第4話 そして異世界転移する
まだ眩しくて目を開けられないが、どうやら異世界への転移が終わったみたいだ。胸は高まり口元は緩む。3人がどんな顔をするか楽しみだ。
光がおさまっていくと、目の前に広がったのは異国情緒あふれる町並みで、俺はそこに1人ポツンと立っている。
「あれ、みんなは?」
想像していたのとだいぶ違う。不安で辺りを見回すが、安心できる物は何もない。逆にこの世界の異質さに怖じ気づいた。
まず目につくのが、浮かぶ太陽は割れていて、空は赤く染まっている。それは夕日のような美しさはなく、暗く陰湿な赤色で、建物の白を浮き立たせている。それだけじゃない。空気は重く息苦しいし、悲鳴が
「えっ、あれって巨人?」
人でない者もいる。その巨人は六つの目をもち、建物の何倍もある体で、ゆら~りゆらりと町の中を歩いている。混沌と調和がとれているというのか、行き交う人々は気にもとめていない。
「こんな所に3人はいるんだ……凄いなぁ」
腰がひけてしまう程、奇妙で恐ろしい世界だけど、興味がつきない。他に何かないかと手前に視線を戻すと、そこに少女が1人立っていた。両手両足をハの字に開き、大きな瞳でこちらを見てくる。この女の子は……もしかして。
「ハ、ハル兄ちゃん?」
「あああ、ウソだろ。こんなに大きくなって……エマ」
このイントネーションと音色に聞き覚えがある。別れた当時は5才なのに、絶対に間違えじゃないと分かるんだ。この子はいっつも後ろをついてきた妹のエマだ。あの可愛いエマがそこにいるんだ。熱いものが込み上がり駆け寄って両手を握る。互いにギュッと痛いくらいにだ。
「8年ぶりだな、エマ。会えてうれしいよ」
「……ううん、8年どころじゃあないよ」
「そ、そうだな。厳密に言えばもっとだもんな……うん」
小さかったあのエマが、こんなに大きくなっている。空白の時間に戸惑うけど、この笑顔は嘘じゃない。俺たちは家族だ、離れていても切られる事はなかったんだ。
「ハル兄ちゃん、どうしてここに?」
「ああ、女神様の計らいでね。これからは4人で暮らせるんだよ」
俺の答えに、エマは大きく息をのみ小さく揺れている。それに俺は強く頷くと、涙と笑みで返してきた。
「そうだ、父さんたちはどこ? 早く会いたいなぁ、きっと俺の姿を見たら驚くぞぉ」
何故かビクンとするエマ。握る手が緩む。
「あっ、あのね、ハル兄ちゃん……えっと」
『おや、これはご機嫌よう、エマ』
ゾワリとするしゃがれた声が、耳にまとわりつく。顔を上げるとすぐ目の前にさっきの巨人、それが顔だけで浮いていたんだ。
「オゴッ!」
俺のつまった悲鳴を、気にとめる様子もない巨人の首。大きさが10mはあり、6つの目がそれぞれ別の方に動いていて、その迫力に血の気がひき気絶しそうだ。本能で感じる絶対的な強者のオーラ。生き物として格が違う、俺との差はあまりにも大きすぎる。
「邪魔だ、去れ!」
だけどエマは、こんなバケモノにも怯むことなく言いはなった。それを見ていただけなのに、この場の緊迫感で俺の心臓は破裂しそうだ。
『おやー、面白そうなオモチャですねぇ。カワイイ……それ、私にくださいな』
バラバラだった6つの目が、一斉にこちらへ向いた。その視線の重圧に
『ふふふっ、
悪意のある笑い声。その恐怖で大量の汗が吹き出ているのに、寒気で全身が凍りそうだ。この巨人が話す一音一音に魂が削られていき、気が狂いそうになる。体中の細胞から助けてくれと信号が発せられている。……た、耐えられない。
だが巨人からの視線の間に、エマが入り遮ってくれた。
「去れと言ったはずだ。それとも逆に
凛と澄んだその言葉が、巨人の作った恐怖を打ち破る。再び六つの目が、めまぐるしく動き出した。
『おやおやー、私を誰だと思っているのですか?』
「ふん、目上の者への礼儀を忘れた愚か者だな」
『はぁ?』
2人の言葉と気迫のせいなのか、本当に空気が重みを増していく。木々は倒れ地面が割れ、近くにいた人達は失神している。俺も震えが止まらない。何処かの悲鳴が増えていく。聞きたくないと耳をふさいでも、どんどん近くにやってくる。
だけど突然、巨人の方が折れてきた。怒気を収めて頭を垂れている。俺は和らぐ雰囲気にほっとし力が抜けた。
『よっぽど大事なオモチャなんですね。……分かりました、お詫びとしてその者に〝レベル上限1〞を差し上げましょう、イヒヒヒヒッ』
バンッと黒い光が俺にあたり、無理やり体の中に入ってきた。
「うぎゃあああああああああああああ!」
体の中が引き裂かれるような痛みが走る。立っていられない程なのに、体を折ることさえできない。見えない力が、それを許してくれないんだ。
「くっ、ならば私は成長を見守りましょう」
『チッ!』
エマがそう言うと、今度は暖かな光が包み込んでくる。すると痛みが嘘のようになくなり、束縛も解かれた。巨人の表情が険しくなる。
『つまらない事を。では
「それはお前だけの物だ。奪われないよう持っていろ!」
またもや胸元に出現した黒い光。だけど今度は俺に当たることなく弾かれ、そのまま巨人にぶつかる。巨人のひとつの目玉がグリンッとまわり、血をボタボタと。
『おや、これは強すぎましたね。ふむふむ、少し弱めないとその者が死にますね。では、これでどうでしょう!』
「させません!」
致命的な出血なのに、巨人は終わらせない。それをエマは構え迎え撃つ。破裂音がいくつも鳴り、振動があらゆる方からやって来る。2人の間に何かが行われているが、2人は一切動いていない。音と震えだけが、その結果を教えてくれる。
『ヒヒヒ、どうです私の力は? そろそろ序列を見直して下さいよ』
今起こっていることが見えない、分からない、理解できない。……だけど分かる事がひとつある。それは。
「エマがイジメられている」
8年間離れて暮らし、やっと会えた妹なのに、目の前で化け物に攻められている。いくら怖いからといって、黙って見ていられるのか? 冷たくなった自分の手を見つめ自問する。答えは決まっている。
「やめろーーーーーーーーーーー!」
『ごふっ!』
足が震えている、それでもエマの前に出ていた。怖いと歯が鳴っていても、言葉がでてくる。化け物の視線に耐えられないのに、涙を流しながらも睨み返す。
「お、お兄ちゃん……」
「ば、化け物め、お、俺の妹に手を出すなあああ!」
俺の一喝でタイミングがズレたのか、化け物が一瞬グラついていた。だがその代わりに標的は、完全に俺へと固定されている。ええい、ままよ。
『チッ、やってくれたなぁ。ザコがああああああああああああ! さっさと滅しろ!』
「お前こそ、いい加減に消えなさい!」
『ごごっ? うごおおおおおおおおおっ!』
エマが言うと同時に化け物は、背後に出来た渦へと吸い込まれ跡形もなく消え去った。すると途端に、あれ程重くのしかかってきていた圧力がなくなった。人々もまた普段のように動きだす。
「た……助かったのか?」
安堵のため息をつき振り向くと、エマは眉をハの字に曲げていた。そして。
「ハル兄ちゃん……今の内に隠れてね」
「ん、エ、エマ?」
そう言うとエマはドンッと俺の肩を押し、もう1つ何かを言おうとしていた。俺が後ろに倒れながらも、必死にエマの手を掴もうともがく。しかし視界は暗くなり、闇が覆い被さってくる。光が小さくなる前に届けよと、ありったけの声で妹の名を叫んだ。
「エマーーーーーーーーーーーーーー!」
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