【 ヒトリとミライ 】


 その出来事から、僕らはクラスの誰にも言わず、こっそりと付き合った。

 学校では、いつも通り、彼女は皆に囲まれて明るくワイワイしている。

 僕はと言うと……、何も変わらずいつも通りで、自分の席でひとり寂しく小説を読んでいる。


 時折、彼女は僕に視線をくれるが、僕もチラッと見るだけで、すぐに視線を逸らす……。


 余りに対照的な僕ら。でも、その関係性がまたいい。ふたりきりの秘密だから。


 僕がいつも通り、ひとりで家に帰ろうとすると、彼女はこっちを見て、胸の前で小さく手を振る。僕もそれに応え、同じように胸の前で小さく手を振る。僕たちだけのさよならの合図。

 そんな彼女の行動に、後ろの席にいた女子が気付いた。


「んっ? 未来、今誰に手を振ったの? えっ? ま、まさか、ヒトリじゃないよね……?」


 彼女と僕の方を交互に見ながら、驚いた様子。


「んっ? あっ、ほ、ほこりが舞ってて、手でよけてたの……」

「あっ、埃か。そうだよね~、まさか、未来がヒトリに手を振るなんてあり得ないから」

「うふふっ」


 そんな関係が、僕には堪らなく刺激的だ。

(勝手に言ってろ。未来ちゃんは、間違いなく僕に手を振ったんだよーーっ♪)

 心の中で、そう叫ぶのが、最近の楽しみの一つだ。


 休日になると、僕たちはデートを重ねた。


 映画を観たり、ゲームセンターへ行ったり、遊園地や動物園に行ったり、家であの助けた子猫とふたりでじゃれ合ったり……。僕らは完全にカップルになっていた。


神目かんめさんは、何か飲む?」

「ねぇ、ヒトリくん、ふたりきりの時は、『』って呼んで。神目さんって何だか堅いよ」

「じゃ、ミ、ミライ……、ちゃん……」

「ちゃんもいらない」


「じゃ、ミ、ミライ……」

「はい。よくできました♪ ヒトリ♪ チュッ♪」


 彼女はそう言って、僕のほっぺにキスをした。

 僕の鼻からは、赤い液体がタラタラと静かに流れている……。


「ミライ……」

「ヒトリ、鼻血出てるぞ。うふふっ、しょうがないな~、拭いてあげる」


 ドキドキが止まらない。目の前には、あの憧れのミライちゃんがいるのだ。

 やさしく鼻血を拭いてもらいながら、ニヤついた顔が元に戻らない。


『にゃ~』


 そんな僕らの熱々ぶりに、子猫のミーちゃんがふたりの間に割って入ってきた。

 彼女はそれに気づき、子猫を両手で抱え、お互いの鼻を擦り合う。


「ミーちゃん、少し大きくなったにゃ~。かわいいにゃ~♪」


 いや、ミーちゃんもかわいいが、ミライちゃんの方が何倍も、何十倍も……。


「ねぇ、ところで何で子猫の名前『ミーちゃん』にしたの?」

「そ、それは内緒……」


「えぇ~、教えてよ~」

「教えないよ~」


「もう、ヒトリのいじわる~」

「あははは……」


 決して交わることのなかった正反対の僕たちは、こうしてお互いの時間を一緒に過ごすようになった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る