


「どうしました?」


 鵜飼は反射的に尋ねたが、個人的な事情の発露である為、易々と答えるほど簡単には口を開かなかった。


「……いや、ちょっとね」


 それ以上の詮索は時間の無駄だと察して、鵜飼は土留めを登った。持参してきていたスコップは彼が登る際の邪魔になると思われた。鵜飼は土留めの上段から腕を伸ばしてスコップを彼から受け取る。


 その凸凹とした獣道に郷愁を覚えて、霧の中でも周囲の風景へ気を配っていると時折、不気味な木の影に肝を潰された。それでも、一歩一歩を踏み締めながら前へ進んでいく。


「この辺りだと思うんだが……」


 彼は必死に首を回して地面にそれらしき跡を見ようとするが、一向に見つからない。土に還ろうとする枯れ葉の大群をスコップで掃いて、露出した湿った地面にスコップの突端を勢いよくざくりと突き刺せば、腐食の進んだ不発弾を信管ごと切り分けたような救い難い感触を覚えた。神妙に顔を強張らせて静止する彼の様子に、鵜飼は尋ねずにはいられなかった。


「どうし……ました?」


「いや」


 渋く痛むこめかみを慮り、おもむろにスコップを引き抜いた。そしてその異物感の正体に迫る為、周囲の土を掘り返す。すると、鵜飼にとって見覚えのある缶のコーンポタージュが地中で異物となっていたことに気付き、鵜飼は増えていく穴ぼこを覗く度に、真綿で首を絞められているかのように顔を青ざめさせる。


「黒ひげ危機一髪に興じているわけではないよな?」


 出し抜けに吹きかけられた悪い冗談は、鵜飼からすれば、思いもよらない人物のものであり、目を丸くして言った。


「鈴見!」


 鈴見はばつが悪そうに頭を掻いて、嘆息のついでに述懐する。


「それにしても、奇妙な組み合わせだな。悍ましいほどに」

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