第5話 上位種さん初めまして
「996……997……998」
日が出て間もない時間帯。
俺は庭で剣を振っていた。
鍛錬メニューのためだ。
結果から言うと、鍛錬メニューは朝起きたら全て戻っており、再び出来るようになっていた。
寝たからなのか、一定の時間になるとリセットされる仕組みなのかはわからないが、とりあえず毎日できそうでよかった。
「999……1000!」
〈鍛錬:剣の素振り1000回を完了しました。報酬として技術1が与えられます〉
「さて、次はランニングだな」
俺はランニングの鍛錬を開始し、外に出る。
あとは腕立て伏せと被ダメージの鍛錬が残っているが、どうするか迷い中だ。
今日は昨日よりも危険度の高い狩場に行くつもりなので、ダメージはそっちでいいような気もする。
腕立て伏せはどうしようか。あれダントツで疲れるから一日の初めにやりたくないのが本音なんだが。
もうちょい制限時間が緩かったら、朝と夜に分割してやるとかができるんだけどなー。
とはいえそんな贅沢を言っていても仕方がない。
「今日はとりあえず先に済ませるかー」
俺はランニングが終わったら腕立て伏せをしよう。そう決めて走り続けた。
昨日はすぐ寝てしまったので確認できなかったが、もし『鍛錬メニューを全て達成した後、一定時間が経過するとメニューが回復する』という法則だった場合、夜に後回ししてしまうと勿体ないからだ。
法則が未だに分かっていない以上、色々検証していこう。
〈鍛錬:ランニング10kmが完了しました。報酬として敏捷1が与えられます〉
〈鍛錬:腕立て伏せ1000回が完了しました。報酬として力1が与えられます〉
「ふう……昨日よりはマシだな……」
鍛錬が完了した俺は、汗を拭いて水分を摂取する。
昨日は一日ゴブリンと戦った後の鍛錬だったのと、今日は昨日と比べて鍛錬報酬の力1が増えている分、多少だが楽になっていた。
「――さて、それじゃあ行くか」
朝の鍛錬が終わったあと朝食を済ませた俺は、装備を整えて出発する。
目的地はゴブリンの森だ。F級のうちはパーティを組まずソロで活動するつもり。
◇
「――ギギィ!」
俺は今6体ほどのゴブリンに囲まれていた。
昨日決めた通り、昨日より奥の方へとやって来たのだが、目論見通りゴブリンの数が増えてくれた。
だが、数が多かろうと所詮はゴブリン。力のステータスが上がった影響か、今の俺なら一発でゴブリンを仕留めることが可能だ。
俺は一発も被弾することなく、次々とゴブリンを倒していく。
これじゃせっかく開始した被ダメージの鍛錬が全然進まないじゃないか。これじゃ念のため腰巾着に入れて来た毒薬に出番が来るんじゃないか? なんて考えていると、
「おいまじかよ」
――ギギィ……と、ゴブリンの鳴き声がさらに増えた。
とはいえ、相手はただのゴブリン。倒すことは余裕なのだが――
「これじゃ剥ぎ取る暇がねえぞ!」
剣を振りながら愚痴を溢す。
森の奥に行くとこんなに数が増えるのか……!
ここまで奥に来る経験は初めてであったため、想像していた以上の数に吃驚する。
「くそ、キリがねえ!」
十体、二十体と倒しても次々と湧いてくる。
――森の奥とはいえ、ここまで湧いてくるのが正常なのか……?
「――ッ!」
〈ダメージを受ける12/100〉
数に圧され、背後から攻撃をもろに喰らってしまう。
「ハッ、ようやくダメージを与えられてよかったな、クソゴブリン!」
俺の中に湧いてきたのはダメージを受けた恐怖心ではなく歓喜だった。
鍛錬が進んだからか、初めて戦闘らしさが出て来たからなのか……それは分からない。
だが、昨日十数体のゴブリンを倒した時よりも、感じる愉悦は遥かに大きくなっていた。
〈ダメージを受ける16/100〉
〈ダメージを受ける21/100〉
〈ダメージを受ける24/100〉
『レベルが4から5へ上がりました』
『スキル『剣術』のレベルが上がりました』
レベルが上がる。ステータスを確認する暇はないが、レベルアップの影響によって大量のゴブリンに対処しやすくなっていた。
徐々に増えて行った被ダメージも、ピタリと上昇を止める。
ひたすら湧いてくるゴブリンの増加も緩やかになり、残りの数もどんどん減っていく。
――あと少しで終わる。
そう考えた次の瞬間。
「ガハっ――!!」
〈鍛錬:ダメージを受ける100HPが完了しました。報酬としてHP10が与えられます〉
――何が起きた……!
背中の痛みと一瞬でHPの過半数が削られたことだけを理解した俺は、その衝撃で宙を浮遊しながらなんとか衝撃がした方向へと向き直る。
「――グヒィィッ!」
それは、下卑た笑みを浮かべるゴブリンの上位種であった。
――デカい。
それが俺の第一に出た感想であった。
通常のゴブリンが俺の胸ほどまでのサイズなのに対し、コイツは俺より二回りほど大きかった。
武器はゴブリンらしく棍棒なのだが、通常種に比べて棍棒のサイズもけた違いだ。通常ゴブリンほどの棍棒を片手で持っている。
状況を整理する。
俺の目の前にはゴブリンの上位種。殴り飛ばされた影響で距離は少し離れている。
他には通常ゴブリンが三体。右に二体、左に一体居る。上位種よりは距離が近いが、今は剣の間合いの範囲外だ。
――逃げれるか?
そう考えるが、『無理だな』と即座に否定する。
そもそも奴は乱戦の最中だったとはいえ、索敵範囲外から俺の背後に気付かぬ間に現れて攻撃してきた。
後ろに対する意識が向いていなかった僅かな時間でそこまで距離を詰められたということだ。敏捷においても奴の方が高いだろう。
そんなことより。
目の前に集中しよう。
逃げることなど考えない。それに費やす思考があるならば、如何に目の前の奴を倒すかに全てを費やせ。
こいつはここで俺が殺す。
HPは恐らく半分を切っている。次に奴の攻撃をまともに喰らえばそれでおしまい。
――面白いじゃねえか。
この危機的状況もおいて、恐怖も痛みもなく、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。
――集中
援軍が到着する前に、こちらから仕掛ける。
上位種に対して、少し左に曲線を描くように距離を詰めていく。
左に居た一体のゴブリンをすれ違いざまに切り伏せ、勢いを落とすことなく上位種に詰め寄る。
「――はあッ!」
「グヒヒ――」
縦に振るった剣が上位種の棍棒によって弾かれる。
「――ヒィ!」
次いで仕掛けて来た追撃を紙一重で躱し、流れのまま胴体に斬撃をお見舞いする。が。
――ガキンッ
まるで鉄の如き肌によって防がれてしまう。
――ブンッ
返す形で迫ってきた棍棒を身を屈めることで躱し、もう一度同じ場所へ攻撃する。
俺の優位性は知能と技量。こいつの動きは存外単純だ。
その単純な動きを読み、躱し、その間に攻撃も入れる。
弱点を突ければそれが理想だが、隙が大きくなれば回避に失敗し、死ぬことになる。
上位種の攻撃を避け、狙いやすい場所に攻撃する。
これが俺の感覚に基づいたギリギリ。これ以上を狙えば多分死ぬ。
上位種は棍棒のみならず、蹴り、拳などを駆使してくるが、読みと反射と直感によってそれらを回避する。
上位種と至近距離で離れずに戦っている現在、通常ゴブリンによる横やりはない。
上位種の攻撃はなかなか大振りなため、巻き添えを喰らうことを恐れているのだろう。
『スキル『回避』が手に入りました』
『スキル『体術』のレベルが上がりました』
スキルが増え、体術のスキルレベルが上がった。おかげで多少だが避けやすくなる。
「――ガァァ゛ッ!」
上位種は咆えると、攻撃を止めて俺から距離を取った。
自らの攻撃が全く当たらないこと、徐々にだがHPが削られていることからだろうか。
「「ギギィ!」」
待ってましたと言わんばかりに、ゴブリン二匹がこちらに迫ってくる。
なるほど、一度目と同じ、俺がゴブリンと戦ってる隙に攻撃しようとしているわけか。
「……ィ?」
一振りで二匹を屠り、上位種を見る。
「たかだか二匹で隙を作れると思ったか?」
あとは持久戦に持ち込むだけだ。
そう考えて、上位種と距離を詰めようとした瞬間――
「――ガハァ゛ァァァ!!」
上位種がこれまでとは違う、森中に響き渡るような大きな咆哮を上げた。
「てめえ、何しやがった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます