第9話 シア先生

「お邪魔します」

 俺はシアの家にやってきていた。

 シアが使っていたという魔法書を貰うためだ。


「どうぞどうぞ……お父さんとお母さんは今仕事で居ないので気楽に上がってください」

 などとシアは言っているが、家主が居ないからと人様の家に上がりこんで気が抜けるものでもないだろう。

 そもそも友達など居ない俺は他人の家に上がり込むという経験が皆無だ。緊張しない方が無理な話だろう。


 ジャイアントゴブリンと対面していた時の方が興奮状態であった分、気楽だったかもしれない。


「ここが私の部屋です……あっ、ちょっと待っててください!」

 シアに案内されるまま、彼女の部屋に入ろうとする。が、直前で慌てた様子の彼女に止められてしまったので、部屋の前で待つ。


「――ふう、ごめんなさい。もう大丈夫です、シュウさん入ってきてください」

 少しすると扉が開かれ、部屋の中に招かれる。




「これが私の使ってた魔法書です。これは魔力操作のことしか書いてないんですが、魔力操作についてはとても丁寧に書かれているので、魔法への理解を高めるにはこれが良いと思います!」

 なるほど。なんだかんだで基礎は一番大事だもんな。

 剣術においても、剣の振り方は勿論大事だが、それよりも足運びがちゃんと出来るか出来ないかで大きく変わる。そんな感じだろう。


「へー、なるほどな。この本にある分を習得するのってどれくらいかかるものなんだ?」

 聞いてみる。


「うーん、その人の才能次第ですかねー。早い人なら一週間くらいで、遅い人だと半年以上かかることもあるって聞きました。

 魔法使いの間では属性の付与まで含めて一ヶ月以内に出来なかったら才能がないから止めた方がいいってよく言われますね。

 ちなみに私は回復魔法を初めに覚えたんですが、この本を買ってもらってから一週間でスキル取得まで行ったんですよ!」


 最後の方はどやあと言った様子で教えてくれるシア先生。

 シアの話が本当なら、彼女は天才という奴なんだろう。そもそも魔法使いは天才が多いと聞く。

 魔法書に多額の金がかかることもあって、才能がなければ早々に諦めて他の職業を目指した方がいいとされるからだ。


「すげえな。俺はステータスの傾向から察するに才能がないかもしれないから、シアの優しさを無駄にしてしまうかもしれん」

「いえ、習得しようと頑張った努力はいずれ役立つはずです! 母の話では、魔力操作は魔法以外にも応用が利くらしいので」


 と言って励ましてくれる。まあ、俺のギフトの関係上、使えるようになった方が効率がいいから諦める気など更々ないが。


「私はちょっとお茶を入れてくるので、これを読んで待っててください!」


 と言って、魔法書を渡してくれる。物欲しげな視線をしてたのがバレてしまったかな。

 あまり卑しい奴だと思われても良くないので気を付けよう。


「ありがとう」と言って、お茶を入れに行ったシアを見送り、鍛錬『本を読む60分』を開始してから、本を読み始める。


 ――集中。


 スキルを駆使しながら読み進める。


 内容は体内の魔力構造から始まり、魔力の感じ方、体内で魔力を動かす方法、大気中の魔素を吸収しMPにする方法などが続いていた。

 人は無意識に呼吸によって魔素を吸収し、MPに変換しているが、これをより効率的にする方法だそうだ。


〈鍛錬:本を読む60分が完了しました。報酬として魔力1が与えられます〉

『スキル『速読』を取得しました』


「……あ」


 スキルを取得した音によって気が付く。

 シアがお茶を入れに行っている間少しだけ読むつもりだったのに、いつの間にか60分以上経過してしまっていた。


「あっ、気が付きました? シュウさん全然反応ないからビックリしましたよ。凄い集中力ですね」

「申し訳ない」


 シアは机を挟んだ対面で読書をしていた。入れてくれたらしいお茶は冷めてしまっているだろう。


「ふふ、その集中力は魔法使いにおいて大事な能力ですよ。意外とシュウさんは魔法も向いているのかもしれませんね。何かわからないところなどはなかったですか?」

 責めることなく、むしろ疑問を解決しようとしてくれる。なんて優しい子なんだろうか。


「書かれている内容は把握出来たけど、実際に出来るかどうかは分からないな……ちょっと試してみてもいいか?」


 魔力操作だけなら危険がなく、部屋の中での修練も可能だと書いてあったので、シアに聞いてみる。


「いいですよ」

 俺はシアの了承を得た後、試す。


 まず、魔力を感じる方法。これはより濃い魔力に意識を向けるのが一番だそうだ。

 この部屋で言えば、シア。


 俺は『集中』スキルを駆使しながらシアに意識を向ける。魔力を感じることにおいて視覚は必要ないらしいので、眼は閉じる。

 シアの呼吸、シアの気配、シアの体温までも感じることが出来るが、魔力らしいものは分からない。


「出来ないな……」

「最初はそういうもんですよ。……あ、ちょっと触ってもいいですか?」


 シアから飛んできた提案を意図は分からなかったが、俺は了承する。


「――!」


 身体の中にが入ってきているのを感じる。そして器に入りきらなくなったは溢れるようにして俺の呼吸と共に身体から抜けていく。


「まさか、これが魔力か……?」

「はい。私のギフトでちょっと干渉しちゃいました。やるのは初めてだったので出来るか不安でしたが、シュウさんが受け入れてくれたのもあって出来たみたいです」

「シアは凄いな。一度知覚出来たからなのか、さっきまでとは違ってしっかりと魔力を感じることが出来る」


 それと同時に分かったことがある。シアの回りにある魔力の流動だけが非常に穏やかだ。まるで彼女を好んで魔力自らがシアに引っ付いてるかのように。


「おお、おめでとうございます! 第一フェーズクリアですね。次はその魔力をどうにか動かすことですね。ちなみにこれは結構才能に依存するので難しいですよ?」


 その後も彼女は練習に付き合ってくれ、気が付けば夕方になっていた。

 俺のギフトについて詳しく説明を行うと、補助魔法の重ね掛けをしてくれ『魔法を受ける10回』を達成して抵抗のステータスが1上がった。シア先生には本当に頭が上がらない。


「おーいシアー、回復魔法をかけてくれー」

 なんて声が家の外から聞こえてくる。


「あ、アレスが来たみたい……また怪我してるみたいなので回復してきます」

「ああ、もう夜になっちゃうし俺は帰るな。今日は本当にありがとう、シア先生」

「はい、分からないことがあったらいつでも聞いてくださいね。ギフトについても私に出来ることであればお手伝いするので」


 なんて言葉を交わしてから俺は家を出た。


「あれ、シュウ? シアの家で何してたんだ?」

「魔法の練習よ。シュウさん魔法にも興味があるらしくて、本屋でばったり会ったからその流れでね」


 家の外で待っていたアレスに当然の疑問を抱かれたが、シアが説明してくれる。

 状況的に見たら今日出会ったばかりにも関わらず、家で遊んでいる年頃の男女という疑惑満載の状態だからな。

 ただ、普段のシアを知っているからなのか、アレスは疑うことなく信じてくれたらしい。まあ本当にやましいことなんてしてないけどな。

 魔法を学ぼうとしている俺には驚いている様子だったが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る