第3話 異世界転移する

 俺の朝は早く、暗いうちに動き出す。というか、ここしか自分の時間が取れないんだ。

 まずは服や靴のつくろい物だ。おさがりの服だが、最近それすら貰えていない。今使っている物は、すべて破れては直すの繰り返しだ。

 たとえボロでも不潔なのはいやだから、丁寧にあらう。すると余計にボロくなる(泣)。まあその分、愛着がわいてくるからプラマイゼロだ。


 今日着る分が縫いあがり、袖を通して首からお顔をだすと、普段この家にないモノがそこにいた。


 赤いリボンをつけた黒猫が座っていたんだ。


 驚いたけど3人が起きてくるから、大きな声は出せない。それは俺にとっても、この猫くんにとっても望ましくないことだ。


「やあ猫くん、ここは君のお家じゃないよ。厄介ごとになる前に早く出ておいき」


 優しく言ったつもりなのに、この猫くんは目を細めてくる。


「うーん、食べ物が減るとうるさいしなぁ。ごめんよ猫くん、楽しいことは他で探してよ」


 すると理解できたのか、しっぽをピンと立ててきた。


『やっぱり君は優しい子だね。聞いていた通りだよ』


 知らない声がしたので、辺りを見回してみる。普段来客のないこの家、特に早朝なのだから、近所の人も来るはずがない。でも確かに声はした、はて?


『話しているのは僕だよ。ほら、目の前にいる黒猫だよ』


 まさかと見ていた猫くんの、口元の動きとセリフが合っている。


「えええええええええええええっ! あっ、ヤバッ」


 しまったと慌てて口をおさえたが、かなりの声量だったはず。隣の部屋の動きに耳をすます。…………ふぅ、起きなかったか。いまあの3人が来たらややこしい。怠惰な人達でよかったよ。こんな安堵する僕を見て、猫くんはうなずき笑っている。


『猫のこの僕が喋ることより、そっちが気になるんだね』


 始めは九頭男の、新しいオモチャかなと思ったけど、確実にこの猫くんは生きている。


「猫くん、君はいったい何者なの?」


 これに猫くんは澄ました顔。


『こうやって姿をかえているけど、僕は異世界の女神なんだよ。それでね、ここへきた目的はぁ、君を迎えにきたのさ』


〝迎えにきた〞その言葉に俺の心臓は破裂しそうだ。期待するのは両親。でも神様が迎えにきたなんて、別のお迎えも頭によぎる。


「そ……それは?」


 もし違っていたら俺の心は壊れるだろう。その覚悟が出来ていないのに、口にしてしまい、後悔で頭の中がぐちゃぐちゃだ。


『うん、異世界にいる君の父上と母上からのお願いだよ』


 女神様の答えに腰がぬけた。


「い、生きている? 父さんと母さんが?」


『ああ、待たせたねってさ』


 思いだせなかった2人の顔が鮮明になる。溢れるのは涙だけじゃない。体中があつくなり、猫の姿の女神様をギュと抱きしめていた。


『あははは、苦しいよ。そうだ、プレゼントがあってね、異世界転移の特典さ。チートを好きなのを選んでよ』


 幸運のオンパレードに狂喜する。俺は普段から夢みていた、魔法使いになれるようお願いをした。不自由な体だし、剣士なんかよりはよっぽど可能性があると思うんだ。


『おおお、ハルトくんそれいいよ。君にぴったりだ。いま見たら魔力値が既に300はあるよ!』


「それって?」


『ああ、凄い事だよ。勇者クラスで100前後、一般人なら10もいかないね。レベルが上がれば人外、いや、僕ら神にも手が届くかもよ』


 手に汗がにじむ。せんべい布団という悲しい現実の上で、非現実な話にふわふわ揺れている。


『ふむふむ、だったら全属性魔法習得と魔力操作のスキルがいいね。よし、これで向こうに着いたら、君は史上最強の魔導師になっているよ』


 今までの辛い生活とはまるで違う出来事だ。幸せすぎて涙腺が崩壊、ぬぐっても拭っても溢れる涙が止まらないよ。


「ぞうだ、妹、エマはどうじでいるの、元気に、じでいるのがな?」


『んんん、妹さん? ゴメン、それはちょっと聞いていないかな』


 それは残念だけど、向こうに着いたらすぐ分かる事。いつ行けるのか楽しみだよ。


『はっはっはー、今すぐさ』


「い、いまって今?」


 急な話に首を横に降る。学校もあるし、おばさんにも言わないとダメだ。その事を伝えると、女神様は猫の前足をポンと置いてきた。


『ハルトくん、この数日見ていたけれど、この一家は悪人だよ。これ以上関わらないほうがいいし、君の両親もそう願っているはずさ』


「そ、そうかな。うーん、でもなぁ」


 嫌な人達だったけど、仮にも8年間一緒に過ごしてきたんだ。何もなしっていうのはイケナイと思う。きちんと別れを告げて、自分にもケジメをつけるべきだ。


『ふふふ、君はいい子だね。だったら僕が悪者になってあげるよ。強制転移をやっちゃうよ』


「えっ!」


 女神様はそう言うと、なにやら呪文を唱え出した。するとゴゴゴーと大きな音とともに、光が地面から溢れ、床に模様を作り出している。

 これは俺でもわかる。魔方陣ってやつだ。俺は慌てて荷物をかき集めた。


『さぁこれが完成したら、目の前にはご両親がいるよ。準備はいいね?』


「あああああ、待って、荷造りがまだだよ」


 貧乏性な俺、持てるだけの荷物を抱え込む。


「コラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、ハルトうるさいぞーーーーーー!」


 怒号のする扉には、カップ酒を持ったおじさんと、不機嫌マックスのおばさん、それと股間の濡れた九頭男がいた。

 しかしこの異様な光景にかたまり、呆然としている。


「な、ななな、なんじゃこりゃーー!」


 ちょうどよかった、ここで別れの挨拶をしておくか。


「3人が見つかったんだ。俺はこのままいくよ。今までありがとう、じゃあな!」


 言えてよかったと、感傷に浸っている間に魔方陣はほぼ完成している。


「ゆ、許さないぞハルト。ボクチンの朝めしがまだだろうが!」


「あははははー、お前さっき食べただろ。少しは痩せないとその内死ぬぞ」


 いつものやり取りだけど、最後の忠告だと思って言っておく。それに九頭男の消費が減れば、地球の負担もだいぶ軽くなるはずさ。


「く、九頭男ちゃんを笑うんじゃないわよ! あんたは召し使いなんだから、勝手は許さないわよ!」


 おばさんは激高をし、床を踏み鳴らしているが、これに猫くんが鼻で笑い返した。


『ふふん、おあいにく様。ハルトくんの両親は大金持ち、逆にメイドを雇う身よ。それとあんた達の悪事は、各メディアにリークしておいたからね。たーんと報いを受けなさい』


 そう女神様が言ったすぐに、家のドアが派手にノックされた。ガヤガヤと大人数の気配がしている。


「〇✕テレビですが、この家の養子縁組されている児童の事で、お聞かせ願いたいのですが、よろしいですか?」

「週刊△▽です、虐待の映像の真偽についてコメントを!」

「少年は生きているのですか?」


 外の人は誰もが興奮した声だ。女神様を見るとニシシと笑い、動画投稿を何個もしてあり、バズっているのだと教えてくれた。俺に『上手いだろ?』なんて表情をして揺れている。数日間みてたって、これのためだったんだ。


「なななな、なんだこれは! こんな騙し討ち絶対に許さんぞ!」


 女神様はべーっと舌をだし半笑いだ。これにおじさんが大激怒し、カップ酒を投げつけてきた。幸いにも女神様には当たらなかったけど、お酒がこぼれて床を濡らした。


『あーーーーーっ! 魔方陣がーーー、ななな、なんて事をしてくれたのよ!』


 そう女神様が叫んだ瞬間、光は最高潮に達し、ビュンと体がもっていかれた。

 変なタイミングで、俺は異世界へと旅立ったんだ。


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