#15 うそつき
あの戦いの、次の日。
「来てくれたんだね」
幼い少女の言葉に、露出度の高いマイクロビキニの女は目をそらす。
町どころか県を区切る、広い一級河川。それにかかった大きな道路橋。その下の河原に、年の離れた少女が二人。
「鴨がネギを背負って出てきて、来ないほうがおかしいわよ」
露出度の高い衣装を身に纏う、大きな少女――サディストは、目の前の、ピンク色のドレスを身にまとった小さな少女――キューティルナことミカを睨みながら告げた。
「それが罠だとしても?」
「……」
口をつぐむサディスト。彼女は無言で目の前の幼い少女を睨み。
「裏があるってことくらい、わかってるわよ」
吐き捨てた言葉。
「君を? 助けたい? そんな臭い台詞吐いて、なにかないほうがおかしいわよ」
それは、恨み節のようであり。
「さあ、何を見せてくれるの? ……ミカちゃん」
「いまにわかるさ」
「答えになってないわよ」
不敵に笑うキューティルナ。口を一文字に結んだサディストは、やがてあきらめたように、小石を一つ取り出した。
「なにも見せてくれないのなら……こっちから仕掛けるわよ。やれ、スーパーカマセイヌ」
どこかから取り出した石をまっすぐ放り投げるマイクロビキニの女。宙を駆けるそれは、瞬く間に魔力を纏って――。
「雑魚はあたしに任せなさい!」
瞬間、現れた魔獣が“穿たれた”。
ふつうのカマセイヌよりもさらに数倍巨大な犬の形を作りかけたそれは、できたての顎に巨大な穴が開いて――霧散する。
「エミリー、ありがとう」
そこに降り立ったのは黄色いバルーンワンピースの少女。魔法少女特有の、フリルやリボンを使ったガーリーなデザインの衣装を身にまとった金髪の少女エミリーは、古式の拳銃を構えながら言い放つ。
「いいから。露払いはあたしに任せて、にー……ミカはちゃんとあの子に集中しなさい」
ミカは首をこくりと縦に振った。
「っ……なにを、する気!?」
「いま、助けるッ!」
そして、そのまま
厳かな雰囲気で――彼女の乳を揉んだ。
固まる歌恋。したり顔で見守るエミリー。そして顔を赤らめながらも真面目な顔で歌恋の大きい乳を揉むミカ。
三者三様、ただ川の水音だけが響き渡る。
――何年も前、とある町に二人の変態魔法少女がいた。
片方は極度におっぱいが好きな女性魔法少女で、もう片方はおっぱいを揉まれることが好きな男の娘魔法少女だった。
二人は仲睦まじく変態行為をしながら魔獣を倒していた。
だが、ある日のこと。
男の娘魔法少女のほうが「男なのに胸部を揉まれて興奮することはおかしい」という事実にようやく気が付いて、絶望し、ついには闇堕ちしてしまう。
けれど、紆余曲折の末に女の魔法少女が彼のおっぱいを揉むことで。
片方は「ああ……この男の娘おっぱい……最高……ッ!」と。
もう片方は「やっぱり……おっぱいを揉まれるって……気持ちいい……ッ!」と。
お互いに最高の条件で性癖を満たした。
性癖が解放されることによって発生した二つの魔力。相性ピッタリのそれらの相乗効果的なもので闇のエネルギーが浄化され、無事に元に戻ることができたのだといわれている。
つまるところ。
「――は?」
その形だけを真似たところで、意味はなかったのである。
殴打され吹き飛ばされる少女。
「え? アタシを救うって……まさかこんなことでアタシを救えるとでも思ったの? ばかなの? しぬの? あはは……笑わしてくれるわ」
侮蔑を込めながらキレる歌恋に、エミリーは驚愕する。
(どうして……どうして元に戻らなかったの!? この反応はなに!?)
これで元に戻る、と確信していた。そのはずだった。
魔力を込めて、胸を揉む。教えたのはそんな方法だった。
エミリーは羞恥という感情を知らない。
彼女はまだ自我が育ち始めの五歳のころから魔法少女。その頃から自分が変態であると自覚し受け入れていたがゆえに、変態であることの羞恥がわからないのである。
未知に戸惑い固まったエミリー。歌恋は、橋げたにたたきつけられたミカを睨みつけながら叫ぶ。
「もういいわ。今度はアタシの番ね! 夢も! 希望も! 全部奪い去ってやるッ!!」
地面に落ちていた小石を拾い、ミカのほうに投げつけるサディスト。口角を上げながら、紡ぐ呪詛は。
「奪って、奪って、それから――」
すぐに止まった。
(――なに、したかったんだっけ)
小石は瞬く間に魔獣になる。
(なんでわたし、魔獣なんて作ってるの? なんでわたし、友達と戦ってるの?)
闇堕ち魔法少女の本能がそうさせていた。疑問を持つことすら許さない、強烈な本能で。
(なんだかむなしい。……どうして、こんなことしてんだろ)
魔獣の叫び声が響き渡った。
手を伸ばすエミリー。しかし、初動が遅れた。
サディストはぼうっと、目の前の光景を見ていた。
そしてミカは、気付いたときにはもう目の前に巨大な犬――サディストが咄嗟に繰り出したカマセイヌが、口を開けていて。
この光景を、土手の上から見守る二つの影があった。
したり顔をした二人――ドクターちんちんと、メスイキだった。
こうしてミカは、魔法少女の力を失った。
「――え」
十分にエネルギーを吸収したからか、その魔獣はすっと消滅し、ただの小石に戻る。
しかし、それは歌恋の目を皿にするには足りない。
魔法少女の力を失ったミカ。それは、魔法少女への変身どころかミカの姿への変身すら保てなくなった、ということで――。
「なんで……なんで、ここに……」
歌恋は顔面蒼白になって口にした。
「なんでここに、朔先生がいるの……?」
――そこには、変身が解けて、ただの青年になったミカ、すなわち朔がいた。
歌恋は頭が悪いわけではない。
故に、気付いてしまった。
(――もしかしてミカちゃんは朔先生だった?)
歌恋からすれば想像でしかない。否、想像だと、嘘だと思いたかった。
けれど、その想像を目の前にある現実――さっきまでミカがいた場所にいる朔が、証明していた。
朔は緩慢に腕を動かす。
「……体が、重いな」
出した声に、彼は目を見開く。
川に落ちた青年の濡れた身体。腰までが水に浸かっていて、目の前の状況に目を白黒させ。
やがて、自身の状況を理解した。
護岸を這い上がり、握りしめたコンパクトを開き。
「チェンジ・キュートガール」
唱え――変化しない。
「……チェンジ! ……チェンジっ! 変われっ! 女の子に……女の子になれェッ!!」
半狂乱になって叫んでも、何も起こることはない。
それを見て歌恋は涙を流していた。
(……つまり、先生は知ってたんだ。わたしが、
そして、彼女はふと自分が魔法少女になったきっかけが「朔への恋」だったことを思いだす。
(だから、ミカちゃんが一緒にいるときじゃないと、力が出なかったんだ)
――最初の戦いのときには、近くで朔が見ていた。
――二度目は一緒に戦っていた。とても強い力を出せた。
――そして三度目、闇堕ちしたときは、ミカから離れたとたんに力が弱くなった。
闇堕ちしてから会ったときも、ミカのそばではだいぶ力が出てた気がしていた。離れると、力は弱くなった。
(……先生のそばじゃないと、力が出なくなるみたい。ってことは、やっぱりミカちゃんは先生だった。……わたしが魔法少女なのも知ってて……あんな変態だったのも、知ってた)
ようやく全体像を理解した歌恋は、膝をついて、泣きながら口にする。
「知られたく、なかったよ……」
そしてエミリーは狼狽した。魔力が急速に膨れ上がるのを感じたのである。
「あの子、まさか――」
暴走、という単語が彼女の頭をよぎった。
絶望したことにより発生する膨大な魔力が、変態性という刃を自分自身に向けて――最期には爆発する。それが暴走。
エミリーにはわかってしまった。
彼女はもう助からない。
「……それでも、にーになら」
ようやく自分の置かれた状況に気付いて、ただのおもちゃになったピンクのコンパクトを涙目で見つめる朔。
それを見て、エミリーは立ちあがった。希望を託すために。
夜が近づく藍の空に、一人の少女の咆哮が響いた。
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