#7 魔法少女☆戦闘中
「やあ、魔法少女たち。俺と愛し合おうじゃないか」
――そこにいたのは、意味の分からないことを言う、上半身裸で下半身は海パン一丁の、筋骨隆々の変態だった。
ハイレグ姿のオッサンと並び立つ筋肉モリモリマッチョマンの変態。
「怖がらなくていい。ただ、俺と殴り合って、愛し合いたいだけだ」
そう僕らを見据える筋骨隆々の変態。違うベクトルの変態が揃い踏みする酷い光景に、ぼくは様々な意味で足がすくむ。
隣を見ると、急成長したレンちゃん――ラブリィアクアも、がたがたと震えている。さっきの威勢はどこへ行ったのだろうか。
けれど、そうなってしまう理由もまた理解できてしまう。
魔獣は明確な敵意などないはずだ。夢とか希望とかを奪い取る、言い換えればそういったエネルギーを自動で回収する装置に過ぎないので、どれだけ容姿が人間に近かろうとも感情は持っていない。故に敵意など持ちようがない。
しかし、目の前の「人間」は違う。僕たちに対して、敵意を向けている。
故に、怖い。
まるで銃口を向けられたかのような、恐怖。
「だから、そんなに怖がらなくても――」
いま一度告げる彼の言葉を遮って。
「どうしてぼくらを狙った」
ぼくは、ラブリィアクアをかばうように一歩前に出て、目の前の二つの影を睨む。
「だから言ったじゃないか。俺は魔法少女と『愛し合いたい』んだ」
「……それなら、順番を間違えてるんじゃない? まずは、名乗らないと」
そうだったな、失敬。そう紳士めいた口調で口にした男。しかし、ぼくはその名前にまたも驚愕することになる。
「俺の名はメスイキだ。どうぞ、よろしく」
よろしくじゃねーよ。なんでそんなに堂々と名乗れるんだそんな恥ずかしい名前。
ぼくは恥ずかしさとかそういったものを飛び越え、ただただドン引きしていた。
「よ、よろしく、メスイキさん」
ラブリィアクアはその意味を知らないのであろう。警戒しつつも言葉を交わす。
やめろやめてくれ。この子の中身は子供なんだぞ。幼気な少女にそんなこと言わせないでくれ。
ぼくは頭を抱えた。それを見てメスイキと名乗ったその海パンマッチョは。
「……ほう、二人とも見た目と実年齢は違うみたいだな。たまらねぇぜ」
一瞬で看破しやがった。
「ど、どういう……」
目を逸らしながら聞いてみると。
「俺の名前でどよめくのはつまり『そういうこと』を知ってるやつだ。幼気な少女がそれを知るはず、ないだろう?」
そんな答えが返ってくる。
こいつ、名前でカマをかけてたのか……!
「その反応から見るに、そこのピンク色の女児は十八歳以上。頭までピンク色らしい。ふふふ、いい趣味を持っているじゃないか」
余計なお世話だ。というか女児って言い方めっちゃキモいな……。
ぼくは目の前の変態筋肉という非現実の恐怖から目を逸らしたいのを我慢して、バトンを構えて聞く。
「ど、どういうことだ……」
ラブリィアクアも槍を構える中、メスイキは口角を歪めて言った。
「罵られたいのだ……ッ!」
は?
「具体的には十歳くらいの女児に明確な意志を持って罵られたい。かわいいクリクリの瞳が冷めきって、侮蔑のまなざしで俺を見つめるのを妄想しただけで海パンにシミが出来そうだ。いや、ムチムチだけど無知無知な見た目はメス中身は女児な子になじられながら新たな感覚を『お勉強』させるのもいい。控えめに罵ってくる彼女を逆に調教して、ゆくゆくは俺の女王様に――」
「ひぃっ」
背後で小さくドン引きする声。ものすごく同感だ、が。
「――そう、ドン引きしてくれ!!」
彼はむしろ勢いづいた。
「俺をなじれ。キモいと言え。キショいと言え」
ぼくらを見据えながらヒートアップする彼の言葉。
「どうせ君たちも変態なのだろう。ああ、変態に変態となじられることの、なんと気持ちいいことか!」
男は笑い――。
「変態って――」
ぼくははっとして後ろを向いた。
「俺たちはいわば同じ穴の狢ッ! いまこそ変態同士、傷をなめあい――」
そこにいるはずの彼女はおらず――一拍おいて、豪風がツインテールを揺らした。
「――どういうことなの!?」
衝撃が、鼓膜を震わせた。
「――さあ、愛し合おうじゃないかッッ!!」
槍と拳のぶつかり合う音、とは思えない轟音。
数秒の激突ののちに、二人は互いに弾き飛ばされ――ぼくの横に着地したラブリィアクアが啖呵を切った。
「いちいち言い回しがキモいのよッ!」
「あぁん!」
喘ぐな。
だが、ぼくは気付く。隣に立つ少女の口調が変わっていることに。
理性が崩れ始め、サディストとしての本性が現れ始めている。
魔法少女の副作用か――あるいは、自分が変態であるという疑念を振り払うため、無意識が理性を崩し、思考をぼやけさせているのか。
「はは、言われたいんなら何度でも言ってやるわ、臭くて汚い筋肉まみれの変態男ッ! とんでもなく気持ち悪いから……あたしの視界から、消えなさいッッ!」
言いながら、少女は槍を振るい駆け――再び、衝撃。
「ああ、言葉攻め! いいぞ。俺はそういうプレイも大好きだ。だが――」
メスイキは、顔をしかめた。
「――パワーが、足りない」
またも弾き飛ばされたラブリィアクア。目を皿のようにして驚愕していた。
「手ごたえが……ない!?」
――まるでコンクリートの壁を殴ったような感覚だった、とのちにレンちゃんは語った。
「ああ、俺としても物足りなかった。俺の筋肉が硬く鍛え上げられているが故か、それとも貴女の実力――変態力不足か……。悲しいほどに、この身体は悦んでくれなかった」
失望したように、その男は首を横に振り。
「今日は萎えてしまった。あとは魔獣に任せよう」
一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。
「――やれ、『ハイレグを着たハゲでデブのイカれたオッサン』」
ぼくは忘れていた。もう一人、敵がいたことを。
背後に気配。さっと振り向いた先には――さっきの魔獣、正式名称『ハイレグを着たハゲでデブのイカれたオッサン』がいた。
名前がひどすぎる……というツッコミすら追いつかない。
海パンのマゾヒストに気を取られて失念していた。僕らにはまだ敵がいた。
それ――キモいシルエットのキモい魔獣は、キモく口角を上げた、ように見えて。
首が伸びて、顔が巨大化しだした。
「あぶなっ……」
ラブリィアクアの叫び声。伸ばされた手。僕はバトンを振り、魔力を収束させ――間に合わない!
魔獣の首が伸びる。顔面が肥大化する。臭い口を開けて、迫る。迫る。迫る――!
およそ一秒間の出来事。行動を起こそうにも間に合うわけがない。
バトンを構えられても、そこから魔法の発動につなげられない。
――むしろ、魔法は使わないほうがよかった。
「んっ」
きもちいい。
ヤバい、発情しそう。いや、しかけてる。する。
きもちいい。
頭の中がハートで埋まっていく。「かわいい」ことに「幸福」を感じる。
きもちいい。
だめ。わたし、いまは戦ってるの。じゃましないで、おんなのこのわたし!
思考どころか一人称まで崩れ始めている自分に気付いて、唇を噛む――が、そこまでだった。
――ごり、と思考が『削られる』感覚がした。
悪寒とともに脳内がクリアになる感覚。そして、心の空虚感。
思わず悲鳴が漏れた。
長い長い、三秒間が過ぎた。
「死、ねェェェ――ッッ!!」
爆発音。息が詰まるような寒さが和らいだ、ような感じがした。
*
――なにが、あったんだ。
「大丈夫です? ミカちゃん」
「ん……なん、とか?」
――少女の姿で少女に膝枕される、そんな幸福があっていいのだろうか。
つまるところ、ぼくはレンちゃんに膝枕されていた。魔法少女の姿のままで。
「いったい、なにがあったの? ぼく、どうなってたの?」
本当に、それが気になって仕方がなかった。
しかし、次のレンちゃんの言葉で早くも思い至る。
「あのおじさんに食べられていたのです。頭から、丸ごと」
魔獣に食われる。それはつまり、「夢や希望」を奪われること。
――夢や希望、つまり「こうなりたい」「こうしたい」と言った欲望。性癖もそれに含まれるわけで。
すなわち、魔法少女としての力を奪われそうになっていたというわけだ。
いままで脳みそを支配しようとしていた感情が突然奪われたら、頭がおかしくなってしまってもおかしくはない。むしろ、たった数秒とはいえよく耐えられたな、ぼく。
というか、そのときは自覚してなかったけどオッサンに頭から食われてる姿を想像するとものすごく身の毛がよだつ。
「大人のわたしがなんとかした、みたいですけど」
「みたいって、どういうこと?」
レンちゃんの言葉に疑問符を示すぼく。直上に見える彼女の眉間にはしわが寄って。
「……わかんないのです。変身して、メスイキさん? と殴り合ったところまではかろうじて覚えてるけど……ミカちゃんがおじさんに食べられちゃったところから、まったく思い出せなくって……」
拙い説明でも何となく理解できた。
あのあと、本当に何があったのかはわからないが、きっとあのハイレグオッサンは倒されたのだろう。ラブリィアクアは本当に強かったらしい。
けれど、相当むごたらしくもあったのだろう。またも、そのときのことを忘却してしまったみたいだ。
「んぅ……」
じわじわとした快楽が背筋を伝う。頭がとろけそうな感覚。切ない性感が襲いそうになる。自分の性欲が、魔法が失われていないことを雄弁に伝えるかのように。
深呼吸して――花弁が散る。魔法を使って、どうにかまた少女の姿に戻って。
ぼくは立ちあがる。ふらふらと、おぼつかない足取りで。
「だいじょうぶ、です……?」
「ああ、うん。大丈夫」
肩を支えてくれたレンちゃんに「でも、ありがと」と告げ。
「……メスイキさんが言ってた、変態ってどういうことです」
レンちゃんがおもむろに口にする。
「わたし、変態じゃないはずです。……変態ってもっと、裸で外をうろつくとか……あの、メスイキさんとか、ミカちゃんを食べた水着のおじさんみたいな人のことですよね」
嫌な予感が頭をよぎった。
「……わたしはそんなのと一緒じゃないのに……いっしょじゃない、はずなのに……っ!」
疑問と不安の混じったような、涙をこらえる震えた声。
本当は君もその変態を心の中に秘めている。そんな真実、言えるはずもなくて。
「きっと大丈夫、だよ。あれはきっと、ただの冗談。うそつき」
ぼくは優しげに笑いながら。
「……レンちゃんは、変態じゃない」
そんな嘘を吐くしかなかった。
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