第2話 鬼畜家族

 まだ異世界転移を経験する前の事、俺があんな風になる前の事だ。


 この俺の名をつけてくれた両親は、妹と共にある日忽然こつぜんと姿を消した。


 失踪した理由はわからない。だってその頃の俺は、まだ小学校1年生だったんだ。誰に聞いたって、わからないの一点張りだ。それ以上、幼い俺には何もできなかった。

 そしておばさん夫婦に引き取られ、両親からは何の音沙汰もなく、8年の月日が経った。


 これまでの8年間が平穏なら、こうやって喋っていない。生活はつらく地獄のような毎日で、両親と過ごした日々とは違うのだと、引き取られた初日に思いしらされたんだ。


「うらっ! いつまでお客様気分なんだい、このガキは。ビシッとおし、ビシッと!」


「うぐっ!」


 おばさんの家に入るなり罵声を浴びせられ、持っている物は全て取り上げられ、そしてその場で燃やされた。連れてきたインコも同じ、泣いて抵抗すると怒ったおばさんはグシャリと潰した。そのショックで後はされるがままだ。またののしられ、叩かれ……面白半分で骨を折られた。何が起こったのかさえわからない。そんな事を何度もされているから、だいぶ前から歩きづらくなっている。


 この家では、お客様どころか奴隷のような扱いだ。まず家事は全てを押しつけられ大忙しで、遅寝早起きと働きづめ。


 それに『あんたは他所よその子だよ』と、食事は基本残り物しかもらえなく、娯楽的なものは俺だけ隠される。服だって同い年なのに、この家の子のおさがりばかりだ。完全に家庭内カーストの最下層に位置づけられ、いつも俺だけ腹ペコの極貧生活を過ごしているんだ。


 それに対して、おばさん家族は無駄使いが大好き。大食漢のクセに食べ残すし、物を使いきらずに平気で捨てたりもする。ただそれは俺へのイジワルで、拾わせようとわざと見える様にやってくるんだ。それを拾えば最後。散々笑らわれながら吊るされて、使えない様に踏み潰される。1回目で懲りた俺は、それからもう見ないようにしている。

 ただそうやって目をそむけていると、癇癪持ちのおばさんが、ここぞばかりにキンキン声で怒鳴ってくるんだ。


「なにサボってるんだい、このノロマ。バカ親にお前を押しつけられて、こっちは迷惑しているんだよ。バカの分まで恩を返しやがれ!」


 こんなおばさんの心ない一言に、俺はもう泣かない。泣くと一家3人で喜び、余計に虐めてくるんだ。

 特に息子の悪田組わるだくみ九頭男くずおはサイアクだよ。新しい物好きの爆食い肥満児で、イジワルな事に関しては天才的だ。どうしたら俺が嫌がるかを知っていて、今日も教室の片隅でみんなを呼んでボコってくる。


「おりゃっ、小便ちびって泣きやがれ!」


「うぐっ、がっ!」


「ぎゃははは。ハルト、鼻血の出し方が上手くなったな。だけど今は小便だ。それはちゃんと守れよ。うりゃ、みんなこれでどうだあー?」


「「あはははははーーー、サイテー」」


 血を流すたびに九頭男は喜び、特にギャラリーがいる学校だと、さらに張り切ってくる。それを周りは、いつもの見世物だとしか見ていない。誰も助けてくれる人のいないこの絶望感、何もかもが嫌になるよ。


「ハルト、この続きは家でだ。覚悟しておけ、ぎゃははははっ!」


 俺はサイズの合わない服をたくしあげ、何も言わずにいる。

 九頭男なんかに構うより、早く家事を終わらせたい。

 いま破れた服を直したい。

 古着を着させられるのはしょうがないよ。

 でも、みすぼらしいのは嫌だ。すこしでも小綺麗にしておきたい。

 そうしないと、心までボロボロになりそうだ。




「ママー、腹へったー。おやつちょうだい」


「おかえり、九頭男クズオちゃん。ほら、ハルト。ぐずぐずしないで早く用意をしな!」


 九頭男の良いところは、すぐ忘れてくれる所だ。たぶん栄養がそこまで行き渡らないんだと思うよ。そして悪いところは、また新しいイジワルを思いつく事だ。


「ボクチンの座布団どこだぁ。そうだハルト、おまえが座布団になれよ。人間座布団でボクチンのお尻を守れよ!」


 断るとおばさんが、発狂したかのように騒ぎ立てる。


「聞こえたでしょ、はやく寝転がりな!」


 ドカンと蹴られ、四つん這いになった所に、九頭男が容赦なくデッカイ尻で座ってくる。その衝撃に耐えきれず崩れてしまう。


「ぐはっ!」

「ふぅー、楽チン、楽チン」


 全体重をかけて、わざと尻を左右にふってくるから、動く度に肺から空気を絞り出される。息がつまり顔は充血してきて、苦しくて視界がせまくなる。

 すると九頭男がピタリと動きをとめ、間の抜けた声をだしてきた。


「むむむ、お腹のガスがボコボコと鳴っているよ、あ、あ、あ、出るーーー」


 ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!


「ふーっ、スッキリしたーん」


 背中で屁。一点への圧力、熱く湿った感触がこびりついて気持ち悪い。


「まあ、九頭男ちゃんは何でも豪快ね。それに引き換えこのガキは! おならをしてもらったのだから、礼のひとつでも言いなさいよ」


 上から雑誌で横っ面を叩かれる。

 不愉快な目に遭わされ、さらに頬骨にひびく衝撃。それでもじっと床を見て耐える。


「なんだいその目は! それにそのふっとい眉毛も、あー腹が立つ! どうやらいつものお仕置きが必要みたいだね」


 おばさんは、父さん譲りの俺の容姿が気に入らない。似ているとなじってきては、見るなと怒り、目をそむけるとナゼ見ないと金切り声をあげてくる。


「イエーイ、ママー。お仕置きタイムならボクチンもやるよ」


 2人に挟まれ、ビンタのラリーが始まった。今日はおじさんがいないだけマシだ。3人でやられると丸1日動けなくなる。


「はあっ、はあっ、これに懲りたら素直になるんだよ、この穀つぶし!」


 体力的なのと見たい番組が始まった事で、ようやくラリーも終わってくれた。


 俺もこのタイミングで、刺激をしないよう台所の一画にいく。ここが俺に与えられた唯一の場所。寝床であり、持ち物すべてを置いてある所なんだ。ここで布団を頭からかぶり、今日1日をふりかえる。……2人はテレビに夢中だな……よし。


「あーはっはっはっはー、今日もあの3人は無茶苦茶だったぜ。……でも、許す! うん、許してやるか。しょーがねーなー……」


 これが俺の日課だ。どんな酷い事をしてきても、許してやるって決めているんだ。それは父さんの口癖を覚えているからだ、


『ハルト、人を恨むな。そして物は大事にしろ。そうすれば人は必ず幸せになれる』


 くしゃくしゃな笑顔で、いっつも俺に言っていた。おぼろげな思い出だ。


 ものすごく痛いけど気にしない。痛みはいつかはひいていくから、恨み続けるなんてしないんだ。


 だから、俺はあの3人を許してやるんだ。でも……。


「だもさぁ、父さん……そろそろ迎えにきてよ。こんなにも頑張っているんだぜ。……おれ、もう限界、心がぐちゃぐちゃだよ」


 本当は許していないのに、歯を食いしばって感情をおし殺す、これが俺の日常だ。


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