【 1年後の未来 】


 コクリと喉を一度鳴らし、拳を握りしめながら、意を決して彼女にこの涙の理由を聞いた。


「ミライ……、今、泣いているのは、どうして……?」

「そ、それは、言えないよ……」


 彼女は、俯いて涙を流したまま、言葉が続かない。

 言えない理由。でも、その理由をどうしても知る必要がある。これからの僕らには。

 少ない選択肢の中で僕は、今考えられる一番最悪のことを彼女に聞いた。


「そ、それって、もしかしたら、僕に君が……、ミライが見えなくなっているっていうこと……?」


「うぅぅ……、うわぁーーーーっ!!」


 彼女は急に大きな声で泣き出し、両手で顔を覆いながら、ベンチから崩れ落ちるように、床へ座り込んだ。

 その彼女の姿が意味すること。


 つまり、このあと1年後に、僕たちは付き合っていないということ……。


「そ、そんなの嘘だよね……。僕はミライのこと好きだし、ミライだって僕のことを好きだよね……?」


 すると、彼女は肩を揺らしながら、涙声で僕にこう応えた。


「ヒトリのことは好き。でも、見えないの……。ヒトリに私の顔が見えないの。実は、付き合い始めた頃から、徐々に私の顔が薄くなって来ているのは、知ってた……。でも、またはっきりと見えるようになるとずっと信じて、ヒトリと付き合ってきた。でも、もう今は、ヒトリに私の顔が、全く見えなくなったの……」


「ま、全く見えない……? じゃあ、ミライは今後、誰と付き合うの? 鏡で自分の付き合う人を見てよ。そこに僕は映ってる……?」


 僕は咄嗟に彼女に疑問をぶつける。


「何故だか、自分は見えないの……。鏡を通すと、見えないの……」


「じゃあ、自分の付き合う人は一生分からないっていうこと……?」


「多分、そう……」


「じゃあ、2年後は? 3年後は? 僕はミライと付き合っているの……?」


「ごめんなさい……。私には1年後しか分からない。うぅぅ……」


 彼女に見えるのは、1年後誰と付き合っているかだけ。1年後の未来だけ……。

 それ以上先の未来は、分からないという。

 だから、将来、誰と結婚するかも分からない……。


「僕には、君の未来を変えることができないのか……。君はそれでいいの? そんなものに縛られて。自分の気持ちに素直になれないなんて、そんなのおかしいだろ。そんなの悲し過ぎるだろ……」


 頭を抱えて混乱している僕の横で、彼女は床に座り込みながら顔を両手で覆い震えている。この水族館の大水槽からのブルーの光が、僕たちふたりをいたずらにゆらゆらと揺らす。


 ――その後、僕と彼女は、一言も言葉を発することはなかった。


 やっぱり、これが彼女の見た、僕たちの未来だったのかもしれない……。



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