第15話 再会
「……あ、起きたようね」
瞼いっぱいに広がる
しかし、俺に残っているのはよくわからないゴブリンが部屋にやってきたところまでだ。
「何があったんですか……?」
部屋を見渡せば、意識を失う前にいた部屋と同じだったが、部屋の中央に血痕があるのが見えた。それが『まぐわい』の結果によるものでないと思いたい。
「そう……ねぇ。貴方はどこまで覚えてる?」
「ジーン・ロロンと名乗る方が部屋に来たところまでは……何とか」
困ったような顔で問いかけてくる
「ゴトー、貴方はその女に襲われて気を失ったのよ」
「『襲われて』というのは、殴られたりとか……」
彼女は首を振った。信じたくない可能性が頭に浮かび、心臓がキュウと縮こまった。
「落ち着いて聞きなさい。貴方は性的に、襲われたの」
「……ひっ」
「と言っても、未遂ね」
「……あぁ、良かった……と、思って良いんですよね」
「えぇ」
先ほどから彼女は上げて落として上げてを繰り返して、わざと俺の心を揺さぶっているようだった。その証拠に彼女の口角が若干上がっている。
「貴方は無意識に抵抗して……それで相手は怪我を負って退散した。正当な抵抗。そうよね?」
「え、あ、はい」
彼女が背後の兵士に確認すると、彼は慌てたように頷いた。
なんだか反応が不自然だったが、追求してはいけないと俺の勘が言っている。
頑なに着替えを見せなかった友人の背中に虎が描かれていた時と似た感じがある。
「ただ、相手が悪すぎたのよね」
「……氏族、でしたっけ」
俺は耳に挟んでいた知識を口にする。氏族というのがゴブリンの国における貴族のような役割をしているらしい。軽く触れただけだが、貴族が一つの血統を継承するのに対して、氏族はもう少し広く、派閥のような面を持っているらしかった。
「正しくはその長ね」
「…………え……は?」
俺、もしかして死ぬのか。
派閥の一番偉い人を殴ったとなれば、運よく法的に裁かれなくとも、社会的に死ぬことになる。
いや、そもそも派閥の偉い人が一個人を性的に襲いに来るなよ。慎みを深く持っておけよ。お願いだから。
「まあ、それ自体はどうでも良いのだけど……」
「それは……どうして?」
軽くその事実を流した
驚く俺を見て、むしろ彼女の方が不思議そうな表情をした。
「龍を殺せるゴブリンをみすみす殺させるほど、私も馬鹿では無いわ」
彼女は冷えた瞳でこちらを見据える。
そこに秘められた感情が俺に向けられたもので無いと分かっていても、鳥肌が立ってしまう。
「面倒なのは、この国があの女による独裁状態にあることよ」
「……え?」
この国は氏族が居てその長たちによる合議制で回っているのではなかったのか。
「形だけは合議制を取っているけど、あの女の呪術で他の氏族長は骨抜きにされているのよ」
「呪術で骨抜き?」
「そうね、強力な魅了の呪術よ」
俺が意識を失っていたのはそのせいか。
……いや、待てよ。呪術で骨抜きにされていたなら、どうして俺は抵抗できたんだ。
そもそも抵抗……できていたのか?
「……続けるわね」
疑問を彼女に向けるがさらりと視線を逸らされて、急に不安になる。
本当に俺の貞操は無事だったのか?
「それで、放っておくと多分あの女は貴方にまた手を出すはず。それであの女は死ぬ」
「…………理由を聞いても?」
彼女は口を引き結んで考え込むと、床の染みを指差した。
「……貴方は……性欲が限界まで高まると、相手を斬り付けるようになるのよ」
「……なんで」
それに、先ほどと言っていることが明らかに違う。
「そんなこと、私に聞かれても困るわ。自分のことでしょう?」
ソファに深く腰掛けた彼女は、これ以上話すつもりは無いというように大きく首を振った。
なあ……ゴトー、お前、変態なのか?
それとも
苦悩している俺に、彼女は手を打ち合わせて場の空気をリセットする。
「後でまとめて質問には答えるから、とりあえず全部聞きなさい」
「……はい」
「このままここに居たら、ロロンが手を出して、あっちが死ぬところまでは説明したわね? ……あの女が死ぬと困るから貴方には謁見が終わればここを離れて貰いたいのよ。そして、その行き先は……なんとか私が手配するわ。貴方がするべきなのは、謁見の時に私の話に頷くことよ。分かった?」
「はい!」
早口で説明を終えた彼女に大きく頷いた。
「質問は?」
「はい」
小さく挙手する。
「手は上げなくていいから」
「すみません……ロロン、さんが死んだら困るというのは?」
不正な手段によって独裁を行なっている彼女が死んで困るというのが、少し納得いかなかった。
「多分、薄々分かっていると思うけど……ジーン・ロロンは色情魔なのよ」
その辺りはハッキリと分かっていた。
「……それで、あの女は国民全員と『交わる』ことを目的にしているのよ。本気で」
彼女は頭が痛そうな様子で言った。
それは……無理があるだろう。
「性行為に一番必要なのは健康的な肉体と精神でしょう?だから、あの女はこの国を牛耳って『民が飢えず』『心身の健康を保たれる』、その上で国民が減らないように『外敵に強い』。そんな国作りを氏族たちに指示したのよ」
私欲が奇跡的なバランスで良い方に転んで、善政となったらしい。
「お陰で頂点である氏族長は汚職に手を染めることは無いし、緑都に務める優秀な役人も掌握してるから、都心に派遣しても反乱の恐れは無いしで……皮肉なくらいに上手く回ってはいるのよ」
実質、彼女一人の力に頼って回っているということか……それは、逆に言えば彼女が居なくなったら立ち行かなくなりそうだ。
まあ、俺が心配することではないか。
「もう一つ、聞いて良いですか?」
「……なに?」
「
彼女は怪しいくらいに俺に親切だ。こうして謀略に巻き込まれないように手助けをしてくれている。
それは、俺を戦力として頼りにしてるのだと考えても、彼女が頑なに名前を教えない理由が気になった。
「そういう言い方をするってことは、完全には戻っていないのね」
「……っ」
彼女は俺の記憶が失われているのを知っている、ということか?
「細かい話は戻ってからにしましょう」
そう言うと彼女の顔は引き締まり、背後の軍人は空気が変わったのを感じたのか強張った表情になる。
「少し外に連れていくけれど、問題ないわよね?」
「ぅ、はい」
◆
彼女に連れられて、城の中を歩く。
「これから、あなたのことを教えてくれた知り合いに会わせるわ。身分は高くはないから、緊張しないで良いわよ」
そんなことを言われても、緊張しないなんてことは不可能である。
彼女は俺を見て苦笑し、廊下に並んだ扉の前で足を止める。
疑問を伝えるように彼女の顔を見上げると、
「私はここで待っているから」
「そう、ですか」
少し心細いが、これは必要なことだろうと思いながら、俺は扉を開いた。
その先は談話室のような部屋になっていた。複数のテーブルがあり、ゴブリン達が会話をしていた。
俺はどのゴブリンが知り合いかと見回していると、俺の姿を見た二人のゴブリンがテーブルから立ち上がり、こちらに歩み寄っていく。
「ゴトー……か?」
茫然とした様子で声をかけてきたのは、二人のゴブリンの内少し小さい方だった。声からして男ゴブリンだと分かった。
服の隙間から見える腕や脹脛の筋肉が凄い。マッチョゴブリンだ。
その隣には怪しい笑みを浮かべる可愛いゴブリンが居る。こちらは心なしか、
「……あぁ、俺はゴトーだ、がっ」
質問に頷いた途端にタックルを喰らって驚いたが、どうやら抱擁されているらしい。
「……お……ごとぉおぉお!よかったぁ!!ごとぉ!戻ったんだなぁ」
抱擁されたまま、バシバシと背中を叩かれて結構痛い。
彼は泣いているようだったが、俺の方は彼のテンションに付いていけない。
俺はこれ以上彼らの期待が重くならない内に記憶が失われていることを告げることにした。
「……実は俺、記憶が無いんだ。だから、二人のことも覚えてないんだ」
「おう、聞いてるぜ!」
俺の心配は取り越し苦労だったようだ。
「先に自己紹介しましょうか。私のことはレイアと呼んでください。こちらはゼル、現在は軍人をしています」
レイアと名乗った女ゴブリンが楚々とした笑みを浮かべる。
ゼルの方はなぜか一歩引いて俺達をじっと見ていた。
「レイアにゼルか、確かに覚えた。それで俺達はどんな関係だったん……ですか?」
レイアの口調が移り、中途半端な問い掛けになってしまった。
「ふふふ、そのままで良いですよ」
「じゃあそのまま……俺達はどんな関係だったんだ?」
「俺は、ゴトーの弟子だぜ」
ゼルが元気よく答える。
彼の振る舞いは落ち着きが見えない。もしかして、若いゴブリンなのだろうか。
俺がレイアに顔を向けると恥ずかしそうに視線を逸らした。
「私とあなたの関係は……人には言えない関係、です♪」
ひとまず俺は、一歩距離を取った。
不思議と彼女からは、先ほどのジーン・ロロンに似たものを感じた。
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第八章開拓村からの登場人物ゼルくんと治癒師さん、再登場です。
ゴブリンです。今日も人間を捧げます。 沖唄 @R2D2
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