第5話 女勇者、スキルを視る

「ほわぁあああああッ!?!!?ゆ、ゅゆゆゆゆぅ勇者様ッ!!?一体誰がッそんなっ、ろ、ろろ狼藉をっ...!!」


案の定、宮殿内にシャルの絶叫が響き渡った。何となく予想してはいたが、本当に正直なやつだなお前は。ほら、お前が叫びまくるから宮殿中の使用人たちが何事かと不安そうにこっち見てるじゃないか。


「そんなに似合わんかね」


「いっ、いぃいいえ!!そんなことはっ!大変お似合いです!とても!ギルドの冒険者様のようで!!」


「遠回しに荒くれ者みたいだって言ってね?それ」


てかギルドがあるのかこの世界。なんか本当にゲームっぽくて面白いな。ということはギルドには美人な受付嬢とかやたらと新人にウザ絡みする先輩冒険者とかもいたりするんだろうか。ああ、こんな事なら親の目を盗んででももっと色々ゲームやラノベを履修しておくんだった。そんな余所事を考えながらじっとシャルを見てやれば、未だに俺がショックを受けてると思ったのか、いえいえ滅相も無い!と首を横に振られた。もうどんな会話だったかすっかり忘れたけど、そんなに否定されるとより本音っぽく思えるな。


「ま、どうでもいいんだわそんな事は。今日は何すんだよ?世界情勢のお勉強は昨日したし、王宮の周りも何となく把握したぞ?」


「はっ...!そ、そうでした。えっと...今日はですね、勇者様のスキルを見せて頂こうかと思います」


「スキルって言うと...能力値的なやつか。それとも技能の方か?」


「後者ですね。能力値の方はステータスと呼称されています。今日はわざわざその為に勇者様にこの部屋まで来て頂いたんですよ。こちらを見てください!」


ふすふすとやや鼻息荒めに猛然と目を輝かせるシャルが、部屋の中心に意味ありげに置かれた水晶を指さす。そうそう、それずっと視界にちらちら入ってきて気になってたんだよな。おー、と反応を返してやれば俺が反応したことがよほど嬉しかったのかシャルがノリノリで解説し始めた。


「これは『定めの水晶』です!なんと触れるだけで対象の名前やスキルの詳細が見れたり、魔力を流せば自身の職業を選択できたりするスグレモノなんです!各地の都市のギルドに一つずつしかない高級品なんですよっ!この高級感溢れる荘厳なオーラ!どうですっ!?」


いや、どうと言われても。


ちなみに上位職への転職も可能です!と大興奮のシャルは俺の言うことを聞いちゃいない。なんと言うか年相応のオタクって感じだ。俺と出会った時以上の熱狂ぶりで、背後には振り切れんばかりの尻尾が見える。こういう魔導具的なやつが好きなんだろうか。


「ほーん。...そうか、名前か」


ここにきて失念していたことに気が付く。そういえば俺はこの世界に来て、まだ一度も名乗っていなかった。会う人には勇者様勇者様と肩書きのようなもので呼ばれていたせいか、名乗りの必要性を感じなかったのだ。それに、こんな見た目になった自分が今更綾垣 侑李であると名乗るのも違う気がした。


「あ、そういえば僕。昨日勇者様のお名前お伺いしませんでしたよね...?すみません、お名前を聞く前に勇者様勇者様と不躾に呼んでしまって。もしよろしければ、お名前を教えて頂けますか?今更になってしまって大変申し訳ないのですが...」


おろおろとシャルが眉を下げる。まあ普通は相手が名乗ったらこっちも名乗るもんだから、シャルが名乗った時点で俺が名乗らない分には俺の過失ではあるんだがな。本当に律儀なやつだ。


それにしても。名前か。名前。何がいいんだろうか。犬猫じゃないんだからそう簡単に名乗ってしまったら後々後悔しそうだ。


__あ。そうだ。


「名前な。俺の名前は__アダムだ」


そう言いながら、目の前の水晶に触れた。青白いような字の羅列が光り輝きながらぶわっと目の前を覆い尽くすように空中に浮かぶ。


俺にとってこの名前は、元の名前を除き生前で一番思い入れのある名前だった。ある意味で願掛けのようなものでもある。まあ、今となっては最早昔のことだ。あー、昔のことを少し思い出そうとするだけでメグに会いたくなった。あいつの控えめな笑顔が頭をよぎる。顎下で切り揃えられた黒髪がふわりと揺れる。あいつは隣にいるだけで花みたいないい匂いが___よそう。これ以上昔のことを考えるとメグ不足の禁断症状が出そうだ。もうやめておこう。ガクガクと震え出しそうな指先を見て、俺は考えるのをやめた。思い出のメグをそっと記憶の引き出しにしまい込む。


「アダム様と仰るのですね。あなたは...。ふふ、少し不思議な響きですね。けれど美しくも格好良い。まさしく勇者様によくお似合いのお名前かと」


ようやく俺の名前を知れたシャルもご満悦だ。そういえばシャルは俺が聞けばなんでも答えてくれたけど、俺はあんまりシャルに対して答えることは少なかったな。こいつが気を使ってあまり俺の内情に踏み込んでこなかったのもあるが、今度からは何か聞かれたらある程度答えてやることにしよう。


それで、そうそう。肝心のスキルはと__


【名称:アダム

種族:人族

職業:なし

スキル:『模倣』『異界の魔眼』『???』】


「はぇ...?す、スキルがみっつ...?」


いや、それは事前に女神から知らされてたから驚かんけれども。おい表示バグってるぞ水晶。最後の『???』ってなんだよ。絶対ろくなことにならんだろこれ。水晶のバグかと何度か触り直してみるものの表示は一向に変わる気配を見せない。まあどうにもならん事は仕方ないか。つぎつぎ。多分...あの駄女神が言ってた『俺の適正に合ったスキル』ってのがたぶん一つ目の『模倣』だ。つーことは二個目のやつがあの痴女神の『愛を込めた』方か。なんか背筋が冷えるな。嫌な予感しかしない。


詳細を確認するために空中に浮かび上がる『模倣』の文字に触れた。するとぱらぱらと文字が崩れるようにして小さな文が構成されていく。えっと、なになに。


【模倣:定めた対象のスキルを模倣し、恩恵を半減させたデミ・スキルとして使用可能。(ストック1)】


なるほど、器用貧乏の集大成だな。何かと便利ではあるが、戦いになると決定打には欠けそうなスキルだ。ストック1という意味深な文言も気になるところではあるし、まあ様子見だな。次。


【異界の魔眼:視た対象の名前、ステータス(軽微)を見ることができる。】


これは目で見た何かを解析できるスキルか。見れるのがステータス(軽微)ってのが残念スキル感があるが、それはレベルみたいなのが上がって機能が拡張されるのを期待するしかないか。


で、最後に__


【???:髢灘ョョ 蟒サ縺ク縺ョ諤晄?繧辿P繝サMP縺ォ螟画鋤縺輔○繧九?】


シャレにならんぐらいに文字化けしてんな。もはや読む気にもなれん。辛うじて...MPがなんだかってのは分かる。MPって魔力的なやつか?いやそれが分かったとしてもMPを削るのか回復するのかが分からんから不用意に使えんな。どんなフィードバックが来るかも不明だし。


「すっ...!すごいです勇者様!流石ですね!!アレーティア王国を救ったとされる過去の英傑たちですらスキルは二つが上限だったのに!」


シャルがいつもに増して夕焼け色の瞳をキラキラと輝かせるので少し不思議に思った。過去の英傑とやらは二つが上限だったのか?あの駄女神は三つは余裕みたいな感じだったが。俺はてっきり勇者のくせにろくな戦闘スキルがないなみたいな顔されると思ってたんだがな。思わずその疑問をそのまま伝えてみると、シャルはぎょっとして言った。


「良いですかアダム様、スキルというのは生まれつきのもの。違法な魔導具や他人のスキルなどで変えられる場合もありますが、どんな有能なスキルも基本は一人一つ。器の大きさが決まっているのです。更に言うなれば王や騎士などの家系でないと戦闘スキルなどは早々現れるものでは無いのですよ」


「ほーん...。大まかには分かった。魔眼のスキル試したいんだが、お前の見て良いか」


「あ、はい。もちろん。...あ、外では不用意に使ってはいけませんからね。冒険者様たちや騎士の皆さんにとって、自身のスキルとは命綱も同義なんですから」


「はいはい。えーっと、これはどうやって...」


あ、意識するだけで見れるっぽいな。俺にお説教をしながらもどこかうきうきとしているシャルを見つめると、真横辺りにぶわっと光る文字が現れた。


【名前:シャルルヴィル・アレーティア

種族:人族

職業:聖騎士

スキル:聖剣技】


おお。聖騎士。なんか剣士とか騎士とかの上位職っぽいな。やっぱファンタジーの花形はちがう。流石は一国の王子、当然のように戦闘スキル所有してやがるな。目を凝らしてみるものの、名称の詳細は見れそうにない。うーん、まあ相手の名前とスキルが知れるだけ十分当たりスキルではあるか。


「どうでした?僕は聖剣技のスキルを持ってるんですが、ちゃんと見れました?」


「おー、見れた見れた。さらっと言うけどお前も大概チートよな。その歳で上位職っぽいの就いてるし」


「王の血筋ですからね。この程度、当然のことです」


割と真剣に褒めたつもりだったのにさらりとかわされてしまった。やっぱり王子だから褒められ慣れてるのか?それとも何かしら秘密があるのかは知らんがドライなことだ。そんなことより、と華麗に話をすり替えられる。なんとなく、今からシャルが何を言うか俺には分かった。だから。


「さあアダム様っ!素晴らしいスキルも判明したことですし、まずはあなたにも経験値を積んで頂かないと!騎士団へ赴いて鍛錬を積みましょう!そしてゆくゆくは魔王を!」


「嫌だ」


「...へ?」


俺は、アレーティア王国に召喚された勇者として、堂々と鍛錬をバックれる宣言をした。

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