【 彼女の秘密 】


 それは、7月のある日。

 僕が教室の机の引き出しに、小説を置き忘れてしまった時のこと。


 もう夕日が落ち始めた時間帯。

 家から走って学校へ戻り、教室の後ろの入口から入ろうとした時、偶然、あの席に座っている彼女を見つけた。


 その時、沈みゆく夕日の中で、彼女は小さな声を出して泣いていた……。

 彼女の目から零れた涙が、オレンジ色に光ってキラキラと落ちてゆく。


 走って来たことで、息の上がっていた僕の気配に彼女が気付くと、僕は誤魔化すように、少し大きな独り言を言った。


「あっ……、ちょ、ちょっと、小説を忘れちゃったな……」


 彼女は、左手の甲で涙を素早く拭き取ると、僕の方を向き驚いている様子。


「ヒ、ヒトリくん……」


「あっ、小説あるかな……? あ、あった、あった……」


 僕は見ていないフリをして、自分の机の引き出しの中から小説を取り出す。


「ヒトリくん、このことは……、このことは、誰にも言わないで……」


 そう言うと、また彼女の大きな瞳から涙が溢れ出し、頬を伝ってゆく。

 僕は完全に戸惑い、目があちこち泳ぎまくっている。


(どうして泣いているんだ? 何か嫌なことでもあったのか?)


「い、言わないさ……。うん、絶対に言わない。誓うよ……」


 彼女は、両手で顔を覆うと、また声を出して泣き始めた。


「ふうぅぅ……、うぅぅ……」


 僕は、どうしたら良いのかの答えを持ち合わせていなかった。

 だから、こう言うしかなかった……。


「そ、それじゃあ、僕、行くね……。ま、また、明日……」


 彼女の背中からは、オレンジに染まった夕日が窓から悲しく入り込んでいる。

 長く伸びた哀しげな彼女の影が、僕の足元まで届きそうだった。


 振り返って帰ろうとした時、一瞬彼女の泣き声が大きくなった気がした……。

 あのいつも明るい彼女の姿は、そこにはなかった。



 それが、僕が初めて見た、彼女の涙だ……。



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