第5話 冒険の準備はいいか? ①

 爽やかな小鳥のさえずりで目が覚める。目に映るのは青々とした豊かな森。たしか俺は赤い世界で……。


「ハッ……エマは?」


 とび起き辺りを見るが、景色の変わりようにしばし固まる。あの世界で起きた危険な匂いが、ここでは全くしない。平和そのものだ。

 それにエマどころか、待っているはずの両親の姿すらないんだ。どちらの事も想像していた状況とあまりにも違い焦ってしまう。


「何が起こっているんだ?」


 この問いに答えてくれる人はいる。それは女神様なのだけど、ただいま爆睡中。俺の横でむにゃむにゃと、仰向けになり実に気持ちよさそうだ。あまりの豪快な寝顔に気がひけるけど、肩の辺りをゆすってみた。


『ふぁ~…………えっとなんだっけ? そうそうスキル授与だったね。始めるから力を抜いていてね』


「いや、待って。それより妹のエマはどこ? それとあの赤い世界はここじゃないの?」


『ふぇ、なんのこと?』


 詳しく話すその内容に、女神様はポカンとしていたが、あっと手を叩きうなずきだした。


『ハルトくん、それは夢だよ。転移酔いにやられたね、ははははっ』


 今度はこちらがポカンとする番。


「夢ってそんなはずないよ、エマは本当にいたんだよ。なんでそんな事を言うのさ」


『うーん、だってそこに僕は行ってないもの。一緒に転移したんだから、君だけ寄り道はあり得ないよ』


 その転移酔いがまだ残っているのか、視界が少しグラついた。


「言われてみればそうかも……」


『あははは、夢はよくある事さ。分かったなら授与を始めるよ』


 妙に納得できる話で気が楽になった。確かに現実離れした事だったし、それにエマを置いてきたのでないと分かってほっとした。親と一緒でこっちにいるって事だ。


 さっさと始めるこのマイペースな女神様にも、口もとが弛む。神様なのに寝ぼけていたし、色々と変な女神様だ。見ていてほっこりさせられる。

 今も女神様は器用に後ろ足で立ち、前足をモミモミの仕草をしているよ。


⦅スキル、鑑定を取得しました⦆

⦅スキル、言語翻訳を取得しました⦆

⦅スキル、アイテムボックスを取得しました⦆


「おおおお、すっげー! 必須スキルが完璧だあ!」


 異世界でコレがなくてはの、3大スキルがきたよ、コレ。気前の良い女神様のおかげで、言うことなしだ。次はいよいよ魔法の習得だと身構えていると、女神様の前足がピタリと止まった。


『あれれれ、いまのでBPボーナスポイント使いきっちゃったよ』


 瞳孔が開いた目で、口角が上がっている猫の姿の女神様。おっちょこちょいな所があるようで、俺は女神様にまた親近感を覚えた。


『数千ポイントもあったのに、全部失くなるんだもの、ビックリしたよ』


「あははは、使いすぎですよ。ちゃんとやり直して下さいよ?」


『えっ、出来ないよ? いま使いきったって言ったじゃないか』


「えっ、魔法は? こ、これで終わり? ってそんなのないですよね?」


 期待していた分ショックは大きい。貰えると思っていた8年ぶりのプレゼントが、〝もうないよ〞と消え去ったんだ。


 当然のようにしている姿に、不躾とは思うけど、ついガン見をしてしまう。それでもその瞳には何の曇りや迷いがなく、それどころか使いきった満足感を漂わせているんだ。


 その理不尽さに詰めよりそうになるけど、相手は神様なのだと思いとどまる。もしかしたら魔法を取るのに、もっと大量のBPがいるのかもしれないし、事情を知るのが先決だと思い、恐る恐る聞いてみた。


「ち、ちなみに女神様、魔法を取るのにいくらBPが必要なんですか?」


『えっと待ってね。全てレベル1でぇ……500だねぇ、魔力操作をいれると1000ちょうどかな』


 ……取れていた。余裕で魔法使いになれていた。3大スキルのどれかを削れば、魔法関係を取れていたって事だ。それについて言ってみても、女神様はポカンとしている。


『何言ってるの、三つのスキルは取っておかないと後々後悔する物だよ? 君もネズミたちの噂話とかを聞いてみたいでしょ?』


「う、噂話って。そんな事の為に……」


 この女神様の優先順位が分からない。思い描いていた異世界での活躍が、早くも崩れさってしまったんだ。


『まぁまぁそう落ち込まないでよ。ほら、初心者救済処置の〝木剣〞と〝Lv1限定ボーナス〞はあるから心配ないよ』


 聞くと同時に、手には木剣が握られている。いやいや、前にでて戦ってこと? 前衛なんて、体が不自由なこの俺には向いていない。半ば強制的で、これでは埒があかないよ。


「女神様、魔法を習得するにはBPがいるんだよね? そのBPを得るにはどうしたらいいの?」


『レベルアップすれば貯まっていくよ。でもさぁ、1000貯めるのも大変だよ?』


 戦えないのに、レベルアップをしろってそれはない。これはもうその線を捨てるしかないので、まずは両親に会って先の事を考える事にした。この世界に慣れた3人なら、何か良い案を持っているかもしれない。


「それじゃあ、もうスキルはいいので、両親のもとへ送って下さい」


『オッケー待ってよ。えーっと、んん、……あれれ? 嘘でしょ、ここは違う次元軸だわ。いったいどういうことよ?』


 聞き捨てならない事を言い出した。しばらほうけていた女神様だが、それからは飛んだり跳ねたり、唸ったりして必死になっている。頑張っているけど自信のない姿が頼りない。時たまこちらを見ては、ひきつった笑顔で『しーんぱーい、ないっさー♪』と言ってくるのが痛々しい。


 汗だくになるまで頑張った女神様は、とうとう諦めたのか項垂れ、ブツブツと独り言を言い出した。


『こ、こんなはずじゃあ……な、なんでなの』


「女神様、大丈夫ですか?」


『どうしよう、女神としての力が発揮できないんだーーーーーーー!』


「ちょ、ちょっとおちついて!」


 暴れ泣く女神様の背中をさすり、できるだけ優しい声で語りかける。すると徐々に静かになり、いま起きている事を話してくれた。


 女神様がいうには、魔方陣の歪みが悪さをして、女神様本体と今の化身の繋がりが絶たれたそうだ。それにより飛ばされたここも目的地とは別世界で、再度転移するにも女神様の〝女神パワー〞が足りなくて無理。唯一の望みは、そのパワーを貯める事が出来るのだけど、この俺がモンスターを倒すことで力になるらしい。


「えっと、そこは女神様なんだから自力でして下さいよ?」


『だってあの転移のせいで力が出ないんだよ。虫一匹さえも殺せないその分、ハルトくんとの繋がりが濃くなっているよ。もう君は僕の相棒、神のソウルメイトなのよ!』


「ちょ、ちょっと待ってよ。急にいわれても困るよ」


『ははは、女神パワーは消費し続けるから、どちらにしても採取は必要さ。それにゼロになったら死んじゃうしね、いやぁ転移で使いきらなくて良かったよ。と言うことで、しっかり頼んだよ、相棒』


 頭が真っ白だ。楽勝人生と思っていたのに、いきなりハードモード。女神様はマイペースだし、いまこそチートが必要だよ。




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