第15話 悪魔も震えあがる大和(ヤマト)

『クレイジー...』


太平洋戦争時、

自分の命も顧みず、戦闘機そのものが操縦できる爆弾と化す『特攻隊』の精神にアメリカ軍は震えあがったといいます。

もしも当時『自分さえ勝てば良い』という権利主義、訴訟社会がアメリカで主流であったのなら、まったく真逆の心だからです。


全話同様に、引用が長くなりますが、ここに日本人のルーツである、『優しさ』とか『思いやり』

の根源があるように思います。


総量で上回り、力で勝つことがすべてだと考えている集団にとって、自決というのは、理解を超える、最も恐ろしい方法であったのかもしれません。


決してアメリカ軍が悪魔と言っているわけではありません。


『悪魔的に』なるシーンは、特に戦争であれば必ずあります。


そんな意味でつけたタイトルです。


前回同様、一部引用いたします。


『地球を創った魔法使いたち』(購入はコチラ)↓

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著者のトーマイタルさんのブログより引用いたします。


※トーマイタルさんブログ

『ピカドン』などより抜粋


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「自殺」というのは、心のやさしい人々が、憎い敵へ、最後にやる「攻撃」なのです。


「逃避」ではないのです。


家庭内で、父親の暴力があまりに酷い場合にも、それは行われます。


その場合、母親が子供を守るために、戦ったりすることもあるでしょう。


現代では、いろいろな社会的なサポートもあります。


しかし、特に田舎暮らしでは、なかなか簡単には逃げられなかったりして、追い詰められる母親も、多かったと思います。


そういう時に、母親は最終手段をとります。


それが、自分が自殺をするという手段です。


死んだ相手は、もうそれ以上、追いかけられないのです。


ただし、この場合、子供も道連れにすることもあります。


「子供だけは、助けてあげたい!」


そんなことは、母親として、当然の気持ちです。


しかし、自分だけが死んで、幼い子供だけが残った場合、信頼できる親戚や友人もなく、その後の人生が、地獄のような苦しみになることが、確実だとわかっている時に、母親は、子供を道連れにしようと思うようです。


そして、これは同時に、家庭内暴力を繰り返していた、憎い父親への「攻撃」でもあるのです。


酷い父親でも、子供を愛する気持ちはあります。


母親が、子供を巻き添えにして死んだ場合、その子供たちを、奪われるかたちになるのです。


さらに、それまで隠していたかもしれない、外面と違う、残酷な面も、周囲の近所や親戚にもバレます。


場合によっては、テレビなどのマスコミが、その家に取材に来るかもしれません。


日本中に、


「この家のお父さんは、こんなに酷いことをやっていたんだ!」


こういうことが、知れ渡たるのです。


会社をクビになって、その後の人生も、苦しくなると思います。


【命を捨てることによる、最終攻撃】


これが、「一家心中」や「無理心中」なのだと思います。


自分一人だけが死ぬよりも、相手に、より強力な心理攻撃を仕掛けるのです。


「罪悪感」などの罪の意識を負わせるということです。


これは、現在でも、学校の現場で、いじめで苦しんでいた生徒が、最終手段で、「自殺」を選ぶのと同じだと思います。


日本人のルーツである、「天照派」の遺伝子は、戦ったり、攻撃することができないようになっているのです。


だから、こういうことをするのです。


昔の時代では、武士の切腹もそうでした。


また、武士は、長刀と短刀という二本を腰に下げていました。


一説では


「もしも、長刀で、人を斬った場合は、そのあと、その責任を取って、自分の腹も短刀で切り、自害しなくてはいけない。人を殺める時には、自分も死ぬ覚悟で斬りあいなさい」


という意味があるようです。


それくらい、殺人を戒めていたということですね。


「太平洋戦争」の時に、この「一家心中」の規模が大きくなったものが、特に激戦地だった沖縄県で行われました。


それが、「集団自決」です。


沖縄本島でもありましたが、特に、米軍が上陸した1945年3月下旬、慶良間諸島では600人もの住民が、集団自決(強制集団死)に追い込まれたそうです。


沖縄出身の私は、子供の頃から、そういう記事を、地元の新聞でよく読んでいました。


ここでは、まずは、母親や父親が、幼い子供を、鎌などで首を切ったり、大きな石で頭部を強打して殺したりしたそうです。


それから、村長さんや大人たちが、日本軍から支給された手榴弾で、自決したそうです。


不発弾だったために生き残った人たちもいましたが、かなりの島民が死んだそうです。


これは、現代の感覚ではわかりませんが、当時は、アメリカ軍は、「鬼畜米英」と言われていて、鬼や悪魔のような残酷な殺し方をすると、思われていたのです。


「逃げ場のない島に、この軍隊がやってきたら、女は強姦されて、男は八つ裂きされるから、誇りある日本国民は、そうならないように、自決しよう」


こういう話になったのです。


ここで、


「一人残らず、最後まで戦おう!」


という勇ましい話にはならないのが、沖縄県も、「愛と平和」のグループである、「天照派(海の民)」の拠点だったからです。


「人を殺すくらいだったら、自分が死ぬ」


こういう精神なのです。


ここで、手榴弾を手渡して、沖縄の人々を、集団自決に追いやった、日本軍のことも書いておきます。


彼らも、冷酷非情な悪魔だったわけではありません。


この話には、前振りがあります。


つまり、その前に、補助線があったのです。


「太平洋戦争」の前に、「日中戦争」がありましたね。


その時のことは、あまり記録に残っていないのですが、中国の戦地では、大変なことが行われていたそうです。


捕まって捕虜になった日本兵たちは、拷問や死刑などという生易しい状況ではなかったそうです。


なんと、殺された後、中国軍の兵士たちに、料理にされて、食べられていたそうなのです。


これを見た仲間の日本兵たちは、発狂しそうになったそうです。


「外国人と戦争をして、負けたら、こうなるんだ~!」


そして、そのあとに、


「心の優しい沖縄の人たちに、こんなこの世の生き地獄を体験させたくない。なるべく苦しまずに、人間としての誇りを守ったまま、死んでもらうのが、一番ましなのではないだろうか?」


こう思ったそうなのです。


昔の沖縄の新聞には、


「アメリカ軍も憎いけど、自決を強要した日本軍は、もっと憎い!」


という投書や記事もありましたが、こういう事情を知ってから、考えてもらいたいです。


沖縄の戦場で、集団自決をした人々は、「かわいそうな民間人」ではなく、彼らも、「戦士」だったのです。


しかも、「愛の戦士」です。


「一家心中」のように、上陸してくるアメリカ軍に対して、「自決」という心理攻撃、彼らなりの戦わない、最終戦争を挑んでいたと思ったら、納得がいきます。


こんなに誇り高く、勇ましく、愛に満ちた戦士は、世界史上、どこにもいません。


繰り返します。


沖縄の集団自決で死んだ人々は、何の罪もなく殺されたかわいそうな人々ではなく、一番強い戦士だったということです。


当時の日本には、「一億玉砕」という言葉がありました。


つまり、「日本人の全員が兵士」だったという意味です。


全員が、


「いつでも死ねる!」


という覚悟をもっていたということです。


そして、


「相手を殺すくらいだったら、自分が死ぬ」


「もしも、相手を殺してしまったら、自分も自害する」


このくらい誇り高い、「武士」の意識をもっていたということです。


「まだ核爆弾を大量製造していない今、ここで、戦争の愚かさや無意味さを、人間たちに教えておかないと、その後、全面核戦争が地球上で行われて、惑星そのものが、木端微塵になり、宇宙そのものも、危なくなってします」


こういう危機感から、やったようです。


原爆投下も、悲惨ですが、これをやらなかったかったら、その数年後、もっと悲惨な状況になっていたかもしれないということです。


「大難を小難に」


これが、広島と長崎の原爆投下の理由だという事です。


諸説ありますが、この二つの土地が、地球上で、一番心のやさしい人々が暮らしていたからだと思います。


つまり、他の土地だったら、復習や仕返しになり、もっとも避けたい、「全面核戦争」になる可能性があったのだと思います。


「天照派」の土地だったから、選ばれたのだと思います。


『東京大空襲』東京の下町や『集団自決』沖縄も、そうだと思います。


私は、前回書いたように、この爆弾は、現在の科学でも、人間が製造できないような超兵器だったと推測しています。


ちょうど、聖書の中に書かれている、「ソドムとゴモラ」で、神々が、一瞬で街全体を灰にしてしまうような、そんな技術を使ったのだと思います。


もしも、これが、そうであれば、一瞬で人間が、跡形もなく消滅して、影だけが残るというのは、人知を超えた兵器だと思います。



そろそろ、私の言いたいことがわかってきたと思います。


「一家心中」=「集団自決」=「原爆」


こういうことです。



その当時、日本は戦争をしなくてはいけない状況に追い込まれていた。

前述の『戦いを終わらせた日』

大東亜共栄圏もそうですね。


さらに、アメリカ軍が、超強力な爆弾を開発して、それを、広島と長崎に投下することも、わかっていた。


日本の政治家も天皇も、知っていたのです。


国家を家族とするならば、親にあたるのが、

政治家や天皇なのでしょう。


その事態は、避けられないものだということも、理解していたと思います。


しかし、いくら全ての出来事は、全ての人々の同意のうえで起こることだと知ってはいても、それから先、広島や長崎の人々の苦しみを考えたら、心が痛んだと思います。


そこで、「アメリカ軍」が原爆を落下させる、10秒くらい前に、「赤十字」の土地、つまり、「天皇家」の領地で、超兵器を地上で、爆発させた。


つまり、こういうことです。


「光の兵器」と呼んでもいい、超兵器を最初に爆発させました。


それが、


ピカ!


です。



そして、それから、アメリカ軍のB29が、原爆を投下した。


それが、


ドン!



現地を人たちは、この「ピカ!」と「ドン!」の二つの現象を感じたから、「原爆」のことを、「ピカドン」と名付けたように思います。


2発の爆弾が、爆発したということです。


「光」と「熱と爆風」


これが、


「光の兵器」と「原爆」


だったのではないでしょうか?



「集団自決」の規模の大きなことが、広島で行われたということです。


----------------------


自殺の原因は、現代医療の一面に『薬漬け医療』の面がありますが、その薬によるものもあると思います。

※インフルエンザの特効薬『タミフル』だけでも飛び降りなどの異常行動が多数あります。


特に精神科の薬は非常に危険だと考えています。

楽になるというメリットと真逆のセットの代償があまりに大きい。


少なくとも自殺は『逃避』とはあまり考えていません。


作者であるわたしが伝えたいコトは、


常に真逆の選択も存在し、


『戦わない』という戦い方もあるというコト。


『戦いという攻撃』と『増悪』の裏には

『戦わないという攻撃』と『愛』もある。


そして、すべての争いや殺戮も、真逆には


『本当の平和』を知るため

『本当の愛』を知るため


そんな面が半分あるコトを知って頂けたらと思うのです。


『戦争を美化するな』

『特攻隊など単なる洗脳だろう』

『そもそもこんな考え自体が洗脳』


そう考える人もいるでしょう。

それでいいのです。


『この世の半分』はすべて真逆の鏡の世界。


鏡を見て自分を知る。


どんな絶望感もどんな苦しみも、

『必ず真逆の対』が存在します。

【破壊の神】には【再生の神】がいます。

【捨てる神】と【拾う神】とも言えます。


つまりは現象世界は鏡であり、

『自分を知るための鏡』


もちろん文句を言ったり責めたりする事もありますが、知るための鏡を見て

『きれい』だとか『きれいではない』と言っているようなもんです。


鏡を見て、髪を整え、


『どうするか』


はすべて【見た本人】に委ねられているのです。


この美しい現象世界はあなたの鏡。


そこに灯、ヒを灯すのはあなた。


龍が創った鏡を世界は、


本当のあなたを知るため。


『本当はどうしたいのか』


龍が創った鏡の世界は、


龍から王冠を冠せられた君の道しるべ。


ただ、ただ味わう。


すると、必ず進むべき道に灯がともり、どんな苦難の道だったとしても、その未知は、ハッピーエンドへ導いてくれるコトでしょう。


〜了〜


※この後、あとがきとコラムでもう一度、まとめて行こうと思っております。

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