第6話 女勇者、鍛錬をバックれる
「勇者様〜。今日も行かないんですかー?そろそろ行かないと追い出されちゃいますよ〜?」
俺のスキルが判明したあの日から、今日で約三週間__つまるところ、俺が鍛錬をサボり始めてから、早くも三週間が経過していた。
俺のお付きの給仕係はこうして一応毎日声をかけてはくれる。逆を言うなれば、今現在この宮殿の中でそう言って俺を案じてくれる人間は彼女で最後だ。まあそんな忠告は何処吹く風と今日も今日とて俺は読書に勤しむのだが。召喚された勇者のあまりのインドア具合にこの三週間しばらく行動を共にしていた彼女もため息すら付かなくなっていた。
ちなみに、あの金色の小型犬はどうしたかと言うと、途中で来なくなった。否、正確には、三日目までは様子を見にちょくちょく私室を訪れていたのだが、俺が「心配しなくともそのうち何とかする」と言ってやったらそれきりだ。もう二週間ちょいシャルとは会っていない。給仕の彼女から聞いた風の噂では『王太子殿下はお一人でも鍛錬に励んでいるご様子。ますますあの怠惰な勇者とは大違いだ』と更に俺のみそっかすな評判を地に叩き落とすような真面目くん行動をとっているらしい。
だが、関係ない。いくら俺の評判がどうなろうとこれはアレーティア王国の問題、俺が正そうとしているのは騎士団の欠陥だ。一個人のプライドのためにどうこう言っている場合じゃないのだ。という名目で異界の書物を読み漁りたいだけということも無きにしも非ずだが、まあ、そういうことにしておこう。
「それに、まあー、もうそろそろだろうしなー」
「...?なにがです?」
きょとんと彼女が首を傾げたと同時、長い回廊をどすどすと歩く重い足音が聞こえた。そうして図書室の前にたどり着いた足音は、バンッ!と扉を蹴倒すがごとき猛烈な勢いで部屋に侵入してくる。到底シャルではない。この優雅さの欠けらも無い足音は、俺の予想だと恐らく。
「貴様っ!!!!!表へ出ろッ!!!いつまで鍛錬をバックれる気だこの穀潰しがっ!!!!!」
「おうおうおう...また凄いのが来たなこりゃ」
現れたのは銀髪を烈火のごとく逆立たせるほどに激怒した甲冑の麗人だった。耳があるはずの場所は髪で隠れ、耳がないはずの頭には立派な三角の猫耳がおっ立っている。
彼女は餌を探す猛獣のように鋭く血走った目を向けたと思うと、真っ直ぐに目が合った。ズカズカと一直線に近づいてきたかと思うと、突然胸倉を掴まれる。俺が読んでいた本が床に落ちるのもお構い無しにその女__アレーティア王国の誇る騎士団の長__イザベラ・ドレッセルは凛とした声でヒステリックな乙女のように叫び立てた。
「貴様だ貴様!勇者アダム!!勇者の肩書きを持つ癖にどれだけ怠惰な生活を送れば気が済むのだ!...くそ、だから私は反対だったんだ!いくら殿下のご提案だとしても、素質があるとも知れぬ上、こんな何処の馬の骨とも分からぬ者を国の英雄として迎えるなど!!」
「おっ、シャルへの謀反宣言か?」
「あの御方のご期待を現在進行形で裏切っている貴様がそれを言うかッ!!!!貴様の怠惰が伝わる度に殿下が貴族たちに憐れみの目を向けられていることを知っての狼藉か!?もういい!表へ出ろっ!!この私がその捻くれた根性を叩き斬ってやる!」
にしても、本当に見た目通り、噂通りのやつだな。正義感が人一倍強く真面目で高潔ではあるが、頭のお固い天然記念物で何一つ融通が効かない。他人が何か少しでも不明な行動するとすぐに悪と断じて喚き散らす。良く言えば複数のゲーム内の騎士団長というキャラクターをまぜこぜにして丸めたような実直な人間。悪く言えば全く人に理解を示さず否定ばかりを押し付けるプライドエベレスト女。
今後のこの国と俺の未来を憂いて小さくため息を吐くとそれすらも癇に障ったのかまたぎゃあぎゃあと騒ぎ始めてしまった。これじゃ埒が明かんな。まったく。
「なあ、今月の騎士団の脱退者数は?」
「はあ...っ?いきなり何を...0に決まっているだろう。高潔な騎士の血を持つ癖に戦から逃げ出すような臆病者をこの私が見過ごすはずがない」
「あー、言い方間違えたな。...今月の騎士団の『脱退希望者数』は?」
「ンぐっ.....!」
雛鳥のようにぴいぴい喚いていた女がぴたりと口を閉じる。ああ、やっぱりそこが痛いところではあるんだな。そこまで自覚ができているのなら意外と簡単な話かもしれない。
「俺はこの三週間、毎日ここにいた。宮殿の図書室__つまり、訓練場が見える位置にいた。この意味がわかるか?」
「はっ...、怠惰の自白か?殊勝じゃないか。貴様はただの一度も鍛錬に来たことがなかったからな。こんな場所から覗かずとも、混ざりたいのならば最初からそう言い__」
「ちげーよ馬鹿。お前みたいなのに教わるぐらいだったらここで本読んでた方が余っ程有意義だって言ってんだよ」
高慢に鼻を鳴らしてまたペラペラと小言を言いそうな顔をしていたので即座に奴の話をぶった切る。奴は整った顔をりんごのように真っ赤にしてわなわなと怒りに震えているが、無視だ無視。こんな女のプライドなんぞはそこら紙より価値が軽いのだ。
「わ、私の何がいけないというのだッ!!騎士たちの練度を上げるためにわざわざダンジョンのキマイラを捕まえてきて解き放ってやったり、海中の動きをより俊敏に行えるために訓練用の湖にサハギンを投入してやったりと、こんなにも部下思いなのに!貴様も騎士たちもぐちぐちと弱音ばかり...ッ!!」
「あのなぁ.....そもそもそれが__」
「団長ッ!!!はぁ...っ、こ、こちらにいらっしゃいましたか!!」
俺が奴に何が間違っているのかを教えようとしたその時、再び図書室の扉を蹴破らん限りに慌てた男が室内に転がり込んできた。その顔面は蒼白で、肩で息をしながら悲鳴を上げるように女の肩書きを呼ぶ。
「どっ...どうしたのだ!ここは図書室たぞ!静かにしろ!!何をそんなに大声で...」
いや、声なら完全にお前の方が大声だったぞ。
そう白けた目を向けるも、本当にそれどころでは無いのか、飛び込んできた騎士は反論することもなく、ぜえぜえ言いながら女に縋りつく。
「しっ、市街地に突如大量のスライムが出現しましたっ!その数、およそ1000体以上確認されていますッ!!」
「なッ!そんなに大量のスライムが突如にか!?徐々に分裂したのではなく!?」
「市民の通報だと、急に現れたのだと!スライムに飲み込まれた者もおり、街中が混乱に陥っています!!」
「その場にいた騎士はどうした!スリーマンセルで巡回に当たっているはずだろう!!」
「そ、それが...、私を含め、スライムの倒し方どころか、まだ魔物を倒したことのない新人でして.....狼狽えているうちに武器を絡め取られてしまい...っ」
「〜〜〜ッ何だと!!?この根性無しめ!!スライムの弱点は体の中央にある核だ!そんな一般常識すら知らないのか!?大体私はお前たちをそんな情けない騎士に育てた覚えは__」
「そこだよ。お前の駄目なところは」
「はぁ.....っ?」
女が素っ頓狂な声を上げる。俺が突如横から口を挟んだからか、随分と覇気のない顔でこちらを見られた。オリーブ色の瞳孔がきゅうっと丸く広がる。
「んな茶番やってる場合じゃねーって分かるだろ。おら、さっさと行くぞ」
敢えてつっけんどんな言い方をして発破をかける。こいつがそうすることで張り合ってくるタイプだと知っているからだ。
この女と話しているだけで何故か無性に腹が立って仕方がなかった。その理由はもう分かっている。この女と出会った瞬間から、俺はずっと既視感を感じていた。それも当然だろう。なぜなら。
この女は__イザベラ・ドレッセルは、幼少期の俺とよく似ているからだ。
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