第15話 修行世界2

 場所が切り替わるのは一瞬だった。

 気が付いた時には俺は戦場ではなく、普通の部屋に居た。

 いや、普通というには少々豪華絢爛か?


 俺は装飾の施されたベッドの上に寝かされていた。サイズは大人二人が寝ても余裕がありそうな大きなベッドだ。

 装備品は此処に来る前の元の物と同じで、腰に剣を携えているためベッドで寝ている状態は違和感がある。


 周りを見回すと、備品がいくつかあり、円形のテーブルとその上には本が積み上げられている。

 テーブルの近くには本棚があり、そこにはぎっしりと本が並んでいた。

 他には全身を確認できるような大きな姿見と、クローゼットもある。


 この部屋には魔道具と思われる水晶が天井に複数浮かび上がっており、それが証明となっている。

 窓は見当たらないため時間は不明だ。


 貴族の寝室……という感じだ。それぞれがそこそこ大きな面積を有しているのだが、それでもなお余裕のある広々とした部屋である。

 とはいえ、『修行世界』と銘打つにしては日常的すぎる部屋なのは間違いない。



 ステータスを確認すると、鍛錬の時のように残り時間が表示されている。残り24時間弱……まだまだ余裕があるな。


 俺はとりあえず、部屋の確認を始めることにした。




 テーブルや本棚にある本はどうやら、戦闘に関する物らしい。武術書や魔法書、魔物の情報に一般的なスキルの説明などなど。

 直接的にしろ間接的にしろ、戦闘に活かせる知識を蓄えられる物がここに置かれているようだ。著者は不明である。


 誰が用意したんだろうか? やはりギフトを与えてくれた神様か? とすると著者は神様? 普通に現実世界に存在する物を引っ張ってきているのかもしれないか。


 クローゼットの中には俺が着て来た装備が数セット収められていた。剣なども入っている。


 あとはベッドから隠れるような位置に隣の部屋があり、そこがキッチンになっていた。貴族の家にしかないような冷蔵庫もある。

 冷蔵庫の中を確認すると卵・肉・野菜などの一般的な食糧が入っていた。

 食器が入った棚や調味料が入った棚などもある。



 あとは扉……か。


 この部屋には一つだけ扉があった。ちなみにキッチンと部屋の間には扉はなかった。


 部屋の探索も一通り終わったことだし、俺は扉の奥を確認してみることにした。これまでの生活感溢れる部屋の様子からして、俺の予想ではトイレや風呂などがこの先に続いているとみている。




「――これは……」

 そこは、現実とはそう変わらない様相だったさっきの部屋と違い、全く異質の世界が広がっていた。


 何もない。扉を除けば何もないのである。備品どころか、壁や天井すらも。

 ただ地平の先まで白い床が広がっている。


 そんな世界の中心にポツリと俺と扉が突っ立ている絵面だ。


 とはいえ、変化はある。

 ステータスに表示されている〈修行世界〉の項目には〈仮想敵リスト〉というのが追加されており、そこにはズラリと名前が並んでいた。


〈仮想敵リスト〉

 ・ガザード

 ・フェデル

 ・フィオナ

 ・ミルド

 ・ガッド

 ・ゴブリン剣士ソードマン

 ・ミリア

 ・フィン

 ……エトセトラ。


 どうやら、俺がギフトを手に入れてからこれまでに出会って来た相手が表示されているらしい。ギフトを手に入れる前も含めてくれれば良かったんだけどな……。


 まあ、そんな愚痴を零しても仕方がない。


 この並びを見るに、このリストは強い順で上から表示されていると考えてよさそうだ。

 上の方はC級冒険者や準C級のゴブリン剣士が表示されているが、下の方になると受付嬢のフィアさんや通常のゴブリンの名前などがある。


 ガザードというのは俺が冒険者として登録した際、俺の実技試験を担当した相手である。

 森の異常をギルドに報告した際、偉そうな中年の男が真っ先に森の調査を依頼していた相手でもある。口ぶりからして相当信頼されていたことが窺えた。

 このリストの法則から考えると冒険者の中でも相当強い相手だったらしい。



「今の俺がどれだけ通用するか試してみるか」


 俺はそう考え、『ガザード』を選択した。


〈仮想敵:ガザードを召喚します〉


 少しすると俺の目の前におっさんが出現した。俺は剣を構えて臨戦態勢だ。


「――消えたッ!?」


 瞬きすらしていなかったのに、視界の中心に捉えていたはずのおっさんが突如として消えた。



 数瞬後、背中に衝撃を感じたと思った俺は――ベッドの上で寝かされていた。


〈回復が完了しました〉


 という通知が流れる。


 ――は? 一体どういうことだ?


 ……まさか、あの一瞬で俺は死んだのか?


 少ししてようやく理解が追い付く。

 死亡することが無いこの空間だから生きているだけで、実際に俺が手加減なしのおっさんと戦ったらああやって即死するってことだろう。



 残り時間を確認する。


「死んでもすぐに生き返れるってことか」


 おっさんを召喚した時から残り時間の変化はほとんどなかった。

 回復の間に結構な時間が経過しているということはなさそうだ。


 そして、面白いことも分かった。


 ここに来る前から受けていた〈ダメージを受ける100HP〉という鍛錬が達成されている。

 この世界では経験値を獲得出来ないだけで、鍛錬の達成とそれに付随するステータスアップはできるということらしい。


 これはいいことだ。現実世界では時間を経過させずに、鍛錬を達成することが出来る。

 門で待機している間に鍛錬を熟していたとはいえ、剣の素振りしか完了できていなかったしな。


 俺は現状希望の見えていない対ガザード戦は一旦保留することにし、鍛錬の達成を目標とすることにした。


 ・腕立て伏せ1000回

 ・ランニング10km

 ・本を読む60分

 ・料理を作る3回


 の4つを新たに完了させ、力・敏捷・魔力・器用のステータスが1ずつ上がった。

 ステータスが上がっている影響もあって2時間と少しで終わった。

 この世界では腹が空くことも膨れることもないようで、いくら食べても満腹感を得ることはなかった。

 とはいえ、味は普通に感じられるようだが。


 さて、


 ・剣の素振り1000回

 ・魔物を倒す50体

 ・MPを使う100MP


 の3つはここに来る前に達成済みとなっているので、現状残されているのは、


 ・魔法を受ける10回

 ・同格以上の敵を倒す1体

 ・初級鍛錬を全て完了する

 ・週替わり ダンジョンを攻略する


 の4つとなる。

 このうちダンジョンの攻略はこの場での達成は出来なさそうなのでスルーだ。


 他のメニューについては達成の目処が付いている。


 俺は白い空間に移動して〈仮想敵リスト〉を開いた。

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