#12 ヤミオチ


 次の日。放課後。ミカちゃんの姿でぼくは息を切らしていた。

 向かう先は魔法少女探し隊の秘密基地。

 ――朝、大学で出会った美愛さん。いつもばっちりと決めていたメイクが今日はどこか崩れて見えて、心配してみると。

「歌恋、昨日から帰ってないの」

 ひどく焦燥した様子で口にした。

 僕は目を見開いた。

 学校や警察にも連絡を入れ、自分でも夜通し捜し歩いていたそうだが、見当たらなかったのだという。

 冗談だろう、と言いたかったけど、とてもそうは言えなかった。冗談だったら、美愛さんの目の下にメイクで隠しきれていないクマが見えていることもないだろう。

 ――やはり、昨日なにかあったんだ。

 ユリちゃんは何か知っているかもしれない。僕は微かな希望を抱き、帰宅してすぐに少女の姿に変身して、走りだして――。

「レンちゃん見てない!?」

 遭遇したユリちゃんは開口一番、叫ぶように尋ねた。

 驚愕。嘘だろ。そして、思い当たる唯一の手掛かりが失われたことへの絶望感を噛み砕きつつ、たずねる。

「……そっちこそ見てないの?」

「見てない! 学校にも来てなくて、昨日もいつ別れたか覚えてなくて……メッセージもないの……」

 どんどん盛り下がる彼女の声。ユリちゃんがこんなにも落ち込んでいるのは珍しい。

 それほどまでに、レンちゃんが大事だったのだろう。

「男子から逃げるの大変だったよぉー」

 涙目でぼくに抱き着くユリちゃん。

「んはぁー……女の子の匂い……はすはすくんかくんか……」

「ちょ、ユリちゃんっ」

 たじろぐ僕の匂いをユリちゃんは幸せそうに吸引する。

 胸元に顔うずめないで! ぼくそんなにいい匂いしないし!

「むふぅ……がーるずせーぶんほきゅー……」

 ゆるゆるしただらけた声。とてもユリちゃんだとは思えないその光景に、ぼくはただ戸惑って。

「よしっ」

 やがて、ぼくの胸元を離れたユリちゃん。その姿はいつも通りのしゃきっとした姿に戻っていた。

「なんか……いつもと違う……」

「や、学校では割といつもこんな感じ! レンちゃんに守ってもらってるんだー」

 へぇ……意外だな。

 昨日ドクターちんちんのちんちんを見ただけで気絶してたということを思い出し。

「……きのう、魔法少女を見たりしなかった?」

「しなかった! でも、なんだか途中思い出せないとこがあるんだよねー。なんでだろ」

 ほっとした。ぼくとレンちゃんが魔法少女、つまり変態だということはまだバレていないらしい。

 小首をかしげ不思議そうな顔をするユリちゃんを見ながら、少しだけ彼女の意外な一面に思いをはせた。

 へぇー、ユリちゃんも男嫌いなんだー……。

 そして、それと共にこんなことも思った。

 ……ぼくの正体が男だと知られたら、本当にまずいらしいな。

 渇いた笑いが漏れ出て。

「どうしたの?」

「や、なんでもない! なんでもないから!」

 誤魔化すように、、ぼくは目を逸らしながら提案する。

「あっ、そうだ! それぞれ別れて探さない?」

「レンちゃんのこと? いいけど」

「あははー……じゃあ、あとで!」

「えっ」

 そして走って逃げた。

 これ以外にどう誤魔化せってんだよ!

 アドリブがそんなに得意じゃないぼくは逃走以外の手段をとれずに、ひたすら走って。


「あら、ミカちゃんじゃない」


 住宅街の真ん中。人通りの少ない路地。

 ――そこにいたのは、濃い紫のマイクロビキニの女。だいたい大学生くらいだろうか。

 巨乳で肉付きがいい、しかしくびれてるとこはしっかりくびれてるボンキュッボンのナイスレディ。普通の男ならともかく、「僕」の好みではない。

 けれど、その顔や体にはなんだか見覚えがある。

「……なんでぼくを知ってるの」

 ぼくは小学校に通ってはいない。

 この姿を知る人間もほとんどいないし、ましてこの姿のぼくが「ミカ」と名乗ることを知るのは、魔法少女探し隊の二人とエミリーくらいだ。

 ユリちゃんとはさっき会った。エミリーはそろそろ日本につく頃だろうが、こんな格好で出迎えるような趣味の悪いやつではない。

 ――まさか。

 危惧した中で最悪の答えを、彼女は笑いながら口にした。

「何故なら、あたしはあなたの友達だもの」

 友達。おそらく、「ミカ」の。これで、彼女の正体は判明した。

「……レン、ちゃん?」

「そう、正解」

 ――彼女は似ていた。魔法少女ラブリィアクアに。

 水色だった髪が紫色になっている。あとは衣装がマイクロビキニになっている。それだけの違い。

 逆に言えば、違いはそれだけだった。

 当然だ。同一人物なのだから。

「けど、その名はいまのアタシに相応しくない。アタシのことは……『サディスト様』とお呼びっ!」

 彼女は名乗った。

「意味、わかってる?」

「わかんないけど何か?」

 わからないで言ってるのか……。いや、わかっても困るんだけど。

 でも、中身はやっぱり小学四年生の女の子らしいことがわかった。

「……やっぱりレンちゃんなんだね」

「そうよ」

 それがなに? というかのように、ぼくを物理的にも精神的にも見下してくる、かつてレンちゃんだったもの。

 彼女は高笑いしながら、手の中に鞭を出し、バシンと振るった。

「けど、もう今はサディスト様。アナタは……アタシの敵よッ!」

 言って、彼女は砂利石を一つ投げた。

 その小石に、黒い煙のような闇の魔力のようなものがまとわりついて――。

「やっておしまい、カマセイヌ! このバカな少女を一網打尽にして、魔力を少しも残さず奪い取ってしまえ!!」

 ――魔獣が現れた。

 ぼくに飛び掛かってくる巨大な黒い犬。すっと息を吸って、地面に倒れるようにしてかわし――その目の隙に現れる裸体。

 サディスト様が、鞭を振るった。

 バシン、とすさまじい音が住宅街に響いた。

 ぼくは宙を舞い、アスファルトを転がり、やがて電柱にぶつかり、ぐえっと潰れた声を出す。

 この身体は魔法で姿を変えただけで、あくまで生身だ。魔法少女に変身していないから、殴られれば痛いし、殺されれば普通に死ぬ。

 ――このままでは死ぬのだ。

 ひぅ、ひぅとかろうじて息をしながら立ち上がると、ドSの変態は嗜虐的な笑みを浮かべた。

「ふふ、無様ね。どうしてこうまでして生きてるのか、アタシわかんないわ」

「……」

「なんか言ったらどうなの? 魔法少女」

 立ち上がるので精いっぱいのぼくには、何を言っても答えられない。はずだった。


「何とか言いなさいよ、ブス!」


「……なんだって……?」


 ブス? いま、ぼくのことをブスと言ったか、この女。

「ブスと言ったのよ。よく見るとアンタ、ブッサイクねぇ。ふふ、傷だらけになって喚く姿、無様で無様で――」


「これ以上ブスというな――ッ!!」


 ぼくはかわいい。かわいいから、かわいい。ブスじゃない。この体はブスじゃない。

 元の身体はどうしようもなくダメだけど、この体まで、理想の姿まで否定されたくはない。

 ――レンちゃんはそんなこと言わない、はずだ。こいつはレンちゃんとは言えない、別人だ。

 僕は断じ、スカートのポケットの中からコンパクトを出して、自分の姿を映す。

 確かに傷だらけで、とてもカワイイとは言えないけど。

 ぼくはブスじゃないっ!


「マジカルチェンジ……キューティルナッ!」


 閃光がぼくを包んで。

「ようやく変身したのね、ミカちゃん」

 はじけた光、フリルとリボンとパステルピンクに包まれたぼく。その眼前に、肌色の二つの膨らみ。

 ぼくは両手で腰だめにして持ったバトンに魔力を収束させて――放つ。

「キューティ☆ドロップスター!」

 爆発音とともに、ぼくとサディスト様は互いに後ろに吹き飛んで。

 ――知らない公園。その入り口。レンガの舗装に降り立つぼく。土埃が立つ。

 ぼくは深く息を吐いた。

 砂塵が視界を埋め尽くし――。

「でも、甘いわね」

 バシン、と鞭を振るう音がした。

 振り払われる砂塵。その先には。

「ふふふ。意外と弱かったのねぇ、ざこざこ魔法少女のキューティルナちゃん」

 無傷のサディスト様がいた。

「これは只のジャブ。全力じゃない」

「そんなに息を切らしちゃって……説得力ないわよ?」

 ――ぼくはもうすでに軽く息を切らしていた。

 肩で息をしながら、九割肌色の女を睨みつける。

「それに……ナ・ン・カ、忘れてなぁい?」

 忠告。いや、挑発か。

 背後に気配。魔獣が口を開けて。


 ――ああ、詰んだ。直感が告げた。

 キューティ☆ドロップスター。僕がそう呼ぶ魔法は、魔力をとても多く使う。威力と使用魔力は比例するが、どれだけ威力を低くしても普通なら一日に二回しか放てない。

 魔法少女の魔力。それは性癖。性感。魔力を使えば使うほど、性的快感が高まる。

 それを、ぼくは魔獣に放った。

 奴は一瞬で消し飛んだが――威力をある程度抑えたとはいえ、二回めのそれだった。一回目のも無意識に力が入っていたのかもしれない。

 つまるところ。

「あ……あっ……ああ――」

 頭がおかしくなっちゃいそうな快楽が、一気に脳内を貫く。

 変身を解除しないと。でも、間に合わない。

 苦しいほど、切ない。快楽が、快楽の渦が、ぼくを飲み込み。

 かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい――。

「ああああああああ――――――――――ッッッッッッ」

 ぼくは絶頂した。

 過呼吸。息つく間も与えさせない絶頂の嵐。

 全身がびくびくして、キュンキュンして。

 ああ、もうだめ。だめ。こわれる。こわれちゃう。

 だめ。ああもう、なんにもかんがえられにゃいの!

 もうらめぇ! あたし、おばかになっちゃう! おんなのこになっちゃう――!!


 いまだかつてないほどの性的快感に頭が狂いそうになる。

 嘲笑うサディスト様の声が聞こえる。だめになったぼくを嘲笑う、そんな声が。

 もう勝ち目はない。ただぼくは絶頂に身を委ねながら性癖を消される――。

 わずかに残った理性すら消えようとしたそのとき。


「覚悟しなさい、闇堕ち魔法少女」

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