【 子猫 】


 次の日学校へ行くと、朝から彼女はいつも通り明るかった。

 クラスの女子に囲まれて、いつもと変わらない笑顔を見せている。


 昨日のあの涙は、何だったんだろうか……。

 実は、あれは夢だったんじゃないかと思うほど、彼女はいつもの天真爛漫な笑顔を振りまいている。


 自分の席に座り、授業が始まる前に鞄から小説を取り出して開いた。

 文字を読むが頭に何も入って来ない。絵でも眺めているような感覚。


(僕が見たのは、夢だったのかも……)


 彼女をチラリと見ながら、そう思いたい自分がいた。



 ――学校から家に帰る時、いつもこのアーチ状の古い石でできた橋を渡ってゆく。

 橋の両側には皆が手で擦って、ツルツルになったこの橋の名前が書かれている石柱がある。

 そこには、『出逢い橋であいばし』と書かれている。


 本当か嘘かは分からないが、お祖父ちゃんからは、昔ここで川の両端に住んでいた男女がこの場所で、いつも会っていたことが、この橋の名前の由来になったと聞いたことがある。


 そんな出逢い橋の中央、天辺付近を歩いていた時、橋の下から何やら弱々しい子猫のような声がするのに気付く。


『ニャ~、ニャ~……』


 その鳴き声は、今にも消えてしまいそうな、か細い声だった。


「んっ……?」


 僕が橋の中央から、下の川を身を乗り出して見てみると、グレーと白の斑模様まだらもようの小さな子猫が箱の中で鳴いていた。

 その小さな段ボール箱は、川の流れでぷかぷかと浮かんではいたが、ゆっくりと川下の方へと流されている。

 水に濡れ、徐々にそのダンボールもヨレヨレになり始めている。


 僕は慌てて、橋の左側にある石でできた階段を駆け下りると、砂利に足を取られながら越えて行き、その川の中へと入った。


 バシャバシャと川へ入り、膝くらいまである川の深さのところで、その子猫の入っているダンボール箱の端を掴んだ。

 すると、水に湿気ったダンボールが崩れ、子猫が川へ落ちようとしていた。


「あっ、やばっ!」


 それを咄嗟に、左腕で自分の体の方へと抱き寄せる。

 しかし、バランスを崩して足がツルツルとした川底の石で滑ってしまった。


『バシャーッ!』


 僕は顔まで川に浸かり、全身ビショ濡れ状態。

 でも、子猫だけは、何とか左手を上げて、水濡れを防いだ。


「ぷはぁーーっ!」



 顔を上げたその時だった……。


 どこからともなく、パチパチパチと拍手をする音が聞こえてきた……。



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