暗雲

 あてどない視線が長親に集まり、巧まずして耳目の中心となったことへ八重歯を覗かせた。そして、渡り廊下を渡ろうと決めた道程を、滔々と語り出した。


「体育館の出入り口にできた蛇口に引っ付く雫のような人集りを見て、舞台下のパイプ椅子が収納された空間に姿を隠す奴や、関係者以外の干渉を禁ずる舞台袖を聖域とする奴。まるで物語の主人公であるかのように、その場に留まって助かると信じて疑わない奴らを前にして、おれは渡り廊下を渡ることを決めた」


 長親は一人一人の顔に語りかけ、渡り廊下をどのようにして渡ったかの武勇伝に浸ろうとした。「それで」、言下を待たず地面を穿つような雷の束の衝撃が校舎を揺らし、長親とその聴衆は机に捕まり、独演会は中断された。鼓膜を叩く轟音は、触手に絡まれた体育館が缶のように押し潰される断末魔であり、結果的に校舎へ逃げたことが正解であると証明された。


「生きた心地がしないね。もしかしたら、もしかするよ。此処も」


 先行きを案じる長親に、鈴見は頭を縦に振って惜しみない賛辞を贈る。


「体育館同様に、アレに壊されるって?」


 鈴見が浮かべた笑みを、起こり得ない事象を頭に思い描いた長親への嘲笑だと勘違いした三樹がすかさず割って入った。


「胡座はかいていられないだろう」


「なら、彼が体育館で決死の判断を下したように、ここも離れた方がいいかな?」


 鈴見は長親の判断を仰ぐと、険悪な雰囲気が忽ち醸成されていく。居ても立っても居られなくなった浅木は、場違いな指摘で和ませようとする。


「鈴見くん、眼鏡ズレてますよ」


 だが鈴見は、浅木の存在を黙殺してそのまま話を続けた。


「つまるところ、自分が生き残るには一人で行動するより、集団で動いた方がいいからね」


 合理的な判断のもと、生き残る確率を上げようとする鈴見の考えに、皆一様に押し黙り、食ってかかったはずの三樹もまた、閉口して思索の構えを見せた。


「いやぁー、素晴らしいね。冷静な人が居てくれて助かったよ」


 来るべき瞬間に備えて話し合いの場を持てたことに長親は感謝した。すると、オットセイ男が、汗ばむ顔を長親へ差し向ける。


「待ってくれよ。マジで外に出るのか?」


 外に出れば自分が直ぐに標的になると踏んだオットセイ男の不安は言うに及ばず、皆が思っていたことを代わりに口にした。


「さっきの音を聞いただろう? ここだっていつまでも無事とは限らないし、救助を待つなんて更に馬鹿らしい」


「長親! 君は自分さえ生き延びることが出来ればいいと思ってるんだろう!」


 殴り掛からんとするオットセイ男の接近に長親は真正面から受けて立つ。


「いいかい? 例え共に外へ出たとしても、リスクに差はないよ。誰だって、霧の中で生き残れる可能性はある。お前とおれに命の差はない」


「……くそッ」


 唾を飛ばすように悪態をつき、オットセイ男は席に座り直す。これらのやりとりを見た他の者たちは、自分が置かれている状況を今一度、客観視した。

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