#16 コンティニュー


 ――ああ、終わった。

 僕は「僕」の姿で絶望した。

 ピンクのコンパクトに自分の顔を映す。

 ああ、醜い。

 やせこけた顔は、何の特徴もない。きっと平均未満の、特に整えられてもいない暗い顔だ。

 ……僕って何だったんだっけ。

 空虚な気持ちでコンパクトから目を外すと、ひざを折って顔を覆った巨乳の美女――否、その身体は黒く溶けていって、中から同じポーズをした少女が現れる。

 ……なにが起こってるんだろう。

 魔法が使えなくなった醜い僕。エミリーはそんな僕と歌恋ちゃんを交互に見て、それから僕の方に向かい。

「にーに」

 僕を呼んだ。

「なんだ?」

 返事をすると、彼女は僕の肩をつかんで言う。

「あたし、かわいい?」

「かわいいけど」

「興奮する?」

 鼻で笑った。なにを言ってんだ。

「……全くしないに決まってるよ」

 自分の言葉に、驚きどころか、なにも感じなかった。

 ――魔獣が奪う夢や希望。その中には性欲、性癖に起因する願望も含まれる。故に。

「僕はもう、なにもできない。わかってんだろ」

 それを聞いたエミリーは、なおも叫ぶ。

「あきらめないでよ! にーにがあきらめたら――」

「諦める以外にどうすればいいんだよ! ……もう、終わりだ」

 希望なんてない。

 魔獣に奪われたせい、だけではない。

 ――そもそも、方法がないじゃないか。

 仮に僕がまだ魔法を使えたとして、それをどう使うかがわからなければ無用の長物だ。

 歌恋ちゃんはどうなっているんだ。……もう、闇堕ちどころか悪化してるのはわかる。

 ……その一因には、「ぼく」が「僕」だということが知られてしまったことがあるのかもしれない。

 魔法は解けたのである。

「もうどうにもできないだろう。それとも、これ以上なにかあるのか?」

 僕はエミリーに問い。

 彼女は口をつぐみ。

「……でも、それでも」

 小さく、諭すように。

「にーになら、なんとかしてくれると思ったから」

 少女は僕を見つめていた。

 そんな彼女から目を逸らす。

 ――やめろ。期待するな。僕はそんなに大層な人間じゃあないんだ。

 エミリーは僕の手を握って――握りしめて、深呼吸した。

「……魔力を、あげる」

 いま、なんていった。

 水音が聞こえ、ふわりと臭いが漂った。

「えへへ、今日はぱんつにしたんだ。……にーにに、おもらし見てほしくて」

「なんでだ。どうして――」

 焦燥する僕の声とは裏腹に、少女は説明する。

「魔力を受け渡すには、渡す相手に性的に興奮してる姿を見せなきゃいけない、から……ぁ」

 彼女の声は、徐々に色気を増す。片方の手で僕の手を握って……もう片方の手で、スカートをめくっているのか。

 息を荒くして、彼女は言う。

「あたし、には……もうなにも、できない、からぁ……っ。……あの子は、暴走する、から……んっ」

 エミリーの手の熱が、魔力を伝える。

「でも……僕が魔法を使えたところで――」

 なにもできない。

 言おうとした僕の口を、エミリーは指でふさぐ。

 そのまま倒れそうになる彼女の背中に、僕は慌てて腕を回し。

「……あの子、たすけたいん、でしょ?」

 ハッと目を見開いた。

「きっと、にーににしかできない。そんな、そんな気がするの」

 柔和な表情の彼女に、目を細める僕。

「……ようやくわかった。……にーにのうで、あったかいな。全部全部、受け止めてくれそうなほどに」

 魔力を通じて、思考が伝わる。

 ――柔らかい、あったかい。そんなあいまいな気持ち。

 その中に、答えがあるのだとしたら。

「……すきを、諦めないで。にーに……結構かわいいんだから……ふぁあんっ」

 ぶるりと震えて、彼女の放尿は終わり。

 そして、がくりと気を失った。

 エミリーから花弁が舞い、ただの少女の姿へと変わっていく。

 わずかにだけど、腕の中の柔肌にどきりとしている自分がいる。

 微かな自己嫌悪の中に安堵を感じた。戻ったんだ、僕。

 何故か、不思議なほどに落ち着いていた。

 エミリーからもらった魔力はわずか。変身できるほどの魔力はない。でも、服装を変える程度ならできる。

 どの程度ならできそうか。何が出来て、何ができないのか。少しづつ、残りの魔力と知識を照らし合わせて。

「ふふ」

 微かに笑った。

 大丈夫、僕は変態だ。どうしようもない、ド変態だ。

 自分でも何を言ってるのかよくわからないけれど。

 なんだか、糸口が見えたような気がした。

 この状況がどうにかできる。いや、どうにかする。

 そんな、根拠のない自信が溢れていた。


    *


「嫌ァァァァァァァァ――――!!」

 少女は叫ぶ。その苦痛と絶望に打ちひしがれながら。

 ざわめく橋の上。ただならぬ気配に野次馬は騒ぎ出す。

 もはや思考すらままならない歌恋。今度奪われるのは、意識か。

 彼女が止められなくなるまで、人の形を失ってただの怪物になってしまうまで――命を奪うしかなくなるまで、もはや秒読み。

 そのときだった。

「レンちゃんっ!!」

 青年の声が響いたのは。

「こっちを見てっ!」

 その青年――少女、歌恋の想い人の声。届かないはずがない。

 歌恋の希薄になっていた意識が、その声に引かれて目を覚まし。

 彼女は見た。彼の姿を。


 そこには、お姫様がいた。

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