魔法少女 マジカル☆ドヘンタイ

沼米 さくら

#1 月とカワイイの魔法少女


 公園、新緑薫る季節のこと。

 小さなテーブル付きのベンチ。さわさわと風が桜の葉を揺らす中、少女三人が談笑していた。

「ねぇねぇ、ミカちゃんはどう思う?」

「なんのこと?」

 ミカちゃんと呼ばれた茶髪をツインテールに括った女の子ことぼくは、話しかけてきたポニーテールの女の子、ユリちゃんに聞き返す。

「だーかーらー! 昨日の、魔法少女が出たって話。ほんとだと思うー?」

 じろりとぼくを睨みつけてくるユリちゃん。やばい、見られてたか。

 ぼくは慌てて目を逸らし。

「嘘じゃないです?」

「えー? レンちゃんのケチー」

 黒髪ロングの女の子、レンちゃんの無意識の助け舟にほっと胸をなでおろした。

 胸にかかるさらさらの髪のひと房を触りながら、ぼくはため息を吐く。

 何を隠そう――いや、隠さなければいけない。


 話に出てきた魔法少女の正体というのは、ぼく――望月 ミカという所在不明の女子小学生なのだから。


 しかも本当の姿は望月 朔という陰キャ男子大学生なのだから。


 さらに、ただの男子大学生じゃなくて、ロリコンかつ女児服フェチのド変態だと知られでもしたら――。


「どうしたのです? 頭なんて抱えちゃって」

 絶対色々とまずいことになる。社会的地位とか尊厳とか、その他もろもろ。

 特に、頭を抱えるぼくの顔を不思議そうに覗き込んでいるこの少女にはバレちゃいけない。

 ――レンちゃんこと間宮 歌恋は、僕の教え子だ。

 とはいっても、教えてるのは男子大学生の僕であって、女子小学生の姿をしたいまのぼくではない。

「ため息なんかついちゃったら、かわいいミカちゃんが台無しです」

 そんな風にぼくの頬を持ち上げる彼女は、男が苦手だと聞いている。

 僕自身、何ら優れた人間というわけでもないし、彼女の家庭教師は大学の同級生である彼女の姉から依頼されたことだ。教えるのは苦手というわけではないが得意というわけでもない。

 ……いつも「教えるとき以外は半径五メートルに近寄らないでください!」って言ってる子が、女の子相手にはこんなにスキンシップをとってくるなんて思いもしなかった。

「ミカちゃん、妹みたいでかわいいのです」

「え、レンちゃん妹いたっけ?」

「いないのです。でも、ミカちゃんみたいな妹がいたらなーって」

 この可愛らしい微笑みも、「僕」の前では絶対に見せてくれない。

「わかるー! めっちゃかわいいよね、ミカちゃん!」

「ユリちゃんも思いますよね! ミカちゃんかわいい!」

「そ、そんな……はずかしいからやめてよー」

 と言いつつ、実際は満更でもなかった。

 ぼく、憧れだったかわいい女の子になれたんだ。

 ――ずっと、女の子になりたいと望んでいた。

 そうすれば、かわいい服を着て、かわいいものを身に付けて、かわいくなれると思っていたから。

 僕はいわば少女趣味だった。

 フリル、リボン、スカート、パステルカラー。子供のころから、そういうものがどうしようもなく好きで。

「男なのにおかしい」

 その言葉が、本当の自分を殻の中に閉じ込めていた。

 言ったのは誰か。母か、父か、兄弟か、先生か、友達か、あるいは自分か。

 気が付けば僕の身体は醜く成長していて、もはや「本当に好きなもの」がわからなくなっていた。

 そんなある日。

『ねぇ、何か叶えたい願いはないかい』

 声が聞こえて。

「かわいいものを身に着けて、かわいくなりたい。小学生女児のように。女の子になりたいんだ」

 願いを吐露して。

『いい願いじゃないか! ああ、なんて純粋に熟成された性癖だ! ここまで業の深いやつは久々に見た!!』

 願いの使者と名乗るその声に、導かれるままに。

『――その願い、叶えよう!』

 魔法少女になって。

 女の子に変身する魔法を覚えて、小学生になりすまし。

「ほんと、ミカちゃんってばケンソンしすぎだってー」

「そーかなぁ……えへへ」

 ついには、理想の女児になったのだ。

 公園の一角、テーブルとベンチが置いてある、小学生のたまり場。三人の女子小学生は笑って。

 それから。

「じゃあ、そろそろ行く?」

 ユリちゃんが口角を上げた。

「うん!」

「そうだね」

 レンちゃんとぼくも返事をして。

「いこう! 魔法少女探し隊、しゅっつじーん!」

 ユリちゃん隊長の掛け声に、小さな拳を上げたのだった。


 魔法少女探し隊。

 それは、魔法少女を探す女の子たちの集まりである。

 街中で噂になっている、魔法を使って化け物を倒す美少女。通称、魔法少女。

 それに憧れた女の子の中で、魔法少女を探すことがブームとなっていた。

 で、そのブームに乗ったユリちゃんこと御園 百合が、公園にたむろしていた同士に「街を探検して、魔法少女がどこにいるかさがそうよ!」と誘ったことが、この「魔法少女探し隊」のはじまり。

 ……その中に魔法少女が紛れ込んでいるなんて、誰も知るまい。

 真相を知らずに――知らないふりをして、ぼくたちは今日も探検する。

「へー、こんなところがあったんだ」

「そうなの! ここ、私のお気に入りなんだー」

 ユリちゃんは言いながら、森の中に分け入っていく。

 ぼくたちがたまり場にしていた公園は古墳群の上にできていて、木々が生い茂ったところも多く存在している。

 そんなところだから、やんちゃ盛りの小学生にとっては格好の遊び場だ。

「ここ、秘密基地にしようって思ってるんだけど、どうかな!」

 林のすこし開けた部分に出て、ユリちゃんは言う。

 秘密基地なんて、マジで小学生だった時以来だ。

「いいとおもう!」

 懐かしさとともに、わくわくした感じの感情が沸き上がる。

「レンちゃんはどう?」

 言われた彼女は、そのロングの黒髪を少し触って考えて。

「ええっと……いいんじゃないです?」

「やったあ!」

 ユリちゃんがぴょんっと跳ねて喜んだ。ぼくは軽く目をそらした。

 ……上のよくわからないロゴの入った可愛い薄緑のTシャツがめくれあがって、デニムショートパンツとの間の隙間からすべすべのぽんぽんが垣間見えて大変眼福だった、というのは口にしないでおく。下着はどうした、と思ったが、小学五年生くらいならブラデビューしていてもおかしくないことに一瞬で思い至る。あのTシャツの下で白いジュニアブラが彼女の小さな胸部を包んでいるのかな、と考えると非常に胸がときめいた。我ながら気持ち悪い。


 そんな時だった。

 風が吹く。風に乗って、聞こえる。

 猛獣の叫び声。

 ――敵だ。ぼくの魔法少女特有の第六感が働く。

 風はあっという間に暴風と化して吹き荒れ。

「……なんか、風が強くなってきたから、そろそろ帰らない?」

 僕は提案する。友達を守るために。

「やだー。まだ魔法少女見つけてないもん」

「でもでも、ここにいたら危ないです……飛ばされちゃいそう……」

 レンちゃんの追い打ちに、ユリちゃんは「しかたないなー」と言いながら踵を返す。

 そして藪の中を少し進んだところで。

「あっ、忘れ物したみたい」

 ぼくは来た道を戻ろうとする。

「え、じゃあ一緒に取りに」

「いいから! 二人は先に戻ってて」

 しまった、少し語気が強くなっちゃったかもしれない。

 けれど、レンちゃんはその意図を汲んでくれたみたいで。

「いまは戻ろう? 飛ばされちゃいたくないもん」

「……わかったよう。でもでも、ちゃんと戻ってきて! 隊長とのやくそく!」

 言って、ユリちゃんは小指を出した。

 ふふ、懐かしいな。……でも、絶対に約束は破らないからな。

 ぼくと彼女は小指を絡めて。

「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます! 指切った!」

 これで、もう約束は破れないな。

 ぼくは微笑んで。

 さっきの「秘密基地」までついたときには、既にそれは顕現していた。


 大型犬のような形。しかし、生物なのは形だけ。大きさも、放つ雰囲気も、犬どころか生物のそれでは確実にない。

 巨大な黒い怪物が、そこにはいた。

 それは魔獣。人類の敵で、人の持つ「希望」や「夢」を喰らう怪物。

 もはや恐怖は感じない。何度も対峙して、何度も退治したのだから。

 その実績に裏付けされた自信が、ぼくを突き動かす。

 ピンクのコンパクトミラー。スカートから取り出したそれは、魔法のアイテム。

 ぼくが少女に変身るためのもの。

 誰も見てない。ここでなら存分にやれる。

 手に持ったそれを開き、ぼくの姿を映す。

 イメージするのは、戦う自分。人を守れる、強い自分。

 あふれ出す光、僕はその呪文を唱えた。


「マジカルチェンジ、キューティルナ!」


 光がぼくを包み込む。

 少女の姿は別の少女の姿へと変わっていく。

 着ていたスカートとトレーナーが消失し、現れたのはピンクの光で出来た裾にレースのついたスリップ。

 姿はそのままに、人ならざる存在へと再構成される身体。

 グローブと呼ばれるフリル付きの長手袋、花とリボンで飾られたブーツ、そして白とパステルピンクのフリルとレースやリボンで、清楚に、しかし華々しく、全開の可愛らしさで彩られたフリルミニドレス。

 肩までだったツインテールの髪は一気に伸びて臀部にまで届く。色も淡いピンク色になり、ピンクの月の髪飾りで飾られ。

 上げた顔は幼く、ぱちりと開けた瞳は月の色。

 宝石のついたバトン――変身アイテムのコンパクトミラーが変化したものだ――をくるくるっと回し、自身も一周ターンした。自らの「可愛らしさ」を見せつけるかのように。

 スカートをふわりと浮かせ。

 それからバトンの先を魔獣に向け、宣戦布告するかのように彼女ぼくは名乗った。


「月とカワイイの魔法少女・キューティルナ! 可愛く参上っ!」


 ウインクのサービスは特別なおまじない。そして、地獄へのお土産。

 かわいい。ぼく、いまだけは「かわいい女の子」なんだ。

 ああ――興奮する。

 僕は少女になりたかった。

 その夢が、願望が、叶っているのだから。

 何度経験しても、ぼくの「女の子になる」ことへの興奮はとどまることを知らなかった。

 はは、ああ、楽しい。おんなのこ、たのしい……!

 脳がとろけてしまうような興奮と快楽のエネルギー。それは閃光となって、バトンの先にはまったひときわ大きな宝石に収束する。

 ピンクの光が周囲を照らし――刹那。


「キューティ☆ドロップスター!」


 ――爆裂した。

 収束した光の塊――魔力が、極太の光線となって幸運で哀れな魔獣の身体を包みこむ。

 同時に、頭の中が真っ白になるような快感を覚える。

 かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい――。

「んあ……っ」

 喘ぎ声が漏れ――。


 次の瞬間、魔獣は爆発した。

 爆風。四散する魔獣の身体は光の粒になって、空気中に溶けていく。

 ぼくは疼く身体を鎮めるように、ふぅーっと息を吐いて、ニコッと微笑んだ。

「わたしはまだ、女の子でいたかったの。今度は邪魔しないでね、魔獣さん」

 そして、花弁が散るように仮面は剥がれた。

 少女の姿から、大人の姿へ、男の身体へと変貌していく。

 ――僕の、本来の姿へと戻っていく。

 可愛らしいピンクのフリルミニドレスはただの黒いパーカーに。

 ピンクのツインテールはぼさぼさの真っ黒な短髪に。

 女の子らしいブーツも目立たない男物のスニーカーに変わっていき。

 幼く可愛らしい顔も、どこにでもいる地味なメガネの青年のそれへと変わって。

 視点が身長百八十二センチメートルのそれへと完全に戻ったとき、魔法が解けたことを実感する。

 ひどい虚無感に、僕はため息を吐いた。

 変身している時の、熱に浮かされたような「かわいい」への衝動的な興奮。その反動からか、変身を解いた後は賢者タイムのような状態に陥るのが常である。

 僕は軽く舌打ちして、地面に倒れ込んだ。

「はは、もう動けないや」

 ミカちゃんの姿になってユリちゃんたちの前に戻るのは、少し後でもいい。何故なら、疲れ切ってしまって、それどころじゃないから……。

 小鳥のさえずりを聞きながら、木々のざわめきと共に、僕はしばらく目を閉じることにした。


「ミカちゃん、だいじょうぶ? ……あ、先生っ」

 意識が落ちる直前に聞こえた声は、すぐに記憶の彼方へ消えていった。

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