第6話 冒険の準備はいいか? ②

 開いた口が塞がらない。チートを与えてくれないのに、動かしたくても動かないこの不自由な体で戦えと言ってきている。


『あははは。ハルトくん、いつまでポカーンとしているの。舌が乾いてくっついちゃうよ』


 この能天気な女神様は当てにできない。でもこの人を頼らなければ、両親には会えないんだ。ジレンマに悶えるけど、選択の余地はない。とにかく親の待つ世界へ行くために、モンスターを狩ると決意をした。


「弱いの来い、絶対にスライム、ダメなら角のない兎でお願いだ!」


 そんな馬鹿な事を繰り返しながらモンスターを探していると、早くもゴブリンを発見した。弱くて有名な初心者ご用達のモンスターだけど、無闇に戦いを挑まずに、離れた草むらから鑑定をして敵の分析をする。


 ゴブリン

 Lv:1

 魔 力:2

 攻撃力:2

 防御力:2

 素早さ:2

 器用さ:2



『あははは、ゴブリン弱っ! その木剣で楽勝だね』


 女神様は笑い転げ、早く行きなよと催促をしてくる。だけどまだ自分のステータスを見ていなかったを思いだし、比べるために鑑定をかけてみた。


 名前:ハルト・サクライ

 Lv:1

 状 態:ボーナスタイム

 魔 力:300

 攻撃力:1

 防御力:1

 素早さ:1

 器用さ:1


 装備:木剣〈攻撃力+5〉


 スキル:アイテムボックス(New)、鑑定(New)、言語翻訳(New)


 …………なんだこりゃ。


 想像以上の貧弱さだよ。どう考えても勝てるビジョンが見えてこない。それなのに女神様は促してくるので、俺は小刻みに首をふって答えた。


「無理だよ、絶対に無理。ゴブリンの半分の能力しかないんだよ、絶対に勝てないよ!」


『えっ、たった1しか変わらないから、なんとかイケルって』


 見方が俺と違いすぎるこの発言に、冷や汗がでた。女神様の目論みは甘いと思う。だってこのゴブリンは、俺よりも2倍の力を持ち、2倍もタフで2倍早く動けるってことだ。普通に強敵だし、そんな相手に無策でいけだなんて無茶な話だよ。


『でもハルトくん、モンスターを倒さないと、ご両親の世界には行けないんだよ。ほら、ほら、ほらー』


 にこやかな女神様が押してくる。さすがに正気なのかと疑ってしまうけど、本当にまっすぐな眼差しで押してくるんだよ。そうなると逆に自分を疑ってしまう。これは俺なんかが見通せない、次元の高い作戦を持っていて、まずは動いてみなよと言っているのかもしれない。もしそうなら失礼になるので、その考えを聞いてみた。


『作戦? 相手は素手だし、こっちは剣があるから大丈夫さ』


「も、もしかして、それだけ? えっと、隠さなくていいんですよ?」


『ははは、隠していないよ、それ以外なにかあるの?』


「て、て……撤退ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 こんな危険な賭けにはのっかれない。俺は女神様をおいて一目散に逃げ出した。なりふり構わず猛ダッシュだ。相手の方が2倍も早いんだから、気づかれたらおしまいなんだ。




「はあっ、はあっ、はあっ、もう走れ、ない、はあーーーーーっ」


 足がもつれその場に倒れこんだ。ノドはカラカラで息をするのも苦しいが、追われていないようで安心できた。


 散々走ったせいか、お腹の虫もなりだして、今朝は何も食べていない事をおもいだす。

 すると何処からか甘い匂いがしてきた。匂いに釣られて行くと、そこには存在感たっぷりの大木があったんだ。


「でっかい木だなぁ。あっ、実がなっている!」


 匂いの正体はこれだった。丸々として柔らかそうな大きな果実。ジュルッ、見ているだけでよだれが垂れてくる。でも実がなっている場所は、全く手の届かない高さ。この不自由な体では、登るのは難しいな。


「はしご……あるわけないか」


 どこか採れそうな所はないかと見上げる。おっと、つい口を半開きにしてだらしないな。ひとりで笑いながら木の周りを一周しても、都合のいいのが見つからなかった。


 こんなに沢山あるのに、おあずけをされたら余計にお腹がすいてきたよ。そう愚痴っていると、その中の1つがもげて、ゆっくりと俺の手の中に落ちてきたんだ。偶然にしてもありがたい。思わずこの大木に会釈をしたら、なんだか枝葉の動きが『いいよ』って言っている感じがした。


「ははは、そんな事はないか。でも遠慮なく貰うよ」


 ガブリとひとくち頬張ると、味わった事のない美味しさが口の中で広がった。ねっとりとした甘さなのに、爽やかな喉ごし。まだ口の中にあるのに、もう次をかじろうとしてしまう。


「ハグッ、ハグッ……あっ、食べきったのか?」


 手についた果汁を舐めて余韻を楽しむ。旨さに心がとろけそうだよ。フルーツ自体ひさしぶりだけど、記憶の中の味と比べても、これにまさるものはない。あまりの幸せに放心し、へたりこんでしまった。


 だけど、ゴクリと喉がなる。体がもっと欲しているんだ。とりあえず種をポケットにしまい、どこかに実が落ちていないか探すため立ち上がった。しかし、その時自分の体の異変に気がついた。


「あれ、足が痛くない。いつもズキンとしていたのに……」


 この事態に体のあちこちを確かめる。動く、痛くない、後ろを見る事もできる。


「何が起こっているだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る