#5 花と琥珀色の魔法少女
『もしもし、にーに』
自宅のボロアパート。僕は電話に出ていた。
電話の相手は、別の魔法少女。そして、僕の……ある意味上司と言えるような少女だ。
「聞こえるよ、エミリー。でも、にーにって呼ぶのはやめてくれないかなぁ」
『やだー。にーにはにーになんだもん』
わがままそうな女の子の声。
エミリー・ユーリン。十歳。世界魔法少女協会なるものの日本支部の支部長に十歳にして選出された、いわば日本の魔法少女の総大将的存在である。しかも五歳のころから五年間も魔法少女をやってるベテランだ。
なお、にーにと呼ばれてはいるが血縁関係はないことを追記しておく。せいぜい僕が彼女に気に入られていて、来日したときに僕の家に転がり込む程度の関係だ。だいぶ深い気はする。
にーにというのもたぶん同じ家に住んでいる時のカモフラージュ程度の意味なのだろう。さすがに海と大陸を挟んでまでこう呼び続ける必要はないぞ。
「ロンドンの生活はどうだい?」
普通の世間話を振ってみると。
『まあまあ。いつも通りよ。……早く日本に帰りたいわ……』
そんなため息を吐くエミリー。愁いを帯びたその声に儚さのようなものを感じたのも刹那。
『だって、日本のおむつのほうがきもちいいんだもん!』
……もうこんな発言にも慣れたものだ。
鈴の鳴るような声の妹系美少女であるエミリーだって魔法少女。つまり、変態である。
エミリーの性癖は「おしっこ」。
おしっこ。おむつ。おもらし。放尿。そういった性癖の変態。それも、だいぶ拗らせたド変態である。
おねしょも治しておらず、毎晩子供用のおむつで寝ている。たまにしなかった日でも朝一のおしっこは確実におむつの中にする。
それどころか、たまに昼間もおむつをしていたり、普通のぱんつでも一日一回は確実におもらししていたりする。わざと。
『イギリスのも悪くはないんだけどねー。でも、日本の奴のほうが通気性が良くて好きよ。吸収帯もふわふわでデザインもかわいいし――』
「そんな話いらないから……」
変態的なうんちくを披露する彼女に、僕は呆れた。
デザインがかわいいというのには少しときめいたが、それは今度直接会ったときにでも話してもらうとして。
「そろそろ本題に行こうか。国際電話って高いし」
『もう、にーにってばせっかちなんだからー』
僕が急かすと、エミリーは軽口を叩いてから、急に真剣な声音になって問い詰めてきた。
『新しい魔法少女が生まれたって、マジ?』
「マジ。この目で見た」
答えると、彼女は少し間をおいてから再び僕に聞く。
数時間前の出来事。僕は電子メールで歌恋ちゃんのことを伝えていたのだ。
『……その子って、年齢どのくらい?』
「十歳。エミリーとほぼ同じ。小四の女の子」
『そう……』
悲し気に呟くエミリー。僕はわけもなく、視線を落とした。
――幼ければ幼いほど、世間を知らなければ知らないほど、自分が変態だという事実は受け入れにくいものだ。変態に悪いイメージを抱いていれば、それは尚更。
自身の変態性癖を受け入れられなければ、闇堕ちする。闇堕ちとは、すなわち人類の敵である魔獣を生み出す側に寝返ること。
魔法少女とは敵対することになる。元仲間同士で刃を向けあうことも、往々にして起こりうる。
『最悪、あたしが手をかけることにならなければいいけど』
その言葉に、否定も肯定もできなかった。
闇堕ちした魔法少女はもう元には戻せない。救うには殺すしかない。
電話越しの少女は、そういった経験を何度も経ている。友達の命を奪ったこともある、なんて言っていた。
エミリーは電話越しに息を吐いて、まくしたてるように告げる。
『……よし、今からそっち行くわ。飛行機の予約とって、日本、成田までだから……だいたい、三日くらい待ってて』
それは、同じくらいの年の少女を、これ以上手にかけたくないという意思の表れか。それとも、日本の魔法少女のトップとしての矜持か。
『闇堕ち、させないようにね』
その言葉が、僕にはひどく重くのしかかった。
「わかったよ。気を付ける」
そう言うしかなかった。できなかった。
保障なんてできないけど、珍しく真面目にまくしたてた彼女の期待を裏切ろうとは思えなかった。
『暴走なんて、させないでよね? ……仲間を手にかけるなんて、二度とごめんなんだから』
「うん。……気を付けて」
『じゃあね、にーに。また……三日後に』
がちゃりと電話が切れる。
ふっと息を吐いて、僕はボールペンを手に取った。
まずはレポートを終わらそう。それで、部屋片づけて、あとは……魔法の練習もしよう。やってみたいことがある。
今夜は眠れそうにないな……と、僕は少し頭を抱えた。
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