#10 魔法少女はどへんたい(2)
「わしを踏んでくれて構わぬぞい」
かさかさ、と不快害虫のような音を立てながら近づくその変態老人に。
「この野郎……やることが気持ち悪いんだよ……ッ!」
女の子が出しちゃいけないどすの効いた声で、ミカちゃんが叫ぶ。
「君はやはり、あの時の魔法少女じゃな」
おじいさんはミカちゃんのスカートにレンズを向けながら声をかけた。けど、その声音は少し冷たくて。
「先程まで疑ってはいたが、やはりその身からあふれる魔力は只者ではない。その変態力、また腕を上げたのう」
わたしはその声が何を言ってるのかわからなくて、息が詰まり――。
「……レンちゃん。ユリちゃんを連れて逃げて」
耳打ちされて、はっと気がついた。
慌ててユリちゃんの手を引いて、土手を上がる坂の方へ振り返って――。
「逃がすと思ったかい……? もう一人の、魔法少女ッ!」
――目の前に、巨大な犬の魔獣がいた。
初めて会ったときのと同じやつ。だけど。
「ひぅっ!?」
上を見たユリちゃんが驚きに背筋を震わせていた。
「どうしたの、ユリちゃん」
「あれ……あれ……」
そうして指をさしたのは――。
「ちんちん……」
さっきのおじいさんが、魔獣の背中に乗っていた。しかし。
「おじいさん、パンツ、はいてなくて……宙に浮いてて……」
――魔獣は普通の人には見えないらしい。
つまり、ユリちゃんから見れば、さっきまで道案内をしていたおじいさんが突然宙に浮いてちんちんを見せびらかしているという異様な光景で――。
「ちん、ち……ん」
男の人の局部をガン見したユリちゃんは、そのまま気絶した。
――彼女は男に対する耐性がまるでない。男の人から話しかけられただけで泣き出すほどには。だから、股間を見せつけられた日には、その前後の記憶すら決して気絶するのも全く不思議ではなかった。
「ユリちゃん!」
叫ぶわたし。
白衣の下になにも来ていないまごうことなき変態のおじいさんは、高笑いしながら、ユリちゃんを抱えようとするわたしに詰め寄って。
「ふふ、ふふふ……無垢な少女を汚すのは、やっぱり気持ちええわい」
おじいさんは汚く笑った。
――気持ち悪い。
心の底から、吐き気のような嫌悪感がわき出す。
そうか、これが変態なんだ。
ミカちゃんがわたしたちとおじいさんの間に滑り込み、睨んだ。
「よくも友達を傷つけたな……っ」
そして、おじいさんの名前を叫んだ。
「観念しろ……ドクターちんちん!!」
もうツッコミも追いつかなかった。
流石にちんちんの意味くらいはわかる。男の人の……あそこ。さっきからおじいさんがぶら下げてたモノ。
……それを名前にするってどうなの?
ドン引きと言うか呆れと言うか、そんな感情で一瞬固まっていて。
その隙を、狙われた。
「伏せて、レンちゃん!」
直上に魔獣の口が迫っていて――。
瞬間、響く破裂音。
真上を見ると、魔獣の首から上が丸々消え失せていて。
「月とカワイイの魔法少女、キューティルナ! 可愛く参上……っ♪」
凛とした可愛い名乗り。爆発する魔獣。
「……レンちゃん、変身して、ユリちゃん抱えて逃げて。こいつはわた……ぼくがなんとかするからっ!」
顔を赤らめ息を切らしながら言うミカちゃん。フリフリの服で、ピンクのバトンをおじいさんに向けて。
「さあ、勝負だ。ドクターちんちん」
睨みつけた。
わかったよ、ミカちゃん。わたしは首を縦に振って。
「マジカルチェンジ・ラブリィアクア!」
服の下のペンダントを握りしめて叫び――瞬時に姿が変わる。名乗りを気合でキャンセルし、目の前に倒れる少女を抱いた。
大人のお姉さんの姿。女の子の身体なんて軽々と持ち上げられる。
そうしてユリちゃんの身体を持ち上げ、たまった力を、一気に足に込めて――跳んだ。
水平に、低空を駆け、飛ぶ。車よりも、電車よりも早く、風のように。
いつもの公園はすぐ近く。そのはず。なのに――。
なんでだろう。力が入らなくなっていく。
どうして? なんで?
体が、言うことを聞かない。
代わりに、胸が、おまたが、体が、うずうずする。
切なくて、苦しくて、背筋がなんだかびくびくして。
「あっ……ん」
声が漏れて。
流れる景色は遅くなって。
息が荒くなって。
(助けて、先生)
心のどこかで求めた青年の姿はどこにもない。
やがて、がくんと膝ががくりと地面についた。
変身した私からしたら小さいはずのユリちゃんの身体を、支えきれなくなっていた。
――もうわたしには普通の女の子並みの力しかないのだと悟った。それでも、元の身体よりかは力はある、はずだけど――やがて、変身も解ける。
花びらが散るように小さく戻っていく身体。抱えていたユリちゃんは地面に落ち。
「ほう、友達を少しでも傷つけないように、土の上に落としたのか。感心なことだな、魔法少女」
そこには、昨日の海パンの男がいた。
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