#17 二人の変態
白とピンクの甘いロリータ服。魔法で伸ばした髪をツインテールに括って、ナチュラルメイクで中途半端な女顔を少女のように彩った美青年。
その頬を染めるのは、羞恥と興奮の頬紅。魔法少女を彷彿とさせるような衣装に恥ずかしがりつつも、どこかまんざらでもない様子が歌恋の目からもわかった。
あたかも一国の姫のような彼女。その正体を、歌恋は一目で見抜く。
「……せん、せー?」
「そうだよ。……正解」
彼は落ち着いた、その華やかな姿とは見合わないような声で答えた。
「……会いたくなかった」
少し落ち着きつつ、涙声で言う歌恋。
朔は彼女に近づこうとして。
「来ないで!」
叫び声にうろたえた。
「なんで?」
「嫌だから!」
優しげな青年の声を、少女は拒絶する。
「どうして嫌なんだ?」
「……変態なわたしを、知られたくなかったから」
そして少女は自嘲した。
「ひとを傷つけるのが好きで。ひとが恥ずかしがる姿も最高で。弱ったひとの姿に興奮して。……わたしは、そんな嫌な人間で」
そして一息おいてから、歌恋は暴露したのである。
「あたしは、そんな変態だから! 先生のそばにいる資格なんて――」
ない。言い切ろうとした。
けれど、口が許さない。
しばらく黙り込んで――また、手で顔を覆った。
朔は押し黙って、やがて。
「……そんなの、こっちのセリフさ」
「え?」
歌恋は顔を上げた。
「ねぇ、歌恋ちゃんには、いまの僕がどう見える?」
「どうって……かわいい女の子……」
どこか呆けた顔で見つめるのは、愛しい人の女装姿。一見して少女に見えなくもない、が。
「……の格好をした、かわいい男の人」
歌恋は言いなおす。
ロリータ服を身にまとった彼からは、男の面影が抜けきってはいなかった。
妙に似合ってこそいたが、女装した男ということを知っていればそれらしく見えてしまうような出来。お世辞にも、美少女とまでは言い切れない。
「かわいいなんて言わないでくれよ。……僕みたいな変態にさ」
朔の自嘲するような言葉に、歌恋は「違う」と言いかけて――言えなかった。
「女の子になって興奮するようなやつが、変態じゃないわけないだろう」
目を伏せて、彼は微かに笑いだす。
「ああ、そうさ。僕はロリコンさ。君に授業をしている時も、可愛らしい君の服に、可愛らしい少女の君にときめいていた。興奮していた」
目を見開く歌恋。その目にこもったのは、侮蔑か、驚愕か。それとも――。
「ミカの姿になって……可愛い女児になって、可愛い女児服を着て、可愛い女の子と遊ぶ。内心興奮していたよ。純粋な君たちを……頭の中で汚してた」
青年は少女から目を逸らしながら、ただ吐き捨てた。
「僕は汚い男さ。こっちこそ、君のそばにいる資格はない」
「そんなことないですっ! ……そんなあなたも、わたしは好きです」
「真剣な場面で冗談はよしてくれよ」
暗く俯いた彼。しかし、その次に見せた顔は、わずかに口角を上げていた。
「でも、僕だって君だって、同じ変態なんだ。……一緒にいる資格なんて、そんなもんで充分なんだよ」
いつしか歌恋の心の曇りも晴れていた。暴走した魔力は、治まっていた。
「きっとみんな、そんなもんさ。誰にも言えない部分を隠して、日々を生きてる」
青年は穏やかに、少女に説いた。
「だから、自分を責めなくてもいい。
歩み寄る二人。
「ほんと……?」
「ああ。本当さ。……君は変態でもいいんだよ」
青年は微笑んで、手を伸ばし。
少女も微笑んで、手を取った。
「わたしを受け入れてくれますか? せんせ……」
「ああ。……こんな君も、好きだよ。歌恋ちゃん」
二人の変態は、抱き合った。
閃光が炸裂する。
その中心は二人の少女。否、青年と少女。
常人には感じ取ることさえできないそれは、二人を祝福するかのように、温かく降り注ぐ。
「……いまなら、なんだってできそうだ」
女装青年は、少女を腕に抱きながらつぶやき。
「へぇ、そうかい」
それを遮るように、男の声。
抱き合う二人の変態の眼前に、二人の男が現れた。
「……ドクターちんちん」
「メスイキ、さん」
朔と歌恋がそれぞれ名前を呼ぶ。
二人の男のうち老人のほう――ドクターちんちんは、嘆息し。
「そうじゃ。ふふ、戻ってしまったか、サディスト様よ」
「……なんで」
歌恋は朔から離れつつ、男に向き直り。
「なんでわたしにあんなこと言ったのですか? なんで、わたしに……あんなこと、させたのです!?」
叫ぶ。闇落ちした自分の行ったことを思い出しながら。
強い意志を込めて放った言葉に、メスイキは目を逸らして。
「……ただのセクハラだった。他意はない。それで闇堕ちしてしまうとは思わなかった」
真相を言い放った。
「そうじゃな。ついでに言えば、サディスト様がサディスト様として行った行動は、闇堕ち魔法少女としての本能。だから、誰を責める必要もありはしないぞい」
ただの好々爺のように補足するドクターちんちん。しかし、その手には小石が握られていた。
彼は口角を上げ。
「わしらはそのおこぼれを頂いていたにすぎん。わしのカマセイヌを与え、使わせたのもそのためじゃ」
歌恋は気付く。
(これ、わたしのだ!)
そもそも、サディストはいつの間に、どうやって魔獣を手に入れた。
歌恋は必死に思い出そうとして――記憶がよみがえる。
「……おじいさんから……このおじいさんからもらったんだ……魔獣……っ!」
瞳を震わせる歌恋の肩を、朔はそっと抱いて。
「どうしてそんなことをした」
目の前の老人を睨みつける。
「仕事じゃ。希望の回収という仕事を手伝ってもらっていたのじゃよ」
「手伝う? 手駒にするの間違いじゃないのか?」
老人は返す言葉を失う。
しかし、若い男――メスイキは、小石を構えて、臨戦態勢で告げた。
「どうだっていいさ。俺たちは夢と希望を奪うだけ……。申し訳ないが、その莫大な魔力、奪い取らせてもらうッッ!」
大量の小石をばらまくメスイキ。
地面に落ちたそれらは、黒い雰囲気を纏う。
風が渦巻く。暴風が、周囲を包む。
「行け、魔獣たちよ! 夢と希望を喰らい尽くせッ!!」
掛け声とともに、大量の黒い影が辺り一帯に現れる。
――すべて、魔獣だ。気配が物語った。
橋の上の野次馬たちが一斉に静かになって散っていく。魔獣が襲ったのだ。
静かになった橋の下。膨大な気配。けれど、朔は微かに笑った。
「……いまの僕らには余裕。だよね、歌恋ちゃん」
「うん!」
「なんじゃと……!?」
ドクターちんちんの驚愕。二人は魔獣を操れる最大量まで出していた。それを、余裕と言い放つ魔法少女に、背筋を凍らせたのである。
そのことすら気にせずに、二人の少年少女は目を閉じ――瞬間、身長が逆転する。二人の魔法少女が、圧倒的な力で以て降り立つ。
「ふふ。ミカちゃんってやっぱり変態ですね」
身長が一気に高くなった青い衣装の魔法少女――ラブリィアクアこと歌恋は、身長の低くなった、ピンクでフリフリの可愛らしい衣装を身にまとった魔法少女――キューティルナことミカ、もとい朔だったものを見ながら、口にした。
「なんで?」
「……ふふっ」
歌恋はすこしだけ笑みを浮かべてから、一気に息を吸い込んで。
「だって、こんなかわいい服着て喜んでるんですもの! いまどき幼稚園児でもこんなのに憧れないわ。あたしだって十分にガーリーだけど、正直ミカちゃんほどじゃない。あたしならそんな恥ずかしい服着たくないもの。こんな恥ずかしくてかわいい服着て喜んでるの? 小学生なのに? あはは、間違えちゃったぁ! ミカちゃんは小学生でも女の子でもないんだもんね!」
一気に言い放った。
「ふふ。この先、言ってほしいですか?」
いたずらっぽく、しかし開いた瞳孔の奥に狂気を秘めながら聞く歌恋。追い詰められた女児は、冷えた背筋と震える膝に息を荒げながら答える。
「……やだって言ったら?」
それに対し、女は哄笑で答えた。
「言うに決まってるでしょ? ――大の男のくせにかわいい女児服着て喜んで、挙句の果てに女の子に混じって遊んじゃうかわいいド変態クソ先生ッッ!!」
「ひゃああいっ!」
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