第8話 冒険の準備はいいか? ④

『だからー、世界樹の実は完全食なの。手足だって生えるんだから心配ないって』


 女神様のめちゃくちゃな言い分に、少し辟易してきた。一般人のこの俺が手足をもがれて、平気でアイテムを使えるなんて思えない。のたうち回って泣き叫び、出血死が関の山だ。それにステータスが同等になったとはいえ、野生と現代人との実力差は歴然だ。そこを分かって欲しいのに、理解できない様子なんだ。それでも俺を説得しようとしてくる女神様だけど、急にかたまり真っ青になっている。


『へ、へ、平家亀へいけがめだ! ヤバいのが来ちゃったよ』


 見るとそこには、甲羅の大きさだけでも6~70cmはある亀がいた。それがドシドシと音を立ててやってくる。


 平家亀へいけがめ

 Lv:7

 魔 力:6

 攻撃力:10

 防御力:20

 素早さ:1

 器用さ:1


 スキル:ヘッドバット、万年追跡(1万年たとうとも、しつこく追いかけてくる)


 ステータスを覗いて俺も凍ってしまった。今の俺からしたら化け物クラス。絶対勝ち目がない相手なのに、それが有無もいわさず襲ってきた。


「シャーーーーーーーーー!」


 咄嗟のことで初動が遅れたけど、相手の遅い動きに助けられた。華麗とは程遠い動きなのに、傷を負うことなく難なく避ける事ができた。これが能力差ってやつか。俺の想像以上にステータスが反映されている。


 そして気になるのが甲羅だ。平家亀はその名の通り甲羅に人の顔が浮き出ているんだ。しかもその顔は見覚えのあるもので、2度と見たくないと思っていた人物。いつもイジワルをしてきたあの悪田組わるだくみ九頭男くずおにそっくりなんだよ。


 ドタドタと走る姿まで瓜二つ。心なしか見下した目つきをしていて、亀としての愛嬌が全くない。そんなクズオ亀が、首を伸ばして噛みついてくる。いくら遅いとはいえ、バグンと耳に残る音は強烈で、本当に怖いんだ。それに避けた先にあった石を、いとも簡単に噛み砕いている。それが自分の足だったらと思うと背筋が凍りつく。


 こんなの相手をしていられない。踵を返し逃げたんだけど、走っても走っても一向に振りきれない。


『ハルトくん、追跡スキルのせいだよ。絶対に逃げられないようになっているんだ』


 そう言われても止まる気にはなれない。恐怖が足を前に出させる。しかし。


「い、行き止まり?」


 誘導されるように追い込まれた。横から逃げようとしても、クズオ亀はニヤニヤと笑ってそれを許さない。不意にあの教室でのイジメを思い出してしまった。囲まれ殴られ、逃げようとしても無数の手に引き戻される。そんな状況にそっくりだ。


「こっちに来てまでイジワルかよ! いい加減にしろよクズオ!」


 頭に血がのぼり大声で叫ぶ。この亀がクズオじゃないのは分かっている。でもこのクズオ亀のしつこさと、オリジナルの陰湿な性格が重なり、無性に腹がたってきた。


「やってやるよクズオ! どうせ追いかけてくるんだろ。ここでお前との因縁を絶ってやるよ!」


 木剣を構えすれ違いざまに、防御力の弱そうな手足や尻尾を狙っていく。ただ腐っても防御力20、鱗に弾かれて微々たるダメージしか与えられない。


「いや、これでいい。決してゼロじゃないんだ。いつかは命に届くさ!」


 早さでしか勝っていないから、手数勝負でいくしかない。そう信じて続けていると、クズオ亀が体勢を変えて構えてきた。


『ハルトくん気をつけて、スキルを使ってきそうだよ!』


 女神様の注意に助けられた。ノロマな亀とは思えない素早いジャンプでのヘッドバット。普通に対処していたら、初見なのでやられていた。それは早いだけじゃなく、実に特徴的で、ヘッドバットは本体の頭ではなく、甲羅の顔でやってきたんだ。視界いっぱいに迫ってくるクズオだよ。


「キモッ!」


 見慣れていても心臓に悪い。悲鳴をあげて避けると、クズオ亀は勢いそのまま転げていった。


「シャーーーーーーーーー!」


 太い木をへし折る威力、だけど失敗なのか覚悟してなのか分からないが、クズオ亀は仰向けになってもがいている。それと驚いた事に、裏にある甲羅にもクズオの顔が出ているんだ。

 ギロリと睨んでくるその顔は、自分の不利を理解できないのか、かかってこいよと挑発してくる。そんな傲慢なクズオ亀との戦いを終わらせるため、尻尾の方に木剣をぶっ刺した。と、ここだけはスルッと中まで入ったので、そこからは一気に中をグリグリかき回す。


「シャーーーーーッーーッ……ッ、ッッ」


 生唾をのみながら、逃げられないよう足でおさえ、抱えた怒りをぶつける。辺りに響くクズオ亀の断末魔は、段々と小さくなっていく。


「フゥッ、フゥッ、フゥッ、フウーーーーーーーー。お、終わったか」


 緊張していて肩の力が抜けない。だけどクズオ亀の生気のない目をみて、ようやく脳が理解してくれた。徐々に弛む筋肉に反して、胸の辺りに熱いものがこみ上げてくる。


「フゥッ、ツイていたよ。ああツイていたんだよ。非力な俺が格上を倒すなんて。フゥッ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺の中で弾ける物に反応し、有りったけの大声をあげる。だけど荒ぶる気持ちをおさえ、やることがある。勝った勝ったとそれだけで済ませてはいけない。


 勝てた要因を考えることが大事だよ。今回は相手の早さという弱点と、ミスによって勝てたんだ。


 やはり特筆すべきはステータスだ。特に低レベル帯での力の差は、そのまま勝敗につながりやすい。1と2の差は1ではなくて、2倍の能力差と考えるべきだな。

 これは低ステータスの俺にとっては、徹底的に考えるべき事だ。チートとは言わないが、せめてこの差を埋める手だてが欲しい。そう脳内での会議をしていると、女神様が寄ってきて楽しそうに話し出した。


『良かったねぇ、これで1ポイント貰えるね。ほら早くLv1限定ボーナスで、どれかステータスを補強しなよ』


 唐突な話に戸惑う。その限定ボーナスのポイントってなんですか?


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