第3話 女勇者、王子を知る

「それは我が国の守龍ですね。彼らは中々人々の前に姿を現さないんですよ。早速龍の寵愛を受けるとはさすが勇者様ですね!」


衣服を整えて風呂に入った後、王子と二人向かい合うように席に着いて魚介料理にありつく。王宮の食事だから何となく豪奢で繊細なものを予想していたが、赤い謎の魚の刺身だったり謎の甲殻類っぽいものを焼いたものだったりと意外と豪快な感じだった。そのついでにあの赤い龍__龍というか、威容としてはドラゴンのような感じだったが...の話を王子にしてみたら、彼は目を輝かせて俺を賞賛した。なんでも、その龍ははるか昔、アレーティア王国が王国になる前の時代からこの土地を護っている、生けるおとぎ話のような存在なのだとか。その気性は人を喰らうような野生の龍とは違い、高い知性を持っており、のどかな人の営みを重んじる穏やかな龍らしい。


「いやいや...目の前横切られただけだぞ。てか、そもそものことを聞いてなかった。俺はこの世界とは別の場所から来たんだ。国の情勢とかそういうのの前に、ガキでも知ってるような当たり前の世界のことを教えてくれんかね」


「そ、それもそうですね...!かしこまりました。それでは、自室にご案内する前に簡潔にご説明させて頂きますね。食事中にはしたない真似をするようで、申し訳ないですが...」


今まですっかり忘れていたことの恥ずかしさを隠すようにこほんと咳払いをした王子は自分の席の背後にあった木板__ホワイトボードのようなものだろうか__を、ぐるんっとひっくり返して明瞭な声で説明し始めた。


「まず、この世界はジーランディアといって、はるか太古の昔に女神デュスノミアが創ったとされています。そして、今この世界で覇権を争う国家は神国ロイヒテン、アレーティア王国、聖イヴィグカイト皇国、ノーラディウス公国、グランツ大魔帝国の5つです。ちなみに、勇者様が今いる我が国がアレーティア王国です。三方を海に囲まれた国で、この地図ですと、南部にありますね」


こん、と木板に書かれている世界地図のようなものを指しながら説明される。木板に書かれている文字は見たこともなかったが不思議とすらすら読めた。そういえば初めてこいつと会った時もなんて言ってるか分からんなんてことは無かったしな。その辺はあの駄女神がフォローしたのかもしれない。だがそれにしても、本当にあのダメそうな女神が天地創造なんぞ大層なことをしたんだろうかとは思う。たが、せっかく一国の王子が説明してくれてるのに余計な茶々を入れるのもな、と押し込むことにした。


俺が素直に頷くと、王子は中心の土地を囲むように広がっている4つの土地の右側...つまり東側を指した。


「ここが神国ロイヒテン。東に位置するので東国とも言われています。西側の国の、聖イヴィグカイト皇国とは100年以上も昔から犬猿の仲です。東西ともに大国で、それぞれ東国は商業に、西国は工業に秀でていますね」


「ほーん、真ん中の国を挟んで冷戦してるのか。珍しいな」


「それには事情があって...。真ん中の土地はグランツ大魔帝国といって、魔族たちだけの国なんです。人間を排他した国、とも言われています。大魔帝王__僕達で言うところの魔王を長に据えて繁栄している、魔族たちの独立国家です。高い軍事力ゆえに、他の国単体では到底手出しができず。かと言って、人類側の戦力の要ではありますが長年犬猿の仲であった東西がその為だけに手を組むというには些か両者間に遺恨がありすぎる、ということで、人間と魔族との争いは長い膠着状態が続いているんです」


王子にとっても好ましい話題では無いのか、はふぅ...と長い息を吐いて脱力してしまった。あの様子を見るに、人間と魔族との間には相当の澱が積もっているんだろうなと感じる。まあだからと言って俺が何かされたとかじゃない限りは魔族だからといってどうということもないが。


「なるほど。間に面倒な国が挟まってるから東西のいざこざも膠着状態だと。人間どもの国家でちまちま争うより仮でもなんでも協力体制築いてちゃっちゃと魔王とやらを倒しちまえばいいのに。人間同士で争ってたら魔王を野放しにし過ぎて滅ぼされました、じゃシャレにならんだろ」


「それに関しては同感です。さらに言うなれば魔王を倒した後の東西間の諍いも出来れば我が国の関与のない場所でやって頂きたいところですが...」


「そういう訳にはいかんだろうな。位置関係的に東西は南と北をいかに上手く取り込むかによって戦争の勝率が変わってくる。その様子を見るに、そこをみすみす逃すような連中じゃないんだろう?」


「ご明察です。魔王の事だけでなく、その後についてもご検討なさって下さいと父上に奏上しているのですが、どうも皆さん危機感が.....。ぁ、す、すみません。お食事中に気が滅入るような話を長々と聞かせてしまって」


慌ててぺこぺこと頭を下げる王子に、構わない旨を告げると安心したようにほっと息を吐き出した。王族なのにこの腰の低さは将来が心配になってくるな...。第一王子と言うのだから、真っ当にいけば将来的にはこいつがこの国の王になるのだろうに。教養と先見の明はあるようだが、今はそれよりも押しに弱そうな印象が強い。


まあ今はそれよりも情勢のことだ。王子の話でなんとなくこの世界のこと、俺の置かれた状況も理解ができた。この国の事はおいおい知っていけば良いし、衣服と食事と風呂で衣食住のレベルも把握した。


この国は穏やかな国だ。この国に住まう人間たちからは、きっと長らく戦とは無縁だったのだろう和やかさが見える。衣服も最上級とは言えないが十分現代のものと大差ないクオリティだし、食事も前世とかけ離れて絶望的でもなく、普通に美味い。風呂などの衛生面も特にケチをつけるところはない。ライフラインの確認が済んだとなれば、次に尋ねることといえば。


「それで。お前は俺に何をして欲しいんだ、シャルルヴィル」


明らかに俺の声のトーンが変わったことに気づいたのか、王子がびくりと身を震わせる。ああ当然だ。これだけ好条件を提示しておいて見返りを求めないわけが無い。つまり、これは交渉だ。こいつらが俺に求めるものがなにかによって、俺がする行動が決まる。


命を賭して魔王を殺せと言うのであれば、衣食住を保証されるだけでは軽い。そもそも、衣食住の全てを握られていてはこちらは無条件で何でも言う事を聞く奴隷にされかねないのだ。ここは慎重に動くべきだろう。相手に優勢を悟られず、更には主導権は俺にあると思わせなければならない。その為にはまずどうやってこのヘタレ王子を言いくるめ__


「勇者様には、魔王を説得して頂きたいのです」


「.......は?」


「魔王を説得し、そして人間と魔族の相互不干渉を約束して欲しい、とお伝えして頂きたいのです」


今なんて言ったこいつ。魔王を、説得?倒すでも殺すでもなく?つか、魔王が勇者に説得なんてされてはいそうですかと頷くとでも?


いや、だが...。人間と魔族の相互不干渉。ここを聞けばこいつが本気で言っているのが分かる。こいつが自国の未来を一切鑑みることなく、正義感に燃えるだけの本物の偽善者なら、ここで人間と魔族との融和を説くはずだ。人間も魔族も平和に、皆で仲良くやりましょうと、できるわけが無いことを言うはずだろう。同じ人間という括りの中ですら人種や主張の違いでずっと紛争をしていた前例を知っているからこそ、俺にはどれだけそれが無謀な偽善なのかということがよく分かる。だが、それでも。


「それ、無茶苦茶なことを言ってるって自覚はあんのか」


「勿論です。きっと僕がこの国の中では一番異端で、一番おかしいと自覚しています。しかし、いつか東西が魔王を討ち滅ぼし、その後更に互いを滅ぼすために世界各地へ戦火を広げるというのならば。その前に災禍の芽を摘み、大国へ恩を売っておこうと思うことの、何が間違っているのでしょうか」


「仮に...というか、ほぼ100%だとは思うが。魔王が交渉に応じなかった場合は?」


「その際は殺して頂いて構いません。言葉の通じない獣とする討論に意味はありませんから」


黙々と動かしていたフォークを止める。ゆっくりと空気が冷えていくような温まっていくような妙な感覚を覚え、口元を押さえた。


「...それは。俺に、お前の国のために命を賭して死ねと言ってるのか?」


「その通りです。我が祖国、アレーティア王国の安寧のため、死んでください」


ひゅ、と喉が鳴る。互いのナイフとフォークは既にクロスの上に伏せられていた。目の前の男の瞳に赤々と揺れる炎を見た。執念の炎だ。あれはまさしく、自らが治める国をどんな手を使ってでも護らんとする覇王の瞳だった。


「は、はははは、はははっ...!」


しんと張りつめた空気を俺の笑い声が引き裂いた。瞬間、ネジを巻かれた人形のようにびくっと王子が腰を浮かす。俺を怒らせたと思ったのだろう、その顔は青を通り越して紙のように真っ白になっており、不憫さすら感じさせる。先程の王の才覚はどこへやら。子犬へ逆戻りだった。


「ごっ...!ごめんなさいごめんなさい!!違うんです!その、その...っ。死んでくださいというのは、そういう事ではなくてですねっ!」


「あー、わかってるわかってる。良いなぁお前。面白い。お前はこの国で正しく合理的に狂ってる。俺の好きなやつに似てるよ」


「へ...?ゆ、勇者様の好きな...?」


「ああ。好きなやつが居るんだ。会う機会があったらまた紹介する」


いきなり俗っぽい話をしたせいか、ぽかんとしてしまった王子をよそに、全ての皿を空にした俺は席を立った。回廊へ続く扉の前に立ちながら、未だに初めて恋バナをしたかのような顔でフリーズしている王子の方を振り向く。


「説明終わったら自室に案内してくれるんだろ?ほら行くぞ、シャル」


「!!!はいっ!!」


犬だったら今ものすごい速度で尻尾振ってるんだろうな。尻尾を幻視出来そうなほど威勢よく返事を返されて、俺は思わず笑ってしまった。

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