#2 神様と願いの使者


「ねえ、魔法少女って知ってるかい?」

 空中に人が立っている。男とも女ともつかないようなその生命体は、誰もいない目の前に話しかけた。

「なんだ、それは」

 空から女性の声。呆れたような声音で問いかける。

「それはキラキラした少女の姿をしていて、夢や希望を守る存在のこと。よくアニメや漫画で描かれる、いわば女の子の憧れさ」

 笑いながら生命体は語り。

「誰に知られるでもなく、彼女らは世界を守り続けている――」

 また笑い。


「――っていうのはうわべだけの話だ」


 そう、したり顔で告げた。

「おっと、自己紹介がまだだったね。ワタシは……そう、願いの使者とでも名乗っておこうか」

 ……誰に自己紹介してるのだか。まあいいか。

 願いの使者ことワタシは、まあきっと自分でも胡散臭そうだとわかりそうなしたり顔でプレゼンする。

「さっきのことは、本当のことさ。けど、魔法少女だって、綺麗なだけの存在なわけないじゃない」

 彼女等だって人間だ。腹も減れば眠くもなるし、怒りもすれば快楽にその身を委ねたりもする。

 人間とは元来そういう生き物だからね。しかたないよ。

 ひとである以上、否、感情がある存在である以上、欲求とは切っても切れない関係だ。むしろ、それが原動力になっているかもしれない。

 ここまでべちゃくちゃと説明して。

「ふふ、だからなんだ?」

 ようやくもう一度、空から声がした。退屈そうな声だった。

「考えてもみてごらんよ。魔法少女だって、欲求に身悶え……」

 ワタシはまたプレゼンを続けようとして。

「うん、濁すのはやめよう」

 もう面倒くさくなったので、一言、バッサリと告げることにした。


「魔法少女がエロいことするのを思い浮かべると、興奮してこないかい?」

「しないな」


 即答だった。

「キラキラした女の子たち。けど、そのキラキラの裏側はとても汚れてる。昼は夢や希望を守るために戦ってても、夜はただただ雌の快楽に身悶える!」

 さっきの即答を見て見ぬふりしてして熱意を帯びるワタシの言葉。

「最高じゃあないだろうか!」

 プレゼンというよりも熱意と興奮の押し付けになったような気がする。まあいいけど。

「はぁ……。まあ、よい暇つぶしにはなるか」

 嘆息する声に、ガッツポーズを決めるワタシ。

 よかった、喜んでくれたみたいだ。

「それなら、僕の作った世界を覗いてみるといい。きっと、楽しんでいただけるだろう」

 そしてワタシは口端を歪める。

 ワタシの作った世界。その中の魔法少女は――


 ――全員、ド変態なのだから!


    *


 ……朔先生、かっこいい……。

 わたし、間宮 華恋は、家庭教師の先生に恋をしている。

 先生の前ではこの気持ちをごまかすためにツンツンしちゃうけど、心の中はキュンキュンしっぱなしで。

 いまも、胸がどきどきしてる。

 ミカちゃんを探すために森へ分け入ったときに偶然見かけた、土の上で眠っている先生を見かけて、その寝顔にときめいて。

 お家に帰っても、ベッドに転がっても、まだ顔は熱くって。

 スマホから通知の音。寝転がりながら画面を触る。

 ミカちゃんから、魔法少女探し隊のグループチャットに新着。

〈今日はごめん〉

 謝るくまさんのスタンプと一緒にそんなメッセージ。

〈いいよー。ちゃんと会えたし!〉

 ユリちゃんのメッセージに、スタンプで同意しておく。

 ……そういえば、ミカちゃんを追っていった先に先生が寝てたの、なんか関係があったりするのかな。

 きっと偶然だとは思うけど。

 先生の顔を思い出したら、また胸がどきどきして、キュンキュンして、なんか切なくなって。

 うさちゃんの抱き枕にぎゅうっと抱きついて足で挟んだ。

「あ……んっ」

 おまたにあたっちゃった。

 そこは触っちゃダメってママに言われてる。けど。

 先生のことを想いながらそこを触ると、とってもきもちよくて。

 いけないことはわかってるけど、止まらない。

「ん……んぅ……っ」

 だめ……らめぇ!

 貯めこんだときめきが、「気持ちいい」に変わっていくように。

 一気に気持ちよさが押し寄せてきて――。


『やあ。君に叶えたい願いはあるかい?』


「はぁ、はぁ……だれです?」

 息を切らしながら、聞こえた声に答える。

『ワタシは願いの使者さ。叶えたい願いを持つ人の元に来る、天使みたいなものだよ』

 その声は続けて問いかけた。

『さぁ、本当の願いを言ってみて。そうすれば、叶えてあげるから』

 ……どきりとした。その声の主に、すべてを見透かされている気がして。

「な、ない……です」

『嘘だろう? このワタシの声が君に聞こえたという事実がそれを雄弁に物語っている。僕の声はね、叶えたい願いがある人にしか聞こえないんだ』

「……」

 どうしよう、とっても怪しい。うさんくさい。

 それに――。

『ふふ、怒られるのが怖いのかい? それとも、笑われたくないの?』

 ……やっぱり心が読めたみたいで、そんなことを口にしてくる。

 この願いは、きっとかなわない。わたしとあの人は釣り合わない。あの人にはもっとお似合いな人がいくらでもいるはず。

 わたしなんかが、彼の人生を独り占めしていいわけがない!

 押し黙って俯くわたしに、願いの使者とやらは優しげに言った。

『大丈夫。ワタシは願いの使者さ。故に、どんな願いでも肯定する。どんな荒唐無稽で叶わない願いだって、否定しない。必ず受け入れるよ』

「ほんと?」

『本当さ。そうじゃなきゃあ、願いの使者の名折れだよ』

 相も変わらず胡散臭い声音で、しかし真実味を持たせるように、丁寧に彼は口にした。

『それに、叶わない夢なんて、本当はないんだから』

「どういうこと……?」

『叶わないんじゃなくて、叶えない。あるいは力がなくて叶えられない。……最高おの条件で、本人の心が折れさえしなければ、叶わない夢なんてないはずなんだよ』

 だから、君の夢は絶対叶う。その手助けをしてあげる。声はそう告げた。

 ……そんな優しい言葉にほだされてしまって。

「せんせいと、むすばれたい……」

 気が付けばわたしも口にしていた。

「朔先生――望月 朔先生と、結ばれたい! この恋を、叶えたいっ!」

 願いを。叶いそうもない、途方もないような願いを。

『いい願いだ。じゃあ、その願い、叶えてあげよう』

 悪魔みたいな天使が微笑んだ、そんな気がした。

『でも、代わりに魔法少女になって、魔獣と戦ってもらうよ。いいかい?』

「いい! なんでもいいから……朔先生と……」

『わかったよ。じゃあ、君に魔法の力をあげる』

 そうして、どこかから落ちてきて、わたしの手の中に納まったのは、一つのネックレス。

「これは……」

 そのとき、頭の中を揺さぶられるような衝撃。微かな吐き気。

 けど、それは一瞬で収まって――気が付いたときには、目の前のネックレスや魔法の使い方がわかるようになっていて。

 あれ? こんな知識さっきまでなかったのに。

『じゃあ、魔獣退治、頑張ってね』

「あっ、待ってよ……」

 一つの激励を最後に、声は聞こえなくなった。わたしに魔法を残して。

 さっきとは違う意味で、胸がドキドキする。


 何かが動き出す、そんな気配がした。

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